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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第五章
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再び伊賀の町へ  参

 舗装されている道を進み、到着した佐那具駅は、普通の一軒家のような外観の駅だった。


 まるで玄関のような改札通路を抜けると、奥に長さ百五十メートル程のホームが見えてくる。ホームには人は少ない。これなら仮に列車を使ったとしたらすぐ判ってしまう事だろう。


「これだと、列車に乗ったり、ホームで待っていたりしたら一目瞭然ですね……」


「ええ」


 三人でしばらく待っているとホームに列車が入って来た。二両編成の列車だった。中に入り込むと、これまた数名しか人が乗っておらず、簡単に目撃されてしまう可能性があった。


 すぐに列車は走り出す。車窓からの景色には穏やかな田園風景が広がり、その奥には深緑に染まった布引山地の穏やかな稜線が見えた。のんびりとした、とても良い景色だった


 列車はおおよそ十分で伊賀上野駅に到着した。しかし、ここは目的地ではない。ここから更に伊賀線に乗り換えニキロ程南下して上野市駅に向かわなければならない。一昨日にも来たが、その辺りが伊賀の繁華街であり、伊賀上野城の城下町となるのである。


 私と中岡編集、脇坂刑事は伊賀線のホームへと移動して、今度は伊賀線の到着を待った。ホームには私達以外には、お婆さんが一人いるだけだった。中岡編集の妙な髪形に気が付いてはいなさそうである。


 しばらく待っていると三両編成の濃緑色の列車がホームに入ってきた。伊賀線の方は一応電化はされている。車内に入ると、私達以外に七人ぐらいの乗客がいた。この伊賀線もはやり三両編成であることと、乗客の数が少ない事もあり、乗った事が簡単に知れてしまうように思われた。


 殆どホームしかないといった様相の新居駅を経て、服部半蔵に因んで名付けられたのか木津川の支流の一つである服部川を越えて、西大手駅、そして上野市駅へと到着した。 


「ふう、一昨日ぶりの上野市駅だが、やっぱり外は気持ちが良いな」


 改札を出た所で中岡編集は大きな伸びをする。


「さて、坂本さんどこを見られますか?」


 脇坂刑事が訊いてきた。


「……そうですね、それぞれの方の足跡を追ってみましょう。何かが分かるかもしれません。まず最初は将太さんの跡から辿ってみようと思います……」


「野口将太の足取りになりますと、最初に八百屋に行っています。この八百屋は伊賀の中では一番大きな商店です」


 脇坂刑事が手帳を広げつつ説明してくれる。


「では、そこへ行ってみましょう」


 そうして私達三人は、伊賀上野城の西側にある八百屋へと赴いた。


そこは、軒先で野菜を売っているような八百屋ではなく、結構広い屋内型店舗で、相当な種類の野菜が売られていた。そのせいか店内は人が多くごった返していた。


「かなりお客がいますね」


私は周囲を見回しながら呟く。


「この伊賀の町では一番大きな八百屋ですからね」


 脇坂刑事はそばにあった大根を手に取りながら答えた。


 私は将太が二十種類の野菜を買っていたと聞いていたので、一応隈なく全体を歩き回ってみる。脇坂刑事と中岡編集は、そんな私の後を付いて来ていた。八百屋だけあって親子連れなども多く、中岡編集の髪型を不思議そうに眺めている子供もいる。


 私は店内や周囲の様子を記憶に留め終えると、脇坂刑事に声を掛けた。


「……まあ印象は大体解りました。では次に買い物をしたという果実店に向かいましょう」


私達三人は店を出て、東に向かって歩き始めた。


 進行方向正面には伊賀上野城が聳え立っている。まっすぐ進んで行くと、道はそのまま堀に突き当たった。そこで我々は右手に折れ曲がり堀沿いの道を南に進んでいく。の辺りは遊歩道になっていて、堀に沿ってベンチなども置かれていた。


