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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
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事件解説  弐

 広間の中には、藤林家の人々及び、使用人達は疲れた顔をしながら座っているのが見えた。母親と百合子は項垂れて、疲れとショックで疲弊した顔をしている。


 正一郎は、一体いつまでこの状態が続くのか…… といった憤りも含め、少々怒り気味の顔だった。気の短そうな徳次郎も正一郎と同じような顔をして座っていた。また、富子と真奈美、将太は、正冶郎と主人の不幸に気を揉んでいるのか、青い顔をしていた。


 私と中岡編集、石田警部が連れ立って広間に入室すると、百合子はゆっくりと顔を上げた。


「あっ、中岡さん、そして坂本さん。まだ、いらしたんですか? 戻ってこないから、もう解放されて帰られたのかと思っていましたわ」


 そんな声に、中岡編集は百合子に対して頭を下げる。


「百合子さん、お気遣い頂きまして恐縮です。ちょっと呼ばれて赴いた所、思わぬ事になってしまって……」


「思わぬこと?」


首を傾げ百合子は聞き返してくる。


 中岡編集は頭を掻きながら申し訳なさそうに説明をした。


「ええ、何と申しますか…… 実は事件を解く協力をする事になってしまったんですよ……」


 真剣そうな顔ながら僅かに自慢めいた気配を滲ませながら中岡編集が答えた。


「そ、そうなのですか」


その説明を聞いた百合子は、何とも言えない複雑な表情をした。


「……それで、僕の方で今回の事件のあらましが、大よそ解ってきたので、それを説明しに戻って来た次第なのです」


 その中岡編集の言葉を聴いた徳次郎が批判気味に声を発した。


「ま、まさか、お前が説明するのか? さっきまで犯人かもしれねえって奴だったのに、今度は事件の真相を説明するだと、そんなもんが当てになる訳ないだろう!」


 そんな徳次郎の声に続けて、正一郎も声を上げる。


「確かに、そんな犯人かも解らない人間の説明ではなく、私は警察の信憑性のある説明が聞きたいですよ」


 正一郎は憮然としながら、私の斜め後ろにいた石田警部に厳しい視線を送った。


「まあ、まあ、皆さん、折角なのでお話を聞いてみては如何でしょうか? 自信があると仰られて居りますので……」


 頭を掻き、困った笑顔を向けながら、石田警部は皆を宥め説明する。


 中岡編集と私は昨日、石田警部が座っていた辺りに促されて腰を下ろした。机の対面に回り込んだ石田警部はまるで生徒のように腰を下ろす。


「では中岡さん。その自信があられるという今回の事件のあらましを、是非お聞かせ願えますでしょうか?」


 そんな石田警部は探るように訊いてくる。


「……そ、それでは失礼して、僕の気が付いた点の説明をさせて頂きたいと思います……」


 中岡編集は頭を少し下げ、僅かに緊張したような顔で言及する。


 石田警部が頷いた。


 源次郎や正一郎の批判的な視線を受けつつも、半ば強引ながら中岡編集は事件の話をし始めた。


「えーと、今回の事件を省みて見てみますと、本当に色々複雑な事件であったと思います。第一の事件は大よそ全ての人の現場不在証明が成り立っているなかで、密室となった部屋でご次男正冶郎さんが、布団の上から日本刀を突き立てられて殺害されていました。そして、第二の事件は警察が待機している中で、この家の御主人藤林慶次郎さんが、同じく密室となった部屋で、日本刀で腹部を刺され殺害されていました。今回の事件は双方とも密室、現場不在証明という壁があり、解決がとても困難な状態であります……」


 中々理路整然な説明だ。


 そんな中岡編集の説明に百合子と母親、富子が僅かに頷いた。徳次郎と正一郎は相変わらず憮然とした顔をしている。


「それで、第一の事件の説明なのですが、警察の鑑識隊の方々の話に拠ると、まず犯人は、一昨日の夜のうちに正冶郎さんの晩酌用の日本酒に睡眠薬を混入ていたようでした。正冶郎さんの枕元に置かれてあったコップから睡眠薬が検出されたそうです……」


 中岡編集が私に視線を向けてきたので、私は小さく頷く。そして私が鑑識隊の方へ視線を向けると、鑑識隊の方々が小さく頷いてくれた。何だか伝言ゲームみたいになっている。


「ただこれはこの家の人間及び使用人の方々であれば簡単にできる事なので誰が行なったのかは特定出来なかったという事でした。指紋を見る限りでは日本酒を冷蔵庫内からコップに移し変え、部屋に持ち帰ったのも正冶郎さんだったという話です」


 鑑識が一応再び頷く。


「いずれにしても昨日の午前十一時半頃、犯人は入口の襖戸を開けて中に入り込み、睡眠薬が効いていて深く眠りに陥っている正冶郎さんの背中から日本刀を突き立て殺害したと思われます……」


「おい、あんた、ち、ちょっと待ってくれ、部屋には鍵が掛かっていたじゃないか、その鍵を持っていた富子は俺と一緒に居たんだ。一体どうやって開け閉めしたと云うのだ?」


 徳次郎が厳しく問い正してくる。


「いや、正冶郎さんの部屋の鍵は、事件前は開いていたものだと僕は考えています。富子さんも普段、正冶郎さんが鍵を掛けるのは希だったと仰っていたので、恐らく閉めてはいなかったのでしょう……」


