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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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円海寺  捌

「一応ですが、坂本さんと中岡さんが合流されたので、少々重複しますが、先程までに説明させて頂いた箇所を、再度ご説明させて頂きます」


 その案内役の説明に、二人の女性は頷いた。


「えー、地獄の世界には八大地獄と云うのがございまして、罪の重さに応じて等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄に行く事になります。阿鼻地獄が最下層に位置し、最も重い罪の者が行く事となっております。実は、よく俗に地獄絵図などでみられるような針の山、血の池、釜茹で地獄という分かれ方はしていないのです。ですが地獄絵図に描かれたものが間違っているという訳ではありません。等活地獄、黒縄地獄、衆合地獄、叫喚地獄、大叫喚地獄、焦熱地獄、大焦熱地獄、阿鼻地獄の中には地獄絵図で出てくる光景と合致する地獄というのがございます。地獄絵図が描かれる際に、その地獄の部分が抜粋され描かれることとなったのではないかと推測されます……」


 成程…… それで釜茹地獄や衆合地獄の説明でも無彼岸受苦処だとか、瓮熟処だとか相応する場所の事を強調していたという訳か……。


 私は納得して頷く。


「……そして此処、血の池地獄に相当するような場所は、八大地獄、焦熱地獄に血河漂処という場所があり、そこが血の池地獄に一番印象が近くなります。その血河漂処には丸虫という虫が無数に生息しており、その丸虫が罪人に纏わりつき罪人を焼き焦がすと云われています」


 案内役は説明をしながら、庵に足を踏み入れる。女性二人、そして私と中岡編集も倣って庵に入り込んだ。


 庵の内部にはまた獄卒の木像が置かれており、壁には血の池地獄が描かれた地獄絵図、そして、その下には焦熱地獄の説明とそこから枝分かれした十六小地獄の説明書きがなされていた。


 血の池地獄の絵図には赤い池の中で、必死に助けを求める裸の男女の姿が描かれている。この絵もまた恐ろしげで見るに耐えない物がある。


「こ、怖いですね……」


 私を男だと間違えた明智という女性が強張った顔で呟いた。


「ここ焦熱地獄は主に仏教の教えに従わず、異説を唱えた者が落ちると云われています。そういった事がなければ大丈夫でございます……」


 案内役が云った。とはいえ矢張り罪が厳しすぎるように思えてくる。となると異教徒は殆どこの地獄送りになってしまうという事になるぞ。


「さて、それでは此処は後にして、次に参りましょうか……」


「そうですね」


 案内役の丹羽に促された中岡編集は頷く。


 外へ出た。出た所には先程見た血の池ならぬ赤い湾が広がっている。瞬間的に血の池の地獄絵図と光景が重なって見えた。


「では、此方へ」


 丹羽は順路の先へと促してくる。


「ええ……」


 私達は丹羽に従い先へと進んで行った。


 しばらく進むと、先程、島の頂上辺りから見えた、尖った岩が幾つも突き出た地形が近づいてきた。

 

「あれは針の山ですかね?」


 私は小さな声で中岡編集に訊く。


「ああ、恐らくそうだろうな……」


 中岡編集は見上げながら答えた。


「……アメリカにあるブライスキャニオンみたいな光景だな。確か尖った部分は土柱と呼ばれ、風、水などにより作られる侵食地形だったと記憶しているが……」


「おお、良くご存知ですね、ここにある尖塔のような岩はその土柱と呼ばれる地形でございます。仰られた通り、風と水、そして此処では波によって形成されたと聞いています」


 丹羽が言及する。


「そして、この箇所は叫喚地獄を想定しております。先程も説明したように地獄の区分の中には針の山という場所はございません。ですが針の山のイメージの元となった剣林処、及び大剣林処という場所がございます。そこは剣樹の林となっており、葉は鋭い刃となっていると聞きます。その剣林処を想定しているのでございます……」


 その針の山の麓に至ると、そこには他の場所と同じように立て札と庵があった。立て札には叫喚地獄、剣林処と書かれてある。


「それでは中にどうぞ」


 丹羽は庵の中へと誘ってくる。私達は恐ず恐ずと庵の中に足を踏み入れる。


 庵の中には例の如く、針の山を中心とした地獄絵図とその説明書き、そして此処にはその地獄絵図を挟み込むように二対の獄卒の木像が飾られていた。一体は三つ目で一本角、もう一体には角がないが代わりに猪のような牙が頬の半ばまで反り返っていた。地獄絵図の方は尖った剣樹に体を貫かれた囚人達の姿が何人も描かれていた。


「こ、此処ではどんな罪で?」


 明智女史が躊躇いがちに質問した。


「ここ叫喚地獄は、主に飲酒に伴った罪を受ける場所でございます」


「えっ、飲酒ですか?」


「ええ、例えば、火末虫処という場所では、水で薄めた酒を売って大もうけした者が落ちると云われています……」


「えっ、そんなのが罪になるのですか?」


 明智女史は驚いたような顔で聞き返す。そんな横で中岡編集は横で愚痴る様に云った。


「いやいや、それが罪になるならビールメーカーの社員は全部地獄行きになってしまうぞ……」


 「正法念処経や長阿含経などの地獄における罪は、とても古くに作られた物なので現代の風俗には合っていない物も多くございます……」


「そ、それでどんな罰を受ける事になるのですか?」


 明智女史が再度質問する。


「火末虫処では罪人の体から虫が湧き出してきて、肉や骨を食うと云われています。また火雲霧処と云う場所では、酒を飲ませ酔わせ、物笑いにしようとした者が落ちると云われ、熱風で吹き飛ばされ粉微塵にされる罰を受けると……」


「えっ、そ、そんな程度でそこまでの罰を受けるのか?」


 中岡編集が驚いた様子で声を上げる。


 嘗て村上氏などと一緒に夕食の席で私を物笑いのネタにした事でも思い出したのであろうか?


「こいつは参ったな……」


「ええ、これじゃあ、ろくにお酒も飲めませんね……」


 明智女史と中岡編集は思い当たる事が多いのか、ほぼ同時にふうと溜息を吐く。


「まあ、現代の世俗に合ってはいませんから、そこまで御気になさられる必要は無いと存じます……」


 丹羽は慰めるように言及してくる。

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