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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
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事件解説  陸

「さて、では、僕も上へ上がってみたいと思います」


 中岡編集は、私の登り方を参考にしつつつ、同じ経路に手足を掛け、床柱を登り始めた。重そうな体の中岡編集ですら比較的スムーズに登っているような気がする。


 そして中岡編集は天井の隙間に身を押し上げ、完全に屋根裏へと入り込んだ。


「さあ、それでは石田警部も上がって来てみて下さい」


「えっ、私もか?」


 石田警部は驚き顔で自分を指差した。


「意外と簡単ですよ、体の重い僕でも登れたのですから問題ないでしょう。あっ、そうだ、ある程度上の方の足掛かりに足を掛けたら、樹洞に刺した樹の枝は抜き取って於いて下さい。降りる時に使いますからね……」


「そうは云うが、上手くいくかどうか……」


 石田警部は渋々といった表情で木の枝に足を掛けた。


 石田警部が登りきるのを待つ間、私は天井裏内の周囲を見回した、昼間ということもあり、壁の隙間から僅かに入り込む光で、暗いながらも目が慣れてくるとある程度周囲が把握出来てくる。そこは立派な日本家屋の屋根裏だけあって梁が多くしっかり作られていた。端の方は低いが、一番高い場所では天井まで二メートル程もある。


 しばらくすると石田警部が体を押し上げ屋根裏に上がってきた。


「こ、これは…… 随分広い空間じゃな…… 足元も随分しっかりして居る」


「そうですね、想像以上に広かったです」


 中岡編集も天井を見上げながら呟いた。


 感心げに頷きながら周囲を見回していた石田警部だが、次の瞬間、


「ひっ、ひいっ! 中岡さん、あそこに白骨が!」


 そう云いながら石田警部は仰け反った。先ほどからビクビクしている所をみると、どうやら暗いところが怖いらしい。歴女警部で気が強そうで偉そうな話し方をするが、女性らしい一面があるようだ。


「ふふふ、大丈夫ですよ、怖ければ僕の後ろに隠れているといい……」


 中岡編集が何だか嬉しそうに云った。


「こ、怖くなんか……」


 な、なんだ、この空気感は……。私という存在もあるのに二人の世界に入りつつあるぞ! 恋の始まりか?


 さておき、取り残された私は石田警部が言う方に視線を送ると、そこには三畳程の畳が並べられていて、その上に埃が被った古そうな白骨がこちらを見ていた。後ろ側には小さな神棚のような仏壇のような物がある。


 私は徐にそこに近づいてみた。


 よく見るとその白骨は丁寧に体の骨の上に頭蓋骨が乗せられていて、供養されたような形跡があった。


「この骨は、子供のようですね、そして相当古そうです。下手をすると百年近く前のものかもしれませんね……」


 そう云いながら私は一つのことに気が付いた。


「ああ、これがあかしゃぐま様なのですね、あかしゃぐま様がいなくなったのではなく、あかしゃぐま様を供養する道を閉ざした。若しくはあかしゃぐま様の存在を忘れてしまったという……」


「ん、どういう事だ?」


 中岡編集が訊いてきた。


「まあ、後で説明しますよ、あれは相当古いものですし、この遺骨は今回の事件には関係ないと思われます」


「そうか…… じゃあ石田警部も怖がっている事だし、今は事件の方に集中して正一郎の部屋の上側まで行ってみよう」


「私は怖がってなどおらぬ……」


「そうですが、それは失礼しました。でも此処は暗いから僕の後に付いて来て下さい」


 石田警部は小さく頷いた。


 そうして、中岡編集と石田警部は移動する。その少し後ろを私はおまけのように付いて行く。


 屋根裏の殆どの場所は埃が凄く、梁と梁の間には蜘蛛の巣があったりしたが、主人啓次郎の部屋の上から正一郎の部屋の上までの一直線は、埃などなく綺麗に掃除がなされていた。


