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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第五章
153/539

再び伊賀の町へ  伍

 そうして私と中岡編集、そして脇坂刑事は、伊賀神戸駅から伊賀線に乗り、上野市駅方面へと戻って行った。


 上野市駅に到着した所で、私が再び列車から降りようとしていると脇坂刑事が慌てて声を掛けてきた。


「あ、あれ、坂本さん、列車を降りられるのですか?」


 佐那具に帰るなら乗り続けて伊賀上野駅まで行くべきだと云いたいのだろう。


「まだ、上野市駅周辺を調査する気ですか?」


「ええ、まだ、しなければいけない事が残っているので……」


 私はそう答え列車を降りた。脇坂刑事は意味が解らないといった顔で列車から降りて付いてくる。中岡編集も不思議そうな顔をしながら後を付いて来ていた。


 改札を出た所で、私は靴紐を結びなおし、更に城の南側に向かって歩き始める。


「おい、一体何をする気なんだ?」


 中岡編集が訊いてきた。


「私は、城の南側から、佐那具の藤林邸まで小走りでどの位掛かるか確認したいと思っているのです……」


「えっ、走るのか?」


 中岡編集が驚いた顔をする。


「ええ、中岡さんと脇坂刑事はどうされますか? 走るのであれば靴紐を結び直しておいた方がいいですよ」


「いや、あなただけ走らせて、刑事である私が走らない訳にはいきませんよ。走ります。疲れそうですが走りますよ」


 脇坂刑事は嫌そうながら仕方が無いといった感じで言及した。


「僕も走りたくはないけど、仕方がないから付き合うが……」


 中岡編集は少し嫌そうな顔をしながら言及した。


 そのまま私達は城の西側を通過して、城の南側にある国道25号線まで辿り着く。


 私は時計を見ながら云った。


「今、分針が二十三分を指していますから、二十五分になったら出発しましょう」


「僕はこんなマラソンみたいなのをするのは久しぶりだぞ」


 中岡編集は心配そうな顔で胸の辺りを摩った。


 頼むから心臓発作とかで倒れないでくれよ……。


「私は日頃運動をしていますから速いですよ」


 脇坂刑事は足首を回して関節を解しつつ自信ありげに云った。


「いえ、競争ではありませんので、ジョギングより少し速い位で抑えてください、余り呼吸を乱さない程度でお願いします」


「解りました」


 脇坂刑事はそれでも元気よく答え、中岡編集は自信なさげに頷く。


「さて、時間です。行きましょう」


 そうして、私達三人は走り出した。全力疾走とかではなく小走り程度で進んでいく。


 伊賀上野城の南側に位置する国道25号線を東に進んでいき、途中、中瀬という場所で左に曲がる。そこからは伊賀街道になるので只管街道沿いを東へと進んでいく。少し早歩きなどを交えながら小走りでどんどん向っていくと三十分程で、電柱に佐那具という文字が見えてきた。


 ふと、少し後ろの中岡編集に視線を送ってみると、いつもの如く油汗を流し、ぜい、はあ、云いながら必死に付いて来ていた。かなりやばい様相だ。


「お、おい、少しペースを落としてくれ~っ」


 中岡編集は乞い求めるように手を伸ばし叫んだ。


「中岡さん、無理しなくて良いですから歩いて付いて来て下さい」


 私は返す。


 私達は伊賀街道から駅に向う道に入り込み、柘植川を超え、さらに舗装された道から小山の裏側に位置する山道にまで入り込み、藤林家の裏側の勝手口へと到着したのは、出発してから大凡三十五分程だった。


