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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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円海寺  弐

 声のほうへ視線を送ると、お堂の横の方に御座が敷かれてあり、その横に背が高く細身の若い男が立ってこちらを見ていた。その御座の上には、幾つかの部位に分解された仏像が置かれている。


「こんにちは、私はこちらに派遣されて来ております仏師の森と申します」


 その男は近づいてきて爽やかな笑顔で頭を下げてきた。年の頃は二十代後半といった感じで相当なイケメンだ。私の理想のタイプにかなり近いかもしれない。私は瞬間的にドキドキする。


 実は私は多分に漏れずイケメンが好きだった。イケメンといっても女顔のイケメンが特に好きだった。イケメンと云われる人は様々いるが、町で見かけるその殆どが男顔のイケメンだ。女顔のイケメンは希少なのである。


 その女顔のイケメンというのは背が高く、ほっそりしていて、首は長く肌は綺麗で、髭や体毛が薄く、さらさらでちょっとウエーブが掛かった髪をしていて…… ここからが重要だが、仮にそのまま女性だったとしても美しいと思える程の顔をしているイケメンの事である。まあ少女漫画に良く出てくるような男性だ。だが漫画ではよく出てくるが、現実の世界でお目に掛かるのは稀である。しかしその女顔のイケメンが目の前にいるのだ。


 ――私は男みたいな容姿をしている…… いや、そう云われる事が良くあるだけだが…… まあ、そんな事は置いて於いて、そんなに良い容姿ではないのでバランスを取る為に本能的にそのような男性を欲してしまっているのかのしれない……。


「仏師さんなのですか?」


 中岡編集が問い掛ける。


「ええ、こちらに飾られている仏像が痛んできたので、補修と手入れに参っているのです。まあ年一度、定期的に来ているといった感じですね」


 その森という仏師は微笑んだ。優しい笑顔だ。


「それにしても、十王をご存知だとは…… 知らない方が殆どなのに……」


「いや、僕は大学が仏教学部だったので、一応知識として持っているだけですよ、細かな所はもう殆ど覚えていませんがね……」


 中岡編集は頭を掻きながら答えた。


「仏教学部ですか、どおりでお詳しい訳だ」


「いえいえ、そんな大したものじゃないですよ、ああ、そうだ、仏師の方ならその辺りの事にもお詳しいと思いますので、折角なのでもし出来たら僕と僕の連れに解りやすくご説明をお願い出来ませんでしょうか?」


「ええ、構いませんよ、私などの説明でよければ」


 イケメン仏師は爽やかに答えた。私はその爽やかな笑顔に当てられ更に緊張してしまう。


「仏教や道教では、人は死ぬと中陰という存在になると云われています。その中陰の状態で、十人の冥界の王、まあ十人の冥界の裁判官の審議を受け、六道のいずれの世界に行くかを決定される事になります……」


 そのイケメン仏師が私の顔をまじまじと見詰めた。背が高く私より視点が上だ。その目を見上げつつも緊張で少し目が泳いでしまう。


「貴方は、四十九日とか初七日法要とかはご存知ですか?」


「えっ、えっ、いや、聞いた事はありますが、近い身内が亡くなったとかはないので詳しくは知りませんけど……」


 私は緊張気味に答えた。


「ふふっ、そんなに構えないで下さい。知らなくて別に恥かしい事ではありませんし、知らない方が幸せに過ごされてきたという事になりますからね……」


「えっ、ええ」


 私は頷いた。


「初七日は、その十人の裁判官の最初に審議を受ける日になっています。最初は秦広王という裁判官、次は十四日目に初江王という裁判官、二十一日目には宋帝王、二十八日目には五官王、三十五日目には閻魔王。日本では閻魔大王のみが突出して有名なので、閻魔大王のみが冥界の審議を行っているように捉らえられがちですが、実際は複数の王により審議がなされていたのです」


「そうだったのですか…… 私、知りませんでしたわ」


 私は目を見詰め、尊敬の念を込めて呟く。嗚呼、惚れてしまいそうだ。


「そして四十二日目には変成王、更に四十九日目には泰山王の審議を受ける事になります。この泰山王は日本では余り有名ではありませんが、泰山府君とも呼ばれ中国では閻魔大王と同じぐらい有名な冥界の王として知られています。一応この四十九日をもって六道のどの世界に行くかが決定されます。まあ、閻魔大王より最終決定を司りますので、泰山府君が有名なのは理解できますけどね」


