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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第三章
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宿坊へ  肆

 そんな風に横目で周囲の様子を覗っていた私と、男集団の小太りの男の視線がふと合った。


 男は少し考える風な表情を見せたかと思ったら、顔を隠すように伏せつつ僅かに笑った。


 な、なんだよ…… その笑いは……。


 小太りの男は隣の眼鏡を掛けた男の小脇を肘で突きながら声を掛ける。


「おい、偉人がいるぞ」


「偉人だと? お前何云っているんだ」


 隣の眼鏡を掛けた男が眉根を寄せる。


 ……偉人…… 異人…… 


 た、多分私の勘違いだ。偉人と聞こえたけど、異人と云ったのかもしれない。外人風な顔立ちの人が居て、それを異人だと……。外人風な顔というと細川女史だが……。


 しかし、何か…… 嫌な予感がせずには居られない……。


「……余り直視するなよ…… 拙いからな…… 横の席だ……」


 小声で云っているようだが、全部丸聞こえだ。


 どうでもいいが、こ、こっちを見るなよ……。


「横の席だと……」


 眼鏡の男が左右に首を振った。瞬間的に私は顔を伏せる。


「別に偉人なんて居やしないぞ…… 何云ってるんだ」


 か、かわした。


「いや、顔を伏せちまった……」


 私かよ!


「偉人って誰の事だ? 信長か? 漱石か? 伊藤博文か?」


 眼鏡の男が顔を顰める。小太りの男が更に声を小さくしながら呟いた。


「いや、違う…… りょ、龍馬だ……」


「龍馬だと……」


 眼鏡の男はつられて囁くように呟いた。そして再度左右を見回す。


 う、動けない……。


 私は俯いた姿勢のまま固まる。私はやや顔の角度を反対側に向けた。でも視線を感じる……。


「か、かはっ! ごほっ、ごほっ! ごほごほごほごほ……」


 瞬間的に眼鏡の男の咽返る声が聞こえてきた。


「……居た…… 龍馬だ……」


 こ、こいつらめ……。


「おい、お前、止めてくれよ、云われなければ気が付かなかったのによ、お前に云われたからそう見えて仕方がなくなるじゃないか!」


「だってよ、気付いちまったから……」


 小太りの男の少しだけ反省したような声が聞こえてくる。


「お、おい、お前等さっきから何をふざけているんだ。不謹慎だぞ」


 仲間の内の別の男の声が聞こえてきた。


「いや佐久間の奴が変な事を云いやがって、それにつられちゃってよ」


「変な事だと?」


 その別の男の声が聞き返す。


「いや…… その…… 横の人が…… ……坂本龍馬に似ているって……」


 眼鏡の男が声色を絞りながら答えた。


 嗚呼、ま、また視線を感じやがる……。


「あふっ! や、やばい、ツボに入った。な、なんて事だ…… に、似てる……」


 あふっ! って何だよ!


「なっ、つられるだろ」


「で、でも、いかん! 駄目だ、つられちゃ駄目だ。不謹慎だし、失礼だぞ! そうだ呼吸を整えよう…… はーっ、はーっ、はーっ」


 必死に笑わないように努力している様子が伝わってくる。こいつと眼鏡はまだ許せる。許せんのは小太りだ!


 しかし伝染は止まらない所まで至ってしまっていたらしく、色々な場所から囁く声が聞こえ始めていた。


「似ているとか……」


「誰に……」


「……龍馬らしい……」


 更に遠くの方から女のヒソヒソ囁く声まで聞こえてきた。


「坂本龍馬に似ているらしいよ……」


「あっ、だから、私、男の人に間違えちゃったんだ。男の人に似ているから……」


 おい、明智とかいう女! 自分を正当化するなよ!

 

 そんな不快な嘲笑に晒され続けた私の怒りはピークに達しようとしていた。


 もう、ゆ、許せない! 全員怒鳴りつけて黙らせてやる!


 顔を上げ、怒声を鳴り響かせようと決意を固めた所で、離れた場所から美しい声が聞こえてきた。


「お止め下さいませ!」


 見ると、あのイケメン仏師が立ち上がり手を広げ制するように言及していた。

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