検証 壱
「そもそも埋蔵金とは一体何なのでしょうね? 小判などの貴金属の類なのでしょうか?」
私は改まり訊いてみる。
「まあ、価値のある金属といえば金や銀が戦国期の主なる物になるな。確か東日本で金は多く取れ、西日本では銀が多く取れると聞いた事があるが……」
「金銀財宝と云う位ですからね」
「銀が現代に於いて貴金属かどうかは判断に困る部分もあるが、昔は銀も価値があったんだ。江戸時代前期では金四匁と銀五十匁が同価値だった。つまり金は銀の十二倍程の価値だった訳だ。世界でも銀は価値があるものと見做されており、石見銀山で掘り出された銀は世界の銀の三分の一を占めるに至ったという。残念ながら現在では銀は金の五十分の一から七十分の一程の価値に差が広がってしまっているがね」
「確かに銀製品は安くなりましたもんね」
私は巷に売られている銀製品を思い浮かべながら云った。
「古代エジプトでは金は砂金などで取れ、自然銀が取れなかったのもあり、金より銀の方が価値が高い時代もあったんだ。驚くべき事に金に銀メッキをしていた装飾品まであるという」
「へ~っ、そんな物があったのですか。でも、もし埋蔵金が大量の丁銀だったら重いだけで相当がっかりですけどね」
「ただ幸いというか喜ばしい事に甲斐の国では銀は余り流通していなかったらしい、そこから考えるに今回の埋蔵金が銀という事は恐らくないと予想される」
中岡編集は指で顎をなぞりながら云った。
「だと良いですが……」
「……資料によると武田信玄は甲斐にある金山から金鉱石を採掘し、大量の甲州金を作ったとされている。そして甲斐国内で金による貨幣制度も整備したようだ」
中岡編集は本を広げながら説明し始める。
「そして武田信玄は、日本で最初に貨幣制度を整備した人物であるとも云われ、甲州金は甲斐の国の都留郡を除く三郡で流通していた領国通貨だったらしい。碁石金というベーゴマのような金の塊から、露金、太鼓判、蛭藻金、板金など様々な形があったようだぞ」
「そう聞いていると、信玄は行政面での能力が高いですね……」
「更に戦国期の金の貨幣価値は重さで判断する秤量貨幣として貨幣交換がなされていたが、甲斐国内に於いては金に打刻された額面で価値が決まる計数貨幣だったらしい。現在の紙による貨幣制度により近い先進的な物が取り入れられていたようだ」
「先見の明まであった訳ですね。信玄恐るべしです」
私は納得顔で頷いた。
「また、甲州金は、一両が四分、十六朱、六十四糸目と同価値になる四進法が使われていたらしい。糸目は一番価値が低いので六十四枚あってようやく一両と同等に成るという訳だ」
「糸目ですか」
「この両、分、朱、糸目という貨幣制度は、後に徳川幕府にも採用される事となる。金に糸目は付けないという言葉があるだろ? あれは僅かなお金は気に留めないという意味で使われていたようだな、切捨てみたいな意味だよ」
「私はいくらでも払うという意味なのかと思っていましたけど……」
私は頭を掻いた。
「まあ、その甲州金は合戦の褒美として渡されたり、葬儀の際金子として送られたりしていたらしい。天正六年、越後の上杉家における相続権争いなのだが、北条家の子であり、北条家の後ろ盾を得て有利だと目されていた上杉景虎に対し、謙信の姉の子供である上杉景勝が後ろ盾が欲しいと、武田勝頼に金子を贈ったという話なんかもある」
「御館の乱ですね」
私は歴女ならではの知識を披露する。
「ああ、早くから春日山城の本丸と金蔵を押さえていた景勝側は、東上野の割譲と黄金譲渡を条件に武田家と和睦し、武田家の後ろ盾を得て甲越同盟を結ぶ事に成功する。この時、勝頼には一万両、勝頼側近の長坂光堅と跡部勝資にそれぞれ二千両が送られたと云われているんだ」
「とすると黄金が価値あるものとして戦国期に流通していて、かなりの量が甲斐国内にあった事は確かなんですね、やはり埋蔵金は金に関する何かのように思えますね。しかし一体何処にあるのでしょうかね?」
私は眉根を寄せながら質問する。
「因みに、最近の武田家埋蔵金が発見されたという話だと一九七四年に、甲府に程近い葡萄で有名な勝沼で葡萄園内にごみを捨てる穴を掘っていた際に、蛭藻金二枚と甲州金十八個が発見されたらしい。それは武田家家臣勝沼氏の隠し財産だったという事だった……」
「蛭藻金二枚と甲州金十八個ですか…… 今回その位でも見付かると御の字ですけど」
「また発見された話ではないが、伝説的のものでは、諏訪湖にも湖底に大量の甲州金を沈めたという逸話などもある。しかしながら市の方で定期的な湖底清掃をしているらしい…… つまり湖底にあったらもう発見されている筈だと思われる」
「無さそうですね……」
「それ以外に北杜市では、軍を動かす為に整備した棒道という真っ直ぐな道に軍資金を埋めたという話が残っているが、以前に僕が見た限りではとても残っているようには見えなかった。それにあんな場所に埋めていたら間違いなくもう誰かに掘り起こされているだろう」
「ええ」
「僕も埋蔵金は黄金だと思う。しかし何処に隠したかが解らない……」
中岡編集は顎に手を添え考え込む。