「おっ、石田警部、これを見て下さい」


 先導する中岡編集は、革製の黒い小型の鞄を拾い上げた。そして中を確認する。


「ふふふ、ありましたよ、眼鏡と鬘のような物が入っていますね」


「おおっ、では、これが証拠の品となる訳ですな」


 中岡編集は微笑みながら頷いた。


 正一郎の部屋の上辺りに至ると格天井の裏側らしく升目状になっている。


「部屋の配置と床の間の位置からすると、この升が床柱の上にくると思われますね…… 開けてみましょう。じゃあ、坂本君、宜しく頼むよ」


「……はい、解りましたよ」


 何だか私の扱いが更に雑になったような気がする。


 私は先程と同じ要領で天板を僅かにずらし上側に持ち上げてみた。すると下には藤林家の人々、使用人、そして刑事達が待っているのが見えた。そして床柱に視線を送ると、上の方には良い具合に出節や樹洞があった。 


「じゃあ、坂本に先に降りてもらおうと思います。それじゃあ石田警部、先程の枝を坂本にお渡しいただけますか?」


「おお、これじゃな」


 石田警部は私に枝を差し出してくる。


「じゃあ、私から先に……」


 私はそれを受け取り、ゆっくり床柱を下りていく。途中、足場となる樹穴に枝を突き刺し、更にそれを足場にして降りていく。


 私が降りきると、今度は石田警部、そして中岡編集はその経路を伝って降りてきた。


「ふう、ただ今戻りました。それで、どうでしたか? 下で、どすどす我々が天井を移動する音などは聞こえましたでしょうか?」


 中岡編集の質問に皆は首を横に振る。


「い、いえ、ほとんど音は聞こえませんでした……」


 傍に居た脇坂刑事が改まって答えた。


「天井の天板はかなり丈夫に作られていました。そのお蔭で音がしなかったのでしょう」


 中岡編集は満足げな顔で呟いた。


「さて、天井裏でこんな物を発見しましたよ」


 中岡編集は、天井裏で見付けた革製の黒い小型の鞄を持ち上げた。


 正一郎は、俯いたままながら、苦々しい顔をしている。


「この中からはこのように、鬘と眼鏡が出てきました。家に戻った将太さんがどこかのタイミングで正一郎さんに渡し、正一郎さんが屋根裏に入り込んだ際に隠した物だと思われます。そして正一郎さんは天井裏を伝い、父慶次郎さんの部屋に下り、殺害。そして、天井裏を伝い再び部屋に戻ったのではないかと思います。この殺人方法は第一の事件の際にも使うことが出来ますが、第一の事件で使用してしまうと第二の事件の真相までがばれてしまう恐れもありますし、通常では不可能に近い密室なので、第一の殺人の際に使うと慶次郎さんや、家に留まっていた人間に罪を着せにくい状態になってしまいます。最終的には慶次郎さんに罪を着せ、慶次郎さんの自殺という結論に至ること想定していた犯人にとっては、第二の事件の密室こそが絶対侵入及び脱出不可能な密室である必要があったからに他ありません」


 良い感じに暗記している。話の持っていき方も中々上手い。


「な、なるほどです……」


 石田警部は真剣な眼差しで何度も何度も頷いた。


 今回の仮説は、変装用の鬘と眼鏡が見つかった時点で、最早、仮説ではなくなっている。正一郎からはもう云い抗う気配は感じられない。


「あ、あの、な、中岡さん、第一の事件の密室、そしてどうやって現場不在証明を作り上げたか、また第二の事件の密室、お蔭様で、大凡どんなことが行われていたかが解りました。ですが、どうしてこんな事件を起こさなければいけなかったというのが、よく解りませぬが?」


 石田警部が聞いてきた。


「それは、正一郎さんに聞いてみないと解らない事ですね」


 中岡編集は改まり正一郎を見た。


 正一郎は真っ赤に充血した目で中岡編集を睨み付けていた。口を開く様子は見受けられない。


 そんな正一郎を見ながら、中岡編集はそのまま、ゆっくりと言葉を続けた。


「……えーと、あくまでも僕の推測ですが、今回の事件の切っ掛けには、恐らく藤林家の後継という問題に端を発しているのではないかと思います。細かいことは、よく解りませんが、正一郎さんの縁談、その結果、正冶郎さん、百合子さんに財産を分与して家を出て行って貰うという部分にです。そこに絡まった色々な思惑が、この事件を引き起こしたのでしょう」


