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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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円海寺  参

 お堂の横に設けられている屋根のある渡り廊下を伝い進んで行くと、靴を脱ぎ踏み上がる玄関のような場所に出た。


「ここで、靴を脱ぐみたいですね……」


「ああ、そのようだな」


 私と中岡編集は履き物を脱ぎ、近くにあった趣がある木の下駄箱に入れる。


 そうして数歩内部へと足を踏み入れてみた。しかし、踏み上がった玄関のような場所には受付のような所は見受けられるが、人は居ない。


「すいません、本日、宿坊に泊まりに参った者ですが」


 中岡編集が受付の奥の方へ声を掛ける。すると受付の裾から黒っぽい着物を着た老人がのそのそと姿を現した。腰はくの字型に曲がり、顔には皺が無数にあり、年の頃は八十歳程と思われる感じだった。この人が寺男なのだろうか?


「はい?」


 その老人が聞いてくる。


「あ~、えーと、僕は中岡、こっちは坂本と申します。本日、宿泊予定なのですが……」


 中岡編集は少し姿勢を正し声を上げる。


「……中岡様と坂本様ですね…… え~と……」


 老人は眉根を寄せつつ宿帳のような物に視線を走らせる。


「ああ、中岡慎一様と坂本様ですね…… お名前が御座いました。お手紙を頂いて居りましたな…… ですが、お部屋にご案内出来るのは午後三時からとなっておりますが……」


 老人はしわがれた声を上げる。


「ええ、それは知っています。ただ手荷物だけ先に預けたいと思いましてね、その上で奇岩群を見学したいと……」


 中岡編集が言及する。


「ああ、お手荷物ですか、それでしたら、こちらにご署名を願いますか?」


 老人は納得した様子で、小さな紙を差し出してくる。


「この紙にですね? 解りました……」


 中岡編集は差し出された紙に自分のフルネームを記入していった。


「それでは、この札を後でお見せ下され。お札と引き換えにお荷物をお渡し致します」


 中岡編集が書き終るのを見届けると、老人は風呂屋の下駄箱の鍵のような木の札を差し出してくる。


「部屋に運んでおいて頂く事は出来ないのですか?」


「いえ、そこまでは致して居りませんが……」


 無愛想な顔で老人が答える。宿坊だけにそこまでお持て成しは無いようだ。


「そ、そうですか……」


 中岡編集は少し残念そうに頷いた。


「因みになのですが、奇岩見学をするにあたって、僕等二人でも巡る事は可能ですかね? ご案内を頂いた方が良いでしょうか?」


「……見所の奇岩には立札が立って居りますから、お二方でご見学して頂いても解るようになって居りますよ」


 老人はぼそりと答える。


「なる程、そうですか、それで奇岩見学の所要時間はどの位掛かりますか?」


「そうですね、二時間程は掛かると思いますが……」


「ほう、二時間ですか、結構掛かるんですね?」


「ええ、地形が入り組んで居りますから、時間はある程度は掛かると思いますよ……」


「解りました。ありがとうございます。じゃあ早速行ってみようと思います。荷物の方は宜しくお願い致しますね」


 中岡編集は小さく頭を下げる。老人も頭を下げた。


「あっ、そうだ。それで、見学するには、どちらに行けば?」


 中岡編集は思い出したかのように問い掛ける。


「ここを出て、本堂の裏手の方へ廻って頂ければ、奇岩巡りの道があります。本堂裏に案内見取り図も出て居りますので……」


「恐れ入ります」


 中岡編集は頭を下げ、今度は本当に背を向けて歩き始める。私もそれに続いた。


 宿坊の建物を出て、先程の本堂の裏手に廻ってみる。すると細い小道があり、その横に案内図が出ていた。木の板に墨で島の絵が描かれており、そこに針の山、血の池地獄、焦熱地獄、釜茹地獄等々と書かれてある。文字の方は辛うじて読めるが、絵の方は掠れて判断が付きにくかった。


「色々あるみたいですね……」


「ああ、それでこそ見物し甲斐があるというものだろう……」


 中岡編集は細かく数度頷いた。


 そうして、私と中岡編集はその小道へと入り込んでいった。小道は島の中央に位置するこんもりと盛り上がった部分へと延びている。私と中岡編集はその道を登っていく。急ぐと中岡編集がすぐにヘコタレてしまうのでゆっくりと登っていった。


 島の一番高い部分まで至ると、今まで見えなかった島の反対側の景色が見えてきた。


「うわあ…… 凄いですね、岩場ですね、岩場が広がっていますよ」


 私は思わず声を上げる。


 そこには波と潮にさらされ侵食を受けて削られたという一風変わった地形があった。


「ああ、凄いな、想像以上に色々な侵食地形が広がっている…… これは楽しめそうだぞ」


「左の方には尖った岩が立ち並んでいますよ、あれが針の山になるのですかね?」


「多分そうだろうな。まあ近くに行って細かく見学しようじゃないか」


「ええ」


 島の一番高いところから島の反対側に下りて行くと、小道は右の小道、左の小道の二股に別れていた。そして、立てられた立て札には、順路と書かれ矢印は右の小道を差している。


「右から下って、左から戻ってくるようになっているようだな」


「そうみたいですね、本堂裏の地図は薄すぎてよく見えませんでしたが、思い返すとそうなっていたような気もしますね……」


「兎に角、順路通りに右の道を進んでみよう」


 そうして私と中岡編集は足早に小道を下っていった。

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