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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
161/539

事件解説  捌

 こうして、忍者屋敷を舞台にした推理小説を書くという事から端を発した奇妙な事件は解決をみた。


 見学を快く引き受けてくれた百合子も、まさか自宅でこんな事件が起こるとも、はたまた、偶然立ち寄った中岡編集が、この事件を解決する事になろうとは夢にも思っていなかったであろう。ただ、今回の事件は、藤林家としては当主の死、長男の死、双子の次男の逮捕と大きな傷跡が残ってしまうのではないかと思わずにはいられない。


「……ゆ、百合子さん、こんな事になってしまって、お悔やみ申し上げます。まさかこのような事になるなんて……」


 中岡編集は申し訳なさそうな顔で声を掛ける。


 まあ、仮に中岡編集が、いや、私が事件を解決しなかったとしても、藤林家には主人の死、次男の死という哀しい結果は残ってしまっていた事であろうが……。


「い、いえ、こ、此方こそ、とんだ醜態をお見せしてしまい……」


 百合子は、そこまで云い掛けるも、それ以上の言葉は出てこなかった。そして母親を気遣うようにしゃがみこんだ。


 肩が小刻み震えている。嗚咽の音が微かに鳴り続く。 


「ゆ、百合子さん……」


 中岡編集が手を伸ばし百合子の肩に手で触れようとした所で、私はそれを止めた。そして、顔を横に振る。もう、これ以上声を掛けるべきではないと私は考える。


 百合子だけではなく、母親の美津も、富子も徳次郎も、真奈美も何も話すことは出来きそうもなかった。


 そんな藤林家の人々を横目に、私は静かに軽く頭を下げ、屋敷の見学に応じてくれたお礼の意を示す。中岡編集もそれに倣ってか同じように頭を下げた。


 漸く事件は解決に至ったものの、それからどう振舞えば良いか解らず、そのまま私と中岡編集は立ち尽す。すると石田警部が手招きして私達を呼んできた。私と中岡編集は再び藤林家の人々に軽く頭を下げ、おずおずと石田警部に近づいていった。


「中岡さん、お疲れ様でした。そうしましたら中庭の方へ来ていただいて宜しいてすかな?」

 

 石田警部は肩の荷が下りたのか、少しすっきりとした顔をしていた。


「ええ、僕は構いませんよ……」


 そうして、中岡編集と私、石田警部、石田警部の付き添いとしてなのか脇坂刑事が、長屋と母屋の間にある中庭へと赴いた。


 外はもう夕方になっていて、空は夕日が雲に当たり、紫と赤が相まった幻想的な色合いだった。綺麗というべきか、薄気味悪いというべきか、なんとも複雑な色合いをしていた。


「改めて中岡慎一さん、ご協力有難うございましたな、そして数々のご無礼大変失礼致しました。普通の格好をした小五月蝿い出版社の編集だと思い、貴方を侮ってしまいました。私の目が腐っていたようです。貴方こそ本物だ。貴方こそ本物の推理小説の編集者だ! 坂本さんもこのような素晴らしい編集が就いている事を感謝せねばいけない!」


 そ、そうだろうか?


 石田警部はちょっと恥かしそうにしながらも、深く丁寧なお辞儀をする。


「しかしながら、よくあの密室と入れ替わりが解りましたな、私が考えていたら、一生解らなかったかもしれませぬ」


 石田警部は頭を掻いた。


「いやいや、坂本の奴がちんたらやっているのを見て、安楽椅子探偵さながら、少し考えてみたのですよ、それで、この町が伊賀の町、忍者の町というのを少し意識していたら、あれよあれよという間に解けてしまいましてな、ははははは」


 中岡編集は怪しげな空を見上げながら答えた。


 ち、ちんたらだと! 泣いて縋るから手柄を譲ってやったのに!


「ほほう、伊賀の町と忍者の町ですか?」 


 石田警部が興味深げに問い掛ける。


「ええ、子供染みているかもしれませんが、忍法変わり身の術と、忍者屋敷というのを頭に置いて考えてみたんです。いやいや、しかしながら、難しい入れ替わりでした。双子の陰で別人を使って入れ替わりをしていたので解り辛かったですよ、あの通路は、法則で考えられないなら、もうその方法しかないだろうと…… 床下や、掛け軸の裏の通路も考えましたが、あの屋根を見て、上しかないだろうと考えましたよ」


