検証 弐
「ところで、質問なんですが、埋蔵金は黄金だとして、それは一体どこから得た黄金なのでしょうか?」
私は根本的なことが気になり質問してみる。
「……それはさっき云ったが、甲斐の金山から掘り出した物だろう」
「でも、金山なんてそんなにありましたっけ? 佐渡とかは有名ですけど、山梨県に金山があるという話は余り聞いた事がありませんよ」
私は顔を顰める。
「いや、結構あるようだぞ、有名なものだと東京と山梨の県境に位置する黒川金山、大月金山、はたまた富士川、身延付近では湯ノ奥金山などがある。先程も云ったが、その金山から掘り出した物で大量の甲州金を作り出したらしい」
「身延付近にも湯ノ奥金山と云うのがあるのですか?」
「ああ、身延駅の隣駅である下部温泉駅の近くにある」
「すぐ近くじゃないですか」
「ああ。相当近いな」
中岡編集はそう答えてから、はっとした顔で呟いた。
「……あっ、そうか、なるほど、全て一緒だと考えてはいけない訳か……」
「えっ、何を一緒だと考えてはいけないのですか?」
私は云っている意味がよく解らず質問する。
「信玄の埋蔵金と噂される物と、梅雪の埋蔵金と呼ばれる物を分けて考えなければならないと云う事をだよ……」
「武田家の埋蔵金と梅雪の埋蔵金を分けて考えるのですか?」
私は中岡編集の言葉を反芻する。
「昨夜、武田家の構造を調べていた際に改めて気が付いた事だが、武田家は基本的に一枚岩ではない。家臣構成も、各地の国人に親族を嫁がせて形成した御一門衆というのが重鎮となり、譜代家臣団がその下に来るようになっている。有名な武田四天王と呼ばれる内藤昌豊や馬場信春、山県昌景、高坂昌信は譜代家臣団に属する。穴山梅雪、信玄の弟で勝頼の叔父である武田信廉、信玄の弟信繁の次男である武田信豊、信玄の妹を嫁に送った小山田信茂、はたまた信玄の娘を嫁に送った木曾義昌などは御一門衆に含まれる。譜代家臣団で軍師である山本勘助などは、領有する所領などはほとんど無かったらしい。また幸村、信幸、昌幸で有名な真田氏も当初から信濃小県郡を領した豪族だった。それが武田家の傘下に下ったものの、その土地を治めていたのは武田家家臣になっても真田氏だったのだ」
「昨日も聞きましたが、武田家家臣は出世し難い状況だったのですね…… 織田政権下では、柴田勝家、明智光秀、羽柴秀吉などが領土を多く与えられていたのに……」
「ああ、どちらかというと譜代家臣団は武人として配され、傘下に下った国人衆の軍艦として派遣される事が多かったんだ。それもあり戦が起こると、譜代家臣団が主に戦い、国人衆や御一門衆は後詰だったり本陣近くであったりで矢面に立つことは少なかった。そのくせに所領の管理などは国人衆や御一門衆が主に司る事が多かった……」
「古い構造なんですね」
「まあ、古い血筋の甲斐源氏だからな……。ちょっと話を戻すが、信玄の埋蔵金伝説においては、あくまで伝説だが、対上杉の備えとして、その経路である棒道や、諏訪湖に沈めたというものがあるが、時代としては一五六〇年頃の物だと考えられる。川中島の戦いの最後が一五六四年であり、それ以降は上杉家とは大きな戦いは無かった。また信玄が死んだのは一五七三年であり、勝頼が死んだのは一五八二年だ。信玄の死から勝頼の死までの間に九年もの歳月がある」
「意識していませんでしたが、そこまで歳月の隔たりがあるのですね」
九年というと小学校入学から中学校卒業ほどの期間がある。歴史の教科書では、信玄が死んでから武田家が滅ぼされるまであっという間のように書かれているが、改めて見るとかなり長い期間だと私は思った。
「そうだ。信玄が生きていた頃はまだ良いにしても、信玄亡き後、不仲であった梅雪に勝頼が武田家の軍資金の管理を任せ続けるとは思いにくい。また、対上杉を止め、今川領に進出する事になった後も、棒道や諏訪湖に軍資金を隠し続けているのも変な話だ」
「確かに戦が無いなら一度引き上げたかもしれませんね」
「ああ、それに武田家は基本的には領主連合だ。穴山家の物を勝手に武田家で動かせないようになっているし、小山田家のものを諏訪家で動かすことも難しい。それもあり梅雪の所領ではない黒川金山や大月金山の金を梅雪が管理するのも少々無理があるだろう。とするなら穴山梅雪の埋蔵金は独自で作り上げた埋蔵金なのでないかと考えられる。穴山梅雪の所領は身延町を含む河内地区になる。そこは梅雪の生まれる以前から穴山家の所領であり、梅雪はこの地で生まれ死ぬまでこの地の豪族だったんだ。だから埋蔵金は穴山領内の金山から掘り出し作り上げた甲州金なのではないかと……」
「なるほどです」
私は頷いた。
「それで、埋蔵金は梅雪が自分の所領内の金を自分の所領内に隠したと想定した上で、今まで調べた日蓮に関する事、身延山、七面山、天岩戸、龍口などのヒントを元に調べていくと、天岩戸と龍口が特定さえ出来れば、埋蔵金の場所までは行けそうではある」
「もう河内地区だと想定する訳ですね」
私は地図を見ながら答える。