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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
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事件解説  壱

「すいません、お騒がせ致しまして……」


 私と中岡編集は改めて石田警部の元へと戻った。


「それで、その男の心は静まったのか?」


 石田警部は中岡編集を見てわざわざ蒸し返すような事を云う。


「…………」


 中岡編集は答えない。


「ふん、まあよい、それでは同志坂本さん。そろそろ調べてこられて事を元に、今回の事件がどのように行われたか、見解をお話願いたい」


 石田警部は私の方へ期待を込めた視線を向けつつ問い掛けてくる。


「そ、それでなのですが、情報収集は上手くいったのですが…… 肝心の事件のあらましに関しては、困った事に上手く見出す事が出来なかったのです。申し訳ございません……」


「な、なに? 解らなかったと申されるのか?」


 私の言葉に石田警部は驚きの表情を浮かべる。


「ええ…… 申し訳ございません……」


「二~三時間も伊賀の町を調べに行ったというのに何も収穫は無かったと……」


「いえ、収穫はありましたが、それを纏めて答えを見出すまでにはいかなかったと……」


 何か中岡編集と石田警部の板ばさみで心苦しさが半端ではない。


「随分、時間を取らせたと思うが……」


 石田警部は非難気味に呟く。


「あっ、いや、そ、それで、私の方は纏めた答えを見出す事が出来なかったのですが……」


 私は一瞬躊躇った後、言葉を付け加えた。


「……中岡の方には解ったと……」


 その一言に石田警部が目を引ん剥く。


「な、な、な、成り損ないの…… い、いや、髷を結っているその男の方が解ったと?」


 激しい動揺の為なのか石田警部の声がどもる。


「え、ええ……」


 私は申し訳なさそうに頷く。


「あ、改めて聞くが…… そ、その髷が結われている御仁が解ったと申されるのか?」


 次第に言使いが改まっていく。


「ええ、この中岡の方が……」


「…………」


 石田警部は苦虫を噛み潰したような表情をする。それに対し中岡編集は正にほくそ笑むという言葉がぴったり嵌るような表情で石田警部を見た。


「まさか…… な、中岡慎太郎の方が…… 解くとは……」

 

 石田警部は激しく頭を掻く。


「……と、兎に角、兎に角じゃ、もう時間も余り無い…… ならば、そ、そちらの担当編集の御仁に事件の説明をして頂きたく思うが……」


 云い辛そうに石田警部が中岡編集の顔を仰ぎ見た。


「ふふふ、構いませんよ、僕が今回のこの事件を解き明かして進ぜましょう……」


 中岡編集が嬉しそうに笑いながら頷く。


 何が進ぜましょうだ。嫌味な対応だ。


「おお、それは助かりますぞ……」


 石田警部は少し喜色を浮かべる。


「ただし! 今まで僕に対して吐いた暴言を謝罪してもらおう!」


 中岡編集が鋭い視線で云った。


「なっ、ぼ、暴言ですと!」


 石田警部は焦り気味の顔で問い返す。


「貴方は私に対して暴言を数々云いましたよね?」


「……す、少しは云ってしまっていたかもしれませぬが……」


 石田警部は顔を雲らせ頭を掻く。


「少しではありませんよね、蔑んだ視線を送りつつの数々の暴言でした……」


「…………」


「さて、何を云ったか思い出して、もう一度云ってみて下さい」


「なっ、も、もう一度か?」


「ええ、きちんとご自身が何と云ったか反芻していただいた上で、改めて謝罪して頂きたく存じます」


 これでもかと云わんばかりの要求だ。


 石田警部は困り顔で少し考える。


「そ、そういえば…… な、成り損ないなどと云ってしまった記憶が……」


「それから?」


「……髷などではなく、ただ髪を上げ黒い紐で結んでいるだけではないか…… とか……」


「ふう、随分、さっぱりした言い方ですな…… 実際は、貴様のような成り損ないなどには用は無い! とか、横の髪が河童のように開き、天辺に噴水みたいに毛が生えておる。とか、このうつけめ! とか、私の心など一切考えない冷たく酷い、嗚呼とても酷い言葉を浴びせかけっられましたぞ、杭を胸に打つかの如くだ。そしてその蔑んだ視線に、僕はとても傷付いた! 僕はとても傷付いた! 僕はとても傷付いたんだ!」


 また連呼する。


「…………」


 恨めしそうに石田警部が中岡編集を見た。


「また文章もろくに書けず、具体的で適切なアドバイスを出せる知識を持ち合わせてもおらん癖に、偉そうな事ばかりを云っている印象しかないとかも云われましたぞ」


 しつこいな…… 面倒な奴だ。


「…………」


 石田警部は困り果てた顔をしていた。


「その認識が誤っていたという事は解って頂けましたでしょうか? 私はうつけでも、成り損ないでもなく、知識をちゃんと持った上で偉そうな事を云っているという事が……」


 押し黙っていた石田警部が、緊張した顔で搾り出すように呟いた。


「……も、申し訳御座いませんでしたな…… な、成り損ないなどと云って申し訳御座いませんでした…… うつけと云って申し訳御座いませんでした…… 河童などでもなく、噴水のように毛が生えているといって申し訳御座いませんでした。今の髪形はとても美しい髷姿で御座います…… 中岡慎太郎によく似て居られる……」


 仕方がなしに謙って行われた石田警部の謝罪を、中岡編集は満足そうに頷く。


「ふう、まだ胸に僅かなしこりは残っているが、まあ少し気持ちが晴れました……」


 そんな嬉しそうな中岡編集を見つつ、続けて石田警部が躊躇いがちに促した。


「……そ、それでは誠に恐れ入りますが、時間も余り無い事ですし、事件のあらましをお教え願えますでしょうか?」


「ふふ、相解りました。それではご説明をさせて頂きましょう……」


 中岡編集は嬉しそうに応える。


「ただ、折角なので、広間で皆さんのいる前で説明させていただいでも良いでしょうか? 私の見出した答えを、警察の手柄などにされても嫌ですし、まだ、皆さんにもお伺いしたい事も色々ありますのでね……」


 更にハードルを上げるらしい。


「ち、因みに、自信はあるのですかな?」


 石田警部は探るように聞いてきた。


「まあ、相当な自信がね……」


 中岡編集は笑顔で応える。それ私の見解なのに……。


 それを聞いた石田警部は小さく頷く。


「相、解りました…… そ、それでは、広間の方でお話をお聞かせいただきましょう……」


「ええ、私の凄さをとくとお見せ致しましょう」


 そうして、私と中岡編集、そして石田警部は一緒に広間へと向かう事となった。本当に上手くいくと良いけど……。


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