「ふーっ、さすがに疲れましたね」


 私は脇坂刑事の顔を見ながら声を掛ける。


「いやいや、結構疲れましたよ……」


 脇坂刑事は汗をいつものハンカチで拭きながら答えた。


「……さ、三十五分ですか…… 大体予想通りの時間ですね……」


「ええ、警察の方でもその位は掛かると見ていましたが……」


 そんな会話をしていると少し遅れて中岡編集が這うように辿り着いた。


「さ、最後の坂は拷問だぞ、心臓破りの坂だ。死んでしまいそうなぐらい鼓動が激しいぞ……」


「だ、大丈夫ですか?」


 私は声を掛ける。


「あ、ああ、何とか大丈夫だ…… はあ、はあ、だが肩を貸してくれ……」


「なら、私がお貸ししますよ」


 まだ元気な脇坂刑事が中岡編集に肩を貸す。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」


 脇坂刑事の耳元で激しい息づかいが鳴り響く。


「なんか、熱い吐息と、体全体から発せられる蒸気が堪らないですね……」


 脇坂刑事が嫌そうに呟く。


「な、なに! ふ、不快だというのか、さっき、ぼ、僕は君の唾を顔面に吹きかけられてもっと不快な思いをしたのだぞ! 目まで痛くなって……」


「ああっ、そ、そうでしたね…… そ、その節は大変失礼致しました……」


 脇坂刑事は慌てて謝罪する。


「本当は不快なんかじゃありません。重いだけですよ……」


 脇坂刑事は無理やりな笑顔を作った。


「兎に角、所要時間は三十五分です。一応確認が出来ましたので、そろそろ警部の所へ戻りましょう」


「そ、そうですね」


 私達は壁沿いを辿り、屋敷の正面側に回りこみ、表門から呼吸を整えながら屋敷の敷地に入り込んだ。


 私の眼前には、黒々とした漆喰壁に塗り固められた、屋根の高い寺のような平屋建ての建物が佇んでいる。この屋敷の中で人が二人も殺されるという凄惨な事件が行なわれていたのだ。私は思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。


 しかし、ふと藤林家の異様な屋敷を見たとき、ある一つの考えが沸き上がってきた。


「あっ…… そうか な、なるほど…… そういう事だったのか…… 私は犯人の思惑にまんまと乗せられていたという訳だったのか…… なんと巧妙な……」


 私は小声を漏らした。


 時間は現在三時五分だった。石田警部の言っていた夕方までには時間はまだある。


 我々は玄関から屋敷内に上がり込んで石田警部を探した。石田警部は御主人慶次郎の部屋の戸の前で真剣な顔で何かを思案していた。まだ難航しているようだ。


「……警部、只今戻りました」


 脇坂刑事が声を掛ける。


 石田警部は疲れていそうな顔を持ち上げた。


「おお、坂本さん、戻ってきて頂けたのですね、それで首尾は如何であろうか?」


 石田警部は少し微笑みながら訊いてきた。


「そうですね、ある程度情報は収集出来たと思います……」


 私は少し自信を覗かせながら答える。


「それはそうと、そちらの成り損ない編集社男は連れて行った甲斐はありましたか?」


 ふと、目に付いたのか石田警部が中岡編集について言及する。


「えっ、まあ、結構、良い意見を出してくれました……」


 本当は良い意見などは無かったが、連れて行った手前そう説明する。


「ん? おや、その出版社の男は先程と髪型が違うような気がするが……」


 頭に気が付きやがったぞ。


「ふふふ、気が付きましたか、僕はもう成り損ないなどではないのです。いや、今や、坂本や、貴方の上を行く状態に至っているのです。上位互換です。そうです。私は今、髷を結っているのだ。貴方や坂本の上をいくコスプレをしている。僕こそ一番中岡慎太郎たらしめているのです!」


 中岡編集は自信満々に髷を見せびらかしつつ叫んだ。


「こ、これは凄い…… 髷とは…… これは、し、してやられたぞ…… もう、な、成り損ないとなどはとても云えない……」

 

 石田警部の反応に中岡編集がニヤリと笑った。


「……と、とでも云うと思うたか! このうつけめ!」


 石田警部の一言に、自信ありげな中岡編集の顔がぶん殴られたかのようにぐにゃりと歪んだ。


「な、な、な、なんだと……!」


「なんだその頭は? ただ髪を上げ黒い紐で結んでいるだけではないか! 外国人が髪を持ち上げ結びサムライヘアだとか云っているのと差して変わらんぞ! 女の私が月代を剃る訳にもいかんので、片わなや冠下髻風の髪型にしているが、お前のは横の髪が河童のように開き、天辺に噴水みたいに毛が生えておるだけではないか!」


