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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
171/539

円海寺  肆

 小道は岩場に向かって緩やかに傾斜していた。進むに従い樹が少なく岩が多くなっていく。


 しばらく進むと門が現れた。瓦の乗った屋根のある山門風な門だった。ただ小さめの門で敢えて門を潜らなくても両脇から進めるような門だった。海風に晒されている為か、木は黒ずみ、やや痛んでいるように見受けられる。


 私と中岡編集は敢えてその門を潜ってみる。


 そして、そのまま更にしばらく進むと、海岸近くまで至った。その近くには臼状になった岩の中央に水が溜まったような場所があり、横には庵のような建物が建っている。


「ほう、あれは潮溜か……」


「潮溜?」


「ああ、少し陸側の窪地に水が入り込み取り残された場所だ。満潮時に海水に浸かり、潮が引いた時に出来るのだが、ここのは随分海岸線から離れているから、波が高い時に海水が入り込んで取り残されたのではないかと思われる」


「あれ、その潮溜の近くに立て札が立っていますね」


 私は指差し言及する。


「よし、近寄ってみよう」


「ええ」


 そうして、その立て札の近くに寄ると、そこには釜茹地獄と書いてあった。


「なるほど…… 此処を釜に見立てているのか…… 確かに草津の湯釜とか蔵王の御釜などに近い形状をしているな……」


「湯釜? 御釜?」


 私は良く知らないので首を捻る。


「火山地形だよ。臼形の火口に水が溜まった火口湖で、地熱が高いから水の温度も高く、湯気が出ている上に硫黄とかが溶け込んで白濁しているから湯釜とか御釜と名付けられているのだ」


「火口に温泉みたいなのが溜まっているのを釜に見立てている訳ですか……」


「そういう事だ。まあ、この島は火山地形では無さそうなので、似た潮溜を釜に見立てているのだろう。だが、ほら見てみろ」


 中岡編集が指を差す。


「定期的に海水が入り込むのは良いが、出口がないからどんどん太陽で蒸発させられ塩分濃度が高まってしまっているようだ。縁の辺りは塩の結晶で白っぽくなっているし、水の塩分濃度がかなり高そうだ、ほら、水の底に魚の骨が見えるだろう?」


 云われて私は底を再見する。白っぽい池の底に胸鰭から上が突き出た白い魚の骨が見えた。


「高波に攫われて入り込んでしまったらしいな。しかし、出口は無いし塩分濃度が高い。魚にとっても居られる場所ではなかったようだ。足掻くけども足掻けども出られない。魚も地獄に入り込んでしまったのかもしれない……」


 わざとなのか中岡編集は恐ろしげな物云いをする。


「そ、そう聞くと何だか怖くなってきますね……」


 私は僅かに身を震わせる。


「さてと、雑談はこの位にして、あの庵みたいなところに入ってみようじゃないか?」


「そうですね」


 そうして、そのまま私達は横の庵に足を踏み入れてみた。


 その庵は一部が開いていて、土足で入り込めるようになっていた。そして奥には釜茹地獄の絵と、その横に人の背丈程ある木彫りの獄卒の像が飾られており、絵の横には説明書きがなされていた。


 獄卒の木像は風神雷神図の風神のような姿で、恐ろしい獅子のような顔に鹿の角が生えたような姿をしていた。かなり本格的だ。正直恐ろしさを感じずには居られない。


「えー、正法念処経によれば、地獄は罪の種類や重さにより大きく八熱地獄に別けられており、更にその八大地獄は十六小地獄へと枝分かれしている…… ここ釜茹地獄は八大地獄の一つ叫喚地獄を模し、そして等活地獄の瓮熟所をも模している。叫喚地獄の罪は酒を飲ませ悪事を働いた等になり、熱湯の入った釜で茹でられる事となる。また等活地獄の瓮熟所での罪は、無闇に動物を殺し食べた者が処され、獄卒により鉄の釜に入れられ煮られる事となる…… 余りの熱さに泣き喚くと、その声を聞いた獄卒が更に攻め手を強めもっと酷いめに遭わされる……」


 説明書きを読み上げた中岡編集が、引き攣った顔をする。


「やばいな…… 大した罪でも無さそうなのに、こんな酷い目に遭わされるのか……」


 心当たりでもあるのか?


「因みに、この下の瓮熟所の罪って蚊を殺したり、魚を釣って食べたりするのも当て嵌まるのですかね?」


 私は思わず聞く。


「いや、その程度で罰せられたら堪ったもんじゃないぞ、それが当て嵌まるなら品行方正な僕まで地獄行きになってしまう、蚊や蝿なんでガンガン殺しまくっているし……」


「私も昔、鮎釣りしてすぐに食べた事がありますね…… となると地獄行きかも……」


「いやいや、そんな事があるはずがない、僕は潔白だ。罪なんて何一つ犯してはいない。悪いのは僕の血を吸った蚊だ。僕は天国に行くんだ!」


 なにやら自分を正当化するために必死に言及する。そんなに剥きにならなくても良い様な気がするが……。


「ま、まあいい、もう、出よう。そろそろ次の見所へ行こうじゃないか」


 少し怖くでもなってきたのか、中岡編集が入口の方へと体を向けた。


「ええ、解りました。まだまだ先は長そうですしね」


 そうして私と中岡編集は釜茹地獄横の庵から出る。

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