円海寺 伍
小道はそこから海岸沿いに続いていた。その道を辿ってしばらく先へと進んで行くと、先に一軒家程もある巨大な岩が見えてきた。
なんとその岩は小道の両脇にある岩場の上に跨る様に乗っていた。そして、今にも崩れ落ちてきそうになっている。
「こ、これは怖いな…… この岩の下を通り抜けろというのか……」
中岡編集は唖然とした様子で大岩を見上げる。
「岩の門ですね、落ちてはこないと思いますが、確かに怖いですね……」
その巨石の下は道幅が狭く、二人並んでは通れないようになっていた。
「通れる幅は一人分だな…… じゃあ、僕が先に潜ろう」
頼もしい事に先に様子をみてくれるらしい。と思ったら、物凄い早さでひゅっと岩の下を走り抜けていった。
一目散かよ。
「よし、君も早く来たまえ」
穴の奥から中岡編集が呼びかけてくる。
私は恐ず恐ずと岩の下に足を踏み入れた。中岡編集のように走る事も出来るが、万一蹴躓いて転んで、その衝撃で岩が影響を受けて崩れてきでもしたら堪らない。石に潰されるのは嫌だ!
私はゆっくり気を付けながら岩の下を潜り抜けた。
潜る抜けると、すぐ横にまた立て札があった。そして傍には庵が。中岡編集はその立て札に視線を送っている。
「ここは衆合地獄になるらしいぞ」
「衆合地獄ですか…… それはどんな罪で送られる地獄なんですか?」
「いや、その辺りは僕も良く知らない。なので、また庵に入ってみようじゃないか」
「了解です」
そうして私達は横の庵に足を踏み入れる。
今度の庵も先程と同じような造りになっていた。しかし先程より一回り大きかった。内部にはまた地獄絵図と説明書き、横には二本角の雷神のような顔をした鬼の像が飾られてある。先程の鬼の木像も、この鬼の木像も色は塗られておらず白木のままだった。だが白木とはいえ色が変色しその褪せた感じがより恐ろしさを醸し出している。
絵の方に視線を送ると、薄墨で描かれた雲だか煙だかの背景に獄卒の絵、そして、その獄卒に追い立てられている白い裸の男女が何人も何人も描かれていた。その裸の人々は、倒れ伏している者もあれば、叫び声を上げている者もあり、よく見ると、巨大な石に押し潰されてしまった図や、押し潰されている最中の様子などが描き出されていた。余りの凄惨な光景に正直見ていられない。
「お、おい、見ろ、とんでもない事が書かれてあるぞ!」
絵の下の説明書きに視線を送っていた中岡編集が驚嘆の声を上げた。
「衆合地獄は性に関する罪を主に行った地獄であると書かれてある。大量受苦脳処という所は、異常な方法で性行為を行った罪やそれを見て真似した罪となっている…… それで炎の剣で肛門から串刺しにされ睾丸と卵巣を抜かれる罰が与えられると書いてあるぞ! ちょっと待て、こ、睾丸を抜かれるだと…… それに無彼岸受苦処という所では、妻以外の女性と性行為を行った罪で、火責め、刀責め、熱灰責めなど、ありとあらゆる責め苦を受けると書いてある! おお、大変だ! また、割刳処という所では、口を使って性行為をした罪と書いてあるぞ! そしてその罪は口や耳に釘を打って貫通させたり、溶けた赤銅を口から注ぐと書かれてある! 何なんだよこれは! 口を使った性行為なんでざらだぞ、それに舐めてもらわなければ、カラカラで入らないじゃないか! 普通の性交すら出来ないぞ!」
中岡編集が何やら知ったような口をきいた。
け、経験あるのかこいつ……。
私は瞬間的に勘ぐる。
実の所、私はまだ経験が無い。だから、そのカラカラもよく解らない。まだ二十台だから、まあ無くてもぎりぎり平気なレベルだ…… 本当に平気なのか? いや平気な筈だ。まあ、とにかくまだ純潔だという事だ。だから衆合地獄に属するような事は無い。それはそれで平和で良いのだが、少しだけ劣等感が湧いてくる。
「な、中岡さんは経験があるのですか?」
私は思わず聞いてしまった。
「えっ?」
中岡編集は変な顔で私を見詰める。
「いや、その、経験が……」
「………………」
な、何なんだこの沈黙は。
「……あるよ……」
あるのか。
「な、何を云っているんだ。あるに決まっているだろ。僕の年で無かったら変だぞ」
確かにもうおっさんだから。ないと変か……。
「あるよ二十代の頃だけど、錦糸町のとある店とか歌舞伎町で……」
風俗かよ!
「僕は自由人だから特定の女性とは無いんだ。縛られたくなくてね」
何か言い訳がましく聞こえるが……。あんたの性格の問題だろ?
「だから僕にはしがらみのような物はないんだ。本当に好きな人が出来たら気持ちよく付き合える。まあ純潔みたいなものさ」
純潔じゃないだろ! 美化するなよ。
心の中で突っ込みつつも、私は少し考える。
「で、でも、とすると妻以外の女性と性行為を行った罪にはなりますね、となると無彼岸受苦処という所で火責め、刀責め、熱灰責めなど、ありとあらゆる責め苦を受ける事に……」
「えっ、罪になる? ……いや、でも、その女性を探し出して結婚すれば大丈夫になるじゃないか」
「えっ、その女性と結婚をするのですか? それに見つけ出せますかね? 因みに錦糸町の女性と歌舞伎町の女性は同じ人ですか?」
「……違う……」
中岡編集は眉根を寄せる。
「二人だけですか?」
「い、いや、もう少しいる……」
結構行ってやがる。
「残念ですが地獄行きですね。天国には行けなそうです。火責め、刀責め、熱灰責めなど、ありとあらゆる責め苦を受けて下さいよ」
「…………」




