松島へ 肆
「あ、あの、恐れ入りますが、この船で円海寺のある島まで乗せて行って頂けるのでしょうか?」
中岡編集はその男に近づき恐る恐る質問する。
その男は返事をする事無く、黙ったまま頷いた。随分寡黙な男だ。
「この船で連れて行くってくれるようだぞ、じゃあ乗ってみよう」
私を促しながら、中岡編集が船に片足を入れると、その船頭風の男が手の平を上に向け差し出してきた。
「えっ?」
その男は乗り込むのを遮るように手を出し続けている。
「あのう、手が邪魔で乗り込めないのですが……」
「……」
男は無言のまま手を出し続ける。
「あの、中岡さん…… こ、これに乗るには船賃が必要なんじゃないですか?」
私は思い付き言及する。
「おお、そうか、三途の川じゃないが、渡航料が必要と云う訳なのか」
中岡編集は納得した様子で、船頭風の男に声を掛ける。
「渡航料が必要なのですか?」
男は小さく頷く。
「それでお幾らなんですかな?」
中岡編集が再度問い掛ける。
「……六文」
掠れる様な声でようやく男が声を発した。
「六文?」
男は頷いた。
「ほほう、三途の川の渡し賃と同じと云う訳ですか…… 因みに六文って昔の六文ですか?」
男は再度頷いた。
「いや、で、でも、六文なんて用意して来ていないぞ、どうすれば良いのだ?」
困ったような顔で中岡編集が私を見る。
「相応のお金を支払う感じで良いんじゃないですかね?」
「相応のお金?」
「現代の価格で六文の金額をお支払いするのじゃないかと…… 因みに六文って幾らぐらいなのですか?」
「六文の価値だと…… 君は知らないのか? 歴女の癖に」
中岡編集が冷たい視線を向けてくる。
「えっ、私ですか? いや、私は江戸の庶民の暮らし振りまでは調べていませんので……」
私は頬を掻く。
「歴女の癖に何も知らないのだな、今度はその辺りもきっちり勉強をしておかないといかんぞ!」
「は、はい……」
何か解らないがついでに叱られてしまった。
「昔のお金の一文は、江戸の長い期間で価値がある程度変化をしている。だが十円が百円になる程の変化まではしていないのだ。まあ六文は現代のお金で、十円から五十円程度に当たる価値になるだろう」
さすが歴王だ。細かい事まで良く知ってやがる。
「一文は現代で十円から五十円なのですか…… でも結構な開きがありますね」
「三百年も続いていたからな」
「となると、六文は六十円から三百円位になる訳ですね」
「そう云う事だ」
「じゃあ、六文相当の金額を渡してみたら……」
「解っている」
中岡編集はポケットから財布を取り出した。そして小銭入れから小銭を取り出すと、それを男の手に乗せた。
それは六十円だった。最低価格かよ!
「……」
男は動かない。手の平を上に向け差し出したまま固まっている。
「むむ、駄目なのか、現代の価格で六文の金額をお支払いするというのは勘違いか……」
「い、いや、そこじゃなくて、多分額が少なすぎるんですよ! もっと渡さないと」
「えっ、そ、そうなのか」
中岡編集はそこに百円を追加した。ケチな男だ。
しかし男は、まだ動かない。
「むむっ、まだ足りないのか?」
中岡編集が覗き込むように船頭をみる。船頭は無言のまま手の平を見詰め続けている。
「じゃあ、これでどうだ!」
中岡編集は更に百円玉を二枚追加した。
「……」
無言のまま船頭がゆっくり腕を下げる。
「おお、これで通って良いという訳か」
男は僅かに頷いた。
「では、失礼して」
中岡編集は船に乗り込んでいく。
そんな中岡編集を眺めつつ、私は船ににじり寄る。船頭はまた手の平を上に向け差し出してくる。
「これで」
私は予め用意しておいたお金を船頭の手に載せた。船頭の腕がゆっくりと下がる。
「失礼します」
私は少し頭を下げてから船に乗り込んだ。船は岸に船首を乗り上げてはいるが大半が海の上なので、歩くと結構揺れた。
そして、私は中岡編集の傍まで行って腰を下ろす。
先ほどの船頭が船を押し出し船に乗り込んできた。船頭は艪を上手く使いゆっくりと船を進ませていく。
「おお、上手く進んで行くのだな」
中岡編集は感心したように声を上げた。
船はそのままゆっくり沖へ漕ぎ出でてゆく。外海になる筈だが、波は意外と少なく穏やかで、船の揺れは左程ではない。
ふと私は船の縁から手を出し、海の水を触ってみる。季節は十月という事もあり、水は随分冷たかった。泳げるような水温ではなかった。
今回の話はクローズドサークル物なので怪しい警察や警部は出て来ない予定です。




