松島へ 参
私と中岡編集は野蒜駅からバスに乗って県道27号線を進み、宮戸島の東側に位置する萱野崎を目指す。只、バスは県道沿いまでしか行かないので、萱野崎近くで下車し、その先は歩いて行く事となった。
「随分大変なのですね?」
殆どトレッキングをしているような感じの道を進みながら私はぼやいた。
「岬に向かっているからね…… まあ東尋坊に行くような感じだと思えばいい」
「で、でも、そっち方面に向かう人が全然いませんけど、本当にそこは凄い場所なのですか?」
「……凄いとは思う。だが人気は無いのかも知れない…… 地獄だけに……」
中岡編集は少し頭を掻きながら呟いた。
「若い女性は行かなそうですよね……」
「そ、そんな事はない。地獄が好きな女子もいるかもしれないぞ。歴史女子ならぬ、地獄女子…… 地女だ」
「地女ですか……」
そんなの聞いた事もないぞ。
「あっ、おい、ほら、見ろ、案内板が立っているぞ」
中岡編集が指を差す。そこには円海寺は左へと書かれてあった。ただ、その看板は潮風の為か朽ちており、墨で書かれた文字も消えかかっていた。なにかゾクりとさせられるものがある。
「こ、ここで左のようですね……」
「よし行ってみよう」
「ええ」
進む道は更に細くなった。取り敢えず道にはなっているが、両側には樹や岩が迫っていた。随分物寂しい周囲の様子に、何やら段々、本物の地獄にでも向かっているかのような気持ちになってくる。
しばらく進むと、海岸へと出た。海岸と云っても砂浜ではない。石の海岸だった。そして、その海岸には海岸の石を積み重ねて作られたと思われる石の塔のようなものが幾つも幾つも作られていた。
「ほほう、早速、地獄の入口を再現しているみたいだな…… 賽の河原か……」
「賽の河原?」
「ああ、賽の河原では、親より先に死んだ子供が、親不孝だと罪に問われ、その報いとして石を積み上げ塔を作らされているのだ。その塔が完成すると、地蔵菩薩に救済されると云われているが、鬼が来て塔を壊して完成させないように意地悪をしてくる……」
「親より先に死んだだけで、罪になってしまうのですか?」
私は幾つも立ち並ぶ石の塔を見ながら問い返す。
「親を悲しませる事になるから親不孝になるのだろう。それだけで罪になるのは子供も可哀相だが……」
「じ、じゃあ、七十歳の親より先に四十歳の子供が先に死んだ場合でも、その四十歳の子供が石を積む事になるのですか? 中岡さんみたいなオッサンが何人も必死の形相で石を積んでいたら、可哀相とは余り思えないですし、逆にちょっと滑稽というか妙というか……」
「こ、滑稽とは失礼だな」
中岡編集は眉根を寄せる。
「まあ、この場合の子供とは、親に対する子ではなく、幼子と見るべきだろう。百歳の親より先に死んだ七十歳の子供が石を積んでいたら絵にならない。というか七十歳の子供は最早子供ではなくお爺さんだ。それに、親より先に死ぬような罪より、もっと問われる罪は一杯ある筈だ。石を積み上げるだけで罪を許
されるような簡単な刑に処される筈がない、逆に、大人になった後、それしか罪がなかったら天界行きだろう」
「ああ、成程、子供は幼子を差す訳ですか……」
「そうだ。幼子は地獄までは行かない。地獄の入口で試練を受けて救われるのだ」
「まあ、そうですよね、幼子に地獄は可哀相すぎますものね……」
私は納得して頷いた。
「おやっ、あそこに人がいるぞ」
中岡編集が石塔の先に視線を送りながら声を上げた。
そこには木で出来た小船があり、その横に作務衣姿に武笠を被った時代錯誤な男が立っていた。