「じゃあ、なんで鍵が掛かっていたんだ?」


 徳次郎が再度聞いてきた。


「ふふふ、それは、犯行時に誰が犯行を行なったかを解らなくする為に、犯行後に外から侵入する事が出来ない密室を作り上げたからです」


 中岡編集は不敵に笑った。


「外から侵入する事が出来ない密室を作り上げただって! ど、どうやれはそんな真似が出来ると云うのだ?」


 徳次郎はよく解らないといった顔で声を上げる。


「……実はこういった事件の場合、密室の作り方には三つ程方法があります。本当は密室ではないのに心理的に密室に見せる方法や、扉など隙間を外から気付かれないように固めて密室にしてしまう方法、そして何らかの細工を使って鍵を閉める方法などです」


「ほ、ほう……」


 徳次郎が戸惑い気味に声を上げる。


「……そして僕が思うに、恐らく今回は三番目の、何らかの細工を使って鍵を閉めるやり方法が使われたのだと考えます」


「何らかの細工を使って鍵を閉める方法だって、それこそどうやるんだよ」


 徳次郎は理解が出来ないといった顔で聞いてきた。


「それでは、幸いこの部屋の襖戸にも鍵が付いています。折角なので実演して、僕がそれを再現してみましょう」


「な、何、再現するだと?」


「ええ、この部屋でね……」


 そうして中岡編集は刑事に合図をして、私が先程実演した際に使った、釣り糸と、鋏と花札をもってきてもらった。徳次郎は興味深げにそれを眺めている。


「えーと、順番に説明していきますと、まず、犯人は日本刀を持ち、正一郎さんの部屋に侵入しました。そして睡眠薬で深く寝ている正一郎さんの背に日本刀を突き立てます」


 中岡編集が突き刺す真似をすると、百合子と母親は口に手をあて強張った表情をした。


「そして持ち込んだ花札を襖戸脇にある机の上に乗せ、そのうちの数枚を乱雑に戸袋付近に撒いておきます。さて、ここからが重要なのですが、この一つの花札が重要な役割をしてくれるのです」


 中岡編集は例の花札を人差し指と親指で抓みながら皆に見せた。中々演技上手であると思える。


「この花札は一見、随分ボロボロですが、巧妙な仕掛けがされた花札なのです。特徴としては上下の部分は剥がれていませんが、真中辺りの側面が切り裂かれ隙間が設けられてているのです。そして、型崩れがしないように糊を染み込ませ固めてあるのです。一応撒いた花札の方も敢えて真中に同じように隙間を設けた物や、側面から剥がれかかった物なども用意してありますが、役割を果たせる花札はこれだけになります」


 中岡編集はそれに釣り糸を通し輪状に結んだ。


 そして、釣り糸を通した辺側を下にして、ボロボロの花札をサムターンの抓みに上に被せるように差し込んだ。


 な、中岡さん! それ違う! 上下逆。


「それで、この釣り糸を襖戸の隙間から廊下側へと出せば準備は完了です」


 中岡編集は釣り糸を隙間に差し込み、部屋の外側からそれを引いた。


「それでは、やってみますよ」


 中岡編集は襖戸を閉じ部屋の外へ出た。そして、釣り糸を引っ張っていく。しかし、向きが上下逆な為、鍵は閉まる方には動いておらず、引けどもガチャリと鍵は掛からない。


「あっ、あれ、おかしいぞ……」


 挙句の果てには、鍵は掛からないままに花札が引く力でスポッと抜け落ちてしまった。かなりグダグダ状態だ。


「おい…… 鍵は開いたままだぞ」


 徳次郎が非難の声を上げる。


 襖がすーっと開き、中岡編集が顔を赤くしつつ助けを求めるように私を見る。


「た、頼む……」


「あっ、ああ…… ここは私が解いた部分なので、私がフォローしますね……」


 私はそそくさと釣り糸を通した方を上にして花札を再度サムターンに突き刺した。


「ほら、もうOKですよ」


 小声で私は説明する。


「そうか…… よし」


 中岡編集は、再度襖戸の裏手に回り、釣り糸を引き始めた。


 縦になって挟まっていた花札が、上の辺に引っ掛かった釣り糸に引かれ横になる。ガチャと鍵の掛かる音が響いた。部屋の中では一応だが「おおっ」という声が沸き起こる。


 中岡編集は更にゆっくりと釣り糸を引いていく。横向きになった抓みに横向きになった花札が突き刺ささっている状態に至っている。


 そこで横に引っ張られる力が加わりスポッと花札は抜けた。その手応えを感じたのか中岡編集は更に釣り糸を引いていく。戸の隙間で花札が引っ掛かった所で、中岡編集は指示通りに釣り糸を切断して、糸の片側を持ち糸を巻き取っていく。みるみる糸が無くなっていった。


 完全に巻き取り終わったのか中岡編集が襖戸を叩いた。


「すいませんが、誰か鍵を開けてもらえますか?」


 傍にいた左近刑事が鍵を開ける。


 中岡編集は静々と襖戸を引き開けた。襖の戸袋付近に残っていた花札は戸に押され、僅かに戸袋側から部屋の内側の方へ移動する。花札の位置は適当に撒いた花札の傍にあった。


 ちょっと失敗はしたものの、部屋の中では藤林家の人々が驚いた顔で中岡編集を見ていた。本当にあれで大丈夫だったのだろうか?


「と、まあこんな感じに密室を作ったようです。この花札が第一の密室の証拠の品になります。いやいや、とてもよく偽装してあります。かなりよく観察しないと、この花札で鍵を掛けたことは解らないのではないかと思いますよ」


 中岡編集が少し頭を掻きながら声を上げた。


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