「あ、あれ、まだ七人しか王が出てきてませんよね? 最終決定って、十人の冥界の王の審議って最初云っていませんでしたっけ?」


 私は疑問に思い質問する。


「ええ、一応は四十九日でどの世界に送られるかが決定し、その世界に送られる事になりますが、その後の百か日の平等王、一周忌の都市王、三回忌の五道転輪王の審議は追加審議という位置づけで、罪を軽減する為に行われます。例えば地獄道から人道へとかの救済があったりもするのです」


「なるほど……」


「それで、ここにある像は左から、秦広王、初江王、宋帝王、五官王、閻魔王、変成王、泰山王、平等王、都市王、五道転輪王の順番に並んでいます。左端の秦広王は一度倒れてしまったという事があったようなので、分解して確認をしていた所だったのですが……」


「ああ、だから、像が下に置かれていた訳ですか……」


 説明を聞いた中岡編集は、納得したように頷く。


「ええ、まあ、像の方には問題はありませんでしたけどね」


 仏師の森は爽やかに笑う。


「しかし、こちらの像は並列になっていますが、どれが本尊になるのですか? それにこのお堂は本堂というよりかは仏堂に近い印象を受けたのですが……」


 中岡編集が天井や周囲を見ながら問い掛ける。


「一応は閻魔像が本尊になりますが、ここは別院になりますので、本堂的な要素は薄いと思います。行事や法要もしませんしね」


「ああ、別院なのですか…… 京都の三十三間堂のように……」


「ええ、あそこも天台宗妙法院の境外仏堂ですから立ち位置的には似ているかもしれません」


「となると此処には住職は?」


「ええ、常駐はしていません。たまに居らっしゃる位です。私も一度しかお会いしたことはありません」


「ではどなたがお寺の管理を?」


「本院の方から寺男と御師代わりの者が派遣されておりますので、その者達が主に宿坊の管理をしています」


「ああ、なるほど」


 中岡編集は解ったように頷く。


「その者達が、宿坊の管理や寺の案内をしてくれますので……」


 イケメン仏師は微笑みながら優しく説明してくれる。参っちまうぐらい爽やかな微笑だぞ。


「そ、そうなのですか」


 私は赤くなってしまったかもしれない頬を隠すように、頬に手を当てながら頷く。


「お二人は宿泊予定で?」


「ええ、その予定です」


 中岡編集が答える。


「良いですね、ご夫婦でご旅行ですか?」


「ご、ご、ご夫婦ですって! ち、違いますよ! なに云ってるんですか、他人です。いや、他人じゃないですけど上司と部下みたいなもんです! こんな丸っこいのは夫なんかじゃありませんよ」


 私は慌てて否定する。何云ってるんだこのイケメンは! 私は独身だぞ!


「あっ、ああっ、こ、これは失礼しました。ま、まあ、いずれにしても、ごゆっくりご旅行を楽しんで行ってくださいね」


 イケメン仏師は取り繕うように言及する。


 もう! 熱くなった私の心を急激に冷やさんでくれよ!


「そうしましたら、宿の受付に寺男が居りますので、そちらでお手荷物をお預けになられたら如何ですか? 島の奥の方には奇岩で出来た見所が一杯ありますし、少し険しい道もありますから、両手は空いていた方が良いですし……」


 少し慌て気味に仏師が説明してくる。


「ほう、そうなんですか、険しい道もあると?」


 中岡編集が質問する。


「ええ、少しですがありますので」


「じゃあ、そうしてみようかな、なあ龍馬子君?」


「りょまこ?」


 こ、こら、龍馬子って云うなよ! イケメンが不思議そうな顔をしているだろ。


「い、いえ、私の名前はりょうこです。坂本亮子と申します。こっちは中岡です。もう中岡さんったら活舌が悪いんだから……」


 私は必死に誤魔化す。このイケメンに坂本龍馬に似ているとかで笑われでもしたら立ち直れない。


「あ、ああ、すまんね、亮子君、いやいや、僕はべろが引っ掛かる癖があってね…… 亮子君、亮子君と…… じゃあ、僕達は宿坊の方へ行ってみますよ」


 中岡編集が頬を掻きながら言及する。


「私も数日は宿の方に泊まっていますので、また後でお会いするかもしれませんね、それでは」


 爽やかイケメン仏師は笑顔で頭を下げると、お堂の端の方へと戻っていく。後姿も何やら格好が良い。


 そうして、私と中岡編集はお堂を出て、お堂の右手にある宿坊の方へ歩を進めた。

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