 中岡編集は大きく息を吐いた。


「しかしながら、僕は今回の事件を調べている間に、一つの大きな疑問に当たりました。正一郎さんの現場不在証明です。今回正一郎さん一人で行ったのであれば、現場不在証明はもっとあやふやなものになり、粗が見えやすかったのではないかと思います。ですがここに確固たる現場不在証明がありました。それは将太さんという協力者の存在があればこそ可能でした。ですが、将太さんはなぜ協力したのでしょうか? いくら家の主人の子供からとはいえ、家の主人を殺す計画に安々と加担するとは思えません。僕が将太さんの立場であれば断ると思います。それでも尚、将太さんが協力したということは、それなりの理由があったと推測されます」


「将太が正一郎に協力した理由ですか?」


 石田警部が聞く。


「ええ、どうして将太さんは正一郎さんに協力したのでしょうか? どうして、将太さんの協力を得てしてまで正治郎さんやご主人を殺害する必要があったのでしょうか?」


 中岡編集は改まって正一郎の顔を覗き見た。


「ねえ…… ちょっとお聞きしますが、あなたは本当に正一郎さんなのでしょうか?」


 瞬間、正一郎の表情が固まった。


 周囲に居た刑事、そして母親、百合子、富子、徳次郎が唖然とした顔で正一郎の顔を仰ぎ見た。


 正一郎は顔を伏せる。


「ねえ、あなたは本当は正冶郎さんなのではないですか?」


 正一郎の肩がわなわな震えだす。


「えっ、お、お前、本当は正治郎なのかい?」


 母、美津が震える声で問い正す。だが正一郎はがぶりを振って答えない。


「もし、あなたが正治郎さんだとすると全ての説明が上手くいきます。まず僕が思うに、将太さんの妹さんである真奈美さんと、正冶郎さんは以前からお付き合いをしていたのではないでしょうか? そんな状況に転機がやってきてしまった。ご主人の寿命に伴う相続の問題がです。ご主人は自分の体の事もあり、正一郎の縁談をすすめ藤林家を引き継がせようと考えた。当然の結果として、正治郎さんと百合子さんは家を出なければならなくなる。家を出ていきたくない正治郎さんは正一郎さん殺害を考えた。正一郎さんが死ねば自分が後継者になれるからです。しかし、単純にそれを行えば真っ先に自分が疑われる事になる。そう考えた正治郎さんは正一郎さんに摩り替わり、正治郎さん自身が殺された事にしたのではないかと思うのです……」


 正一郎は俯き目を剥いたまま動かない。


「もし将太さんが協力をすれば、正治郎さんは、正一郎さんとして、縁談の話を破断させ真奈美さんと結婚するという約束をしていたのではないかと推測したのです。無論、将太さんにも相応のお礼は別に用意されていたと思いますが……」


 真奈美は肩を震わせながらも黙って話を聞いている。


「真奈美さんにしてみれば藤林家の後継者である正一郎さんの妻になれるのであれば、藤林家の財産の半分を手にしたも同然です。しかし仮に正冶郎のまま一緒に家を出ていくことにでもなれば、真奈美さんにとっても得るものは少なくなり、正冶郎さんとの結婚も口約束程度だったとするならば、二人がいつ別れてもおかしくありません。将太さんは自分と自分の妹の為に正治郎さんに協力をすることを決めたのではないかと思います」


 将太は、項垂れたまま大きな動きは見せない。


「実は大村神社まで行って来た際、僕は少し気になっていた点を坂本の方に確認させました。それは真奈美さんが神社でした事と同様な事をさせる事でした。そこで真奈美さんがお札以外に結婚成就のお守りを買い、更に絵馬に結婚祈願を書いていた事を知り、僕の中のその考えが固まりました」


 一緒に大村神社まで行った脇坂刑事はあれれと云った顔をしていた。イケメンに出会える云々で散々攻め立てられていた裏で、本当にそんな深い考えがあったのであろうか? という不思議な感覚が脇坂刑事を襲っている事だろう。


「そのような色々な思惑が絡み合い、今回の事件は複雑で、難解な事件になっていったのだと僕は考えます……」

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