「あっ…… うっ……」


「貴様はやはり成り損ないじゃ、それも下手な誤魔化しを付け加えた中途半端な成り損ないの俗物じゃ!」


「うっ、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 突然、中岡編集が叫びだしたかと思ったら、私の手を掴みぐいと引きながら、元来た方へ戻って行こうとする。


「ちょ、ちょっと、中岡さん、何ですか」


「いいから来い! いいから来てくれ!」


 半べそを掻きながら、中岡編集は激しく私の手を引いてくる。


「ち、ちょっと失礼しますね」


 私は石田警部に軽く頭を下げてから、中岡編集に引かれ玄関の方へと誘われていく。石田警部は何事かといった顔で私達を見ていた。


 そのまま中岡編集は、どんどん私の手を引き、門と母屋の間にある中庭まで連れて行った。


「何なんですか中岡さん!」


 私は苦言を呈する。


「……く、悔しい! 僕はとても悔しい!」


 まあ、あれだけ馬鹿にされたら、さぞ悔しかろう。


「僕は、あの女に勝ちたい。何とかしてあの女をぎゃふんと云わせたい!」


 中岡編集は血が出んばかりに拳を握り締める。


「も、もう止めましょうよ、足掻いても、あの人には勝てませんよ、下手な事をしてもまた痛い目にあわされるだけですって……」


 私は頬を掻く。


「いや、そんな事はない。方法はある。最後の方法だ……」


「最後の方法?」


 私は一応訊いてみる。


「……因みに君は今回の事件の解決の目処は立ったのだろうか?」


「えっ、ええ、まあ何とかいけそうになってきましたけど……」


 私は少し考えてから答える。


「そうか……」


 中岡編集はふうと息を吐く。


「そうしたらその手柄を僕にくれい!」


 中岡編集が頭を下げ手を差し出してきた。


「えええええええええっ、解決の手柄をですか…… それって、中岡さんが事件解決の説明をするという事ですか?」


「ああ、僕が説明をするという事だ」


 中岡編集は頷く。


「で、でも、ちょっと拙くないですか?」


「何が拙いんだ?」


「ほら、私は警察に現場を見せてもらったり、現場不在証明等の話を伺っていますけど、中岡さんは廊下に居て、話を聞いていないじゃないですか?」


「君から聞いた事にする。そして安楽椅子探偵さながら目を瞑って事件を解き明かすのだ」


 安楽椅子探偵って柄じゃないような気がするが……。


「……すごく難しいですよ、出来ますか?」


「出来ますか? じゃなくて、やるんだ! やるんだよ!」


 目が血走ってやがる。


「お、お願いだよ! 僕にやらせてくれ! 僕にやらせてくれ! お願いだから、僕にやらせてくれよ!」


 いきなり中岡編集はペタリと土下座をして土に額を擦り付け始める。擦り付けた額が土で黒く汚れていく。


 そこまでするとは……。


「わ、解りましたよ…… そこまで云うなら手柄を譲りますよ…… でも本当に大丈夫ですかねえ……」


「大丈夫だ。ちゃんとやる。それに僕は君の編集担当だ。上手くやれるとも……」


 喜色を浮かべた中岡編集は何度も頷く。


「そうしたら、今回の事件のあらましを教えてくれ!」


「解りました。ですが凄く複雑な事件なので、細かいところもきちんと記憶して下さいね」


「ああ」


 そうして、私は事件のあらましを事細かく中岡編集に説明していった。


「ほう、なるほど…… おお、そんな事が…… えっ、本当か? それは凄いな……」


 中岡編集は真面目な顔で私の説明を吸収していく。


 そうして事件の全容を語りつくし、事細かな注意点を叩き込んだ所で、再び石田警部の元へと向かう事になった。しかしながら本当に大丈夫なのだろうか……。



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