 中岡編集が頭を掻きつつそう呟くと、石田警部は思い出したように聞いてきた。


「そういえば、あの屋根裏の白骨とあかしゃぐまの関係は一体何だったのですかな?」


「それに関しては、屋根裏で坂本の奴が何か云っていましたね、あの白骨はなんだったんだ? 坂本よ!」


 なにが、坂本よ!だ。


 気に入らないとは思いつつも、私は少し憮然としたまま口を開いた。。


「……た、確か、あかしゃぐま様は、百合子さんの話に因ると四国の民族伝承で残っている妖怪の類だと仰っていましたよね、東北の座敷童子にように、その家に住みついてくれている間は家は栄えるが、いなくなると家が不幸になるという云い伝えだと……」


「ああ、そう云っていたな」


 中岡編集は頷く。


「私が以前調べた所では、座敷童子の起源というのは、間引かれたり、家の中に埋葬された子供の霊だと聞いた事があります。石臼の下敷きにして殺し、墓ではなく土間に埋める風習があったと……。恐らく、この家にも嘗てあったのでしょう、間引かれる為に殺された子供というのが……。そして土間に埋めたのではなく、天井裏に祀られた。それが赤赤熊になったのではないでしょうか?」


「なるほど、その子供が、あそこに祀られていたという事か」


 中岡編集が気が付いたように云った。


「それが正しいかどうかは解りませんよ、ですが可能性は高いのではないかと思います……」


 私は答えた。


「……し、しかしながら、間引かれる可能性の高い双子の事件と、赤赤熊の伝説が絡んでいるのは何か怖い気配を感じますな……」


 石田警部が表情を曇らせながら呟く。


「怖いですか?」


 中岡編集が訊く。


「こ、怖くなんかありません、でも本当に因果があるなら少しぞくっと致しますが……」


「いや、強ち因果が無いとは云い切れませんよ、主人である慶次郎の病気や、その慶次郎の弟の不慮の事故、そして今回の慶次郎殺人、正一郎殺人を鑑みると、藤林家には余りに死が多く不幸が積み重なってしまっているように感じずにはいられません。赤赤熊は居る間はその家に幸を齎してくれ、去ってしまうとその家が不幸になってしまうという云い伝えですが、その赤赤熊を放置し、祀る事を止めてしまっていた事は確かです。その事が若しかしたら本当に不幸を引き寄せてしまった可能性があるののではないでしょうか?」


 中岡編集の説明に石田警部は軽く身震いをした。あの屋根裏の白骨の印象がかなり強烈だったようだ。


「……さてと、そろそろ、私と坂本を解放して頂いても宜しいですか?」


 改まって中岡編集が声を掛ける。


 石田警部は頷いて答えた。


「本当に有難うございました。いやいや、中岡さんがいなかったらこの事件は解けなかったと思います。同じ歴女でコスプレイヤーの坂本さんに期待していましたが、とんだ的外れで御座いました。私の人を見る目は腐っていたようです」


 いや、腐ってないですし、正しいですから……。


「腐った目でした。本物を見極める目をもっと養った方がいい」


 な、なんだと!


 ふと、そこへ脇で待機していた脇坂刑事が、何度も首を傾げながら石田警部に近付いてくる。そして石田警部の耳元に口を当て、しつこい位に首を傾げながら、何かをごにょごにょ呟き始める。それを聞いている石田警部の顔がどんどん般若のような顔に変貌していった。


「な、何っ、本当かそれは!」


「ええ、果物屋で店員に質問していた際も、何も解っていない様子でしたよ…… その前後も坂本さんと話をしていた気配はありませんでしたし……」


 蜜告しているらしい。


「あっ、いや、じゃあ、そ、そろそろ、僕達、お暇しますね……」


 中岡編集がそそくさと私を促し門の方へ進んでいく。


「き、貴様! 私を謀っておったか! な、成り損ないめが! 何か妙だと思っていたのだ! 汚い真似を!」


「いえ、謀ってなんていませんよ、本当に僕が解き明かしたのです。僕の事を尊敬の眼差しで見ていてくださいね」


 中岡編集は後ろ手を振りながら逃げるように門を潜り抜ける。


「お、おのれ! 謀りおって! 少しだけ惚れそうになってしまったではないか! 許さん! 許さんぞ俗物め!」


 えっ、ほ、惚れそうになった! 


 思いもよらない一言が耳に入り私は耳を疑った。



 いずれにしても、こうして私の奇妙な体験は終った。


 まあ、また呼び出される事にはなるとは思うが、私と中岡編集は石田警部の告白を背に小山を下り、佐那具駅に向かって進んでいく。


 兎に角、私は早く早く赤目温泉に行って汗を流したいのだ。


 下山の途中に、ふと振り返ると、相変わらず暗澹とした一種異様な感覚が身に感じられた。やはり赤赤熊と何かしらの因果関係があるのだろうか? 


 さておき、事件が無事に解決に至って良かったと心から思う私なのであった。




             了


 お読みいただきまして誠にありがとう御座いました。これにて伊賀武家屋敷殺人事件の部分は終了になります。


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