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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
157/539

事件解説  肆

 中岡編集は静かに家族達の方へ視線を向け、そしてゆっくり声を上げ始める。


「……さて、では続いて、皆さんの現場不在証明を検証していきたいと思います。十一時半頃犯行が可能か不可能かといった問題です。僕が聞き及んだ所に因りますと、まず、この家の御主人様である藤林慶次郎さんなのですが、正冶郎さんの又隣りの部屋というのもあり、寝ていて行動確認も明確にとれていないので、一応、犯行は可能であります。しかし、補助がないと歩けないなど体力的に問題があり、やはり犯行は難しいと思わざるを得ません……」


 百合子と母親は同意だと言わんばかりに頷いた。


「その他の方々では、奥様である美津さんは居間にいて神棚の掃除をしていた。百合子さんも同じく居間で神棚の掃除。富子さんは納戸、徳次郎さんも納戸に居たと聞き及んでおります。ここで注意が必要な事は納戸の位置です。納戸と居間、台所は距離的にごく近い場所にあります。奥様と百合子さんが共犯だった場合、若しくは富子さんと徳次郎さんが共犯だったとするならば、可能と言えば可能ですが、奥様達は徳次郎さん達に、逆に徳次郎さん達は奥様達に目撃される可能性が非常に高いともいえます」


 徳次郎や正一郎は先程の密室の説明をした後からは、質問はなくなり、中岡編集の質問にじっと耳を傾け始めている。まあ中々良い感じの説明具合だ。


「さて、続いて外出していた人達について説明をしていきたいと思うのですが、まず、正一郎さんは、朝、図書館に行かれ、十一時半頃は閲覧室で読書をされていたと聞いております。これは図書館司書や、いつも図書館に来ているという老人から確認が取れているようです」


 中岡編集が正一郎に視線を送ると、正一郎は微かに頷いた。


「それで続いて、将太さんなのですが、十一時半頃は八百屋から果実店に移動中だったとのことで、その中間地点である伊賀上野城のベンチで八百屋で買った商品とレシートの確認、及び小休憩をしていたとの事でした」


 将太は俯いたまま動きは見せない。


「そして真奈美さんなのですが、佐那具駅で、十一時二十分発の列車で伊賀上野方面に乗り込んだという目撃情報が入っていると聞き及んでいます。そして列車内でも目撃情報があります。となりますと十一時半の時点で、伊賀上野駅周辺に居たという事になります」


 真奈美は小さく頷いた。


「大凡どの方も、現場不在証明が成り立っているように見受けられます。ですが、僕はここで一つ面白い事実を見つけました」


 中岡編集はそう告げてから大きく息を吸った。


 その面白い事実というのは、一応、私が気が付いた事だが、さも自分が発見したかのように云うところは流石だ。しかしながら一緒に伊賀の町まで赴いた脇坂刑事に関しては、僅かながら違和感を覚えている事だろう……。


「それは、将太さんが休んでいた上野城のベンチがある場所と正一郎さんがいた図書館は距離にして五十メートル程しか離れていないという事実をです」


 正一郎と将太の肩が微かに上下した。


「僕はその事に気が付き、一つの仮説を考えました」


「か、仮説ですか?」


 百合子は声を震わせ聞いてきた。


「……それは、図書館にいた正一郎さんが、途中の間だけ、将太さんに入れ替わっていたのではないかというものです」


 その説明に、皆は驚いた顔で二人に視線を送った。


「さてさて、果たして双子でもないのに、そんなことが可能なのかという問題が生じてくると思いますので、まず正一郎さんと将太さんの容姿を良く見比べて頂きたいと思います……」


 皆は中岡編集の指摘に従い正一郎と将太に視線を向ける。


「将太さんは、使用人という立場もあり普段から頭を下げ腰を屈めている姿勢をとっています。その為、印象としては身長百六十五センチメートル程に見えます。一方正一郎さんは藤林家の人間ということもありいつも胸を張り、姿勢よく立たれています。そして正一郎さんの身長は大よそ百七十センチメートル程だと思われます。二人の身長差は五センチメートル程なのですが、将太さんが姿勢よく立たれれば百七十センチメートル程になり、左程変わらくなるのではないかと思います」


 将太と正一郎は顔を伏せたまま動かない。


「続いて髪型と顔に関して見ていきます。これはとても難しかったのですが、僕がこの髷を結った際に気が付く事が出来ました。聞いていますか石田警部、僕がこの髷を結った事によって、気が付いたのですよ!」


 中岡編集はしつこく石田警部にアピールする。石田警部は少しうんざりしたような顔で小さく頷いた。


「まず、将太さんは坊主頭で、正一郎さんは前髪が眉に掛るやや長めの髪型をしています。坊主頭の将太さんは鬘をつければ、簡単に同じ髪型にすることが可能なのではと思われます。また正一郎さんは丸眼鏡を掛けられ、云い難いのですが、少々受け口です。その受け口という特徴は実は誰でも簡単に再現する事が出来ます。受け口でない方でも顎を前に突き出せば良いからです。正一郎さんの補助用の眼鏡を借り、顎を突き出し、正一郎さんの服を着て、会話する事無く黙って本を読んでいれば、似たような姿になる事でしょう」


 そこで、百合子が思わず声をあげた。


「で、でも、顔が違うじゃありませんか、さすがに鬘を付け、眼鏡を掛け、顎を突き出しただけでは解ってしまうのではありませんか?」


 その質問に中岡編集は静かに答えた。


「将太さんは、薄い顔をされています。薄い眉毛、一重まぶた、細い鼻筋、厚みのない唇です。一方、正一郎さんは二重瞼、キリリとした眉、厚みのある唇です。幸い鼻筋は細い感じです。実の所薄い顔というのはちょっと工夫すれば簡単に濃い顔にすることが出来ます」


「あっ」


 百合子が小さく声を発した。


「そうです化粧です。化粧さえすればその問題はごく簡単に誤魔化すことが出来ます。さらに眼鏡を掛けられ、顎を突き出していれば唇の印象は消えてしまう事でしょう。喫茶店で店員に対してオーダーをしたりという事がなく、只俯いて本を読んでいるだけでしたら回りの人間はそれに気付かないのではないでしょうか?」


 百合子は口を押えたまま黙ってしまった。


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