脇坂刑事がその辺りで足を止めた。


「野口将太は、この辺りのベンチに座り、品物とレシートを確認したと云って居りましたが……」


「ならば私達もそうしてみましょう」


 私は、同じようにベンチに腰を下してみた。


 脇坂刑事と中岡編集もその横に座る。


 ベンチは城側を向いていて、堀の向こうに天守閣が見えた。堀の水面には鴨のような水鳥が浮かんでいる。


「……いい景色だな」


 中岡編集は感慨深げに呟いた。


「確かに休憩したくなる気持ちもわかりますね」


 脇坂刑事も同意らしく頷く。


「さて、時間も余り無いので、次に行きましょうか?」


 私は促す。


 そして、二、三分程休んでから、私達三人は再び歩き始めた。


 堀沿いの道が終わり、そこから南に少し進むと、伊賀上野城と城下町の境に位置している国道25号線に出た。その道は伊賀を東西に走っており、道沿いには商店がチラホラ見え始めてくる。


「あっ、あそこが二店目の果実店ですよ」


 私達三人は八百屋を出てから大凡二十分で城の東南に位置する果実店へ到着した。その果実店は、店舗自体は小さいながら、ガラス張りのお洒落な店舗で、普通の果実店とは印象が異なり、高級そうなメロンや贈答品などが置かれていた。お金を持っていそうな藤林家であればこそ、こういうお店で果物を買うのだろうと感じずにはいられない。


「しかしながら、矢張りここまでの間で一時間掛ったのはちょっと長いですよね?」


 私は後ろを振り返り、もと来た道を見ながら脇坂刑事に聞いた。


「そうですね、城の前でかなりのんびり過ごしたのでしょう」


 脇坂刑事は特別気になっていない様子で答えた。


「脇坂刑事、ここの次はどこで買い物でしたっけ?」


 私は手を顎に添えながら質問する。


「次は惣菜屋です」


「総菜屋さんですか…… では、そこに行ってみましょう」


 私達三人はその果実店の中へは入らず、城の東側にある惣菜屋を目指した。惣菜屋はお城の東側すぐ近くにあり、大凡十分で到着した。


「ふう、結構、ほうぼうを色々歩くんだな、先程の八百屋の近くにも沢山惣菜屋さんがありそうなものだが……」


 中岡編集は多少歩き疲れたのか息を乱しながら脇坂刑事に声を掛ける。


「まあ、ここの惣菜屋さんが美味しいので、指定されたのではないかと思います。和え物なんかはここのが伊賀で一番だと私も思っていますから」


伊賀署勤務の脇坂刑事は、軽く笑いながら地元知識を教えてくれた。


伊賀屋という惣菜屋の店内は結構混んでいたので、私達三人はこのお店にも入らず次に場所に移動することにした。


「この後は、定食屋で食事と、肉屋、魚屋です……」


「分かりました……」


 脇坂刑事の情報に私は頷いた。


 その後、城の北東に位置する定食屋に至るも、そこには入らずに店の店前を通過して城の北に位置する肉専門店に赴き、続いて城の北西に移動して、伊賀で一番大きいという魚屋へと向かった。そこは町の魚屋さんというよりはむしろ魚市場といった印象で、中央に大きな生簀があり、鯵や鯛、鰤などが泳いでいるのが見える。


興味深く生簀を眺め、並んでいるお刺身などを買い手目線で吟味した後に、私達三人は魚屋を出た。


 しかし、出た場所で周囲を見回した私は、城の形からその魚屋が最初に寄った八百屋の場所の近くにある事に気が付いた。


「あれ、脇坂刑事、この魚屋は、最初に買い物をした八百屋の近くのように見えますが……」


「ああ、そうですね、最初の八百屋は城の西側で、この肉屋は城の北西に位置していますから確かにそう遠くない位置ですよ」


脇坂刑事は笑って答えた。


「……どうして八百屋の前か次に寄らなかったんですかねえ?」


 私は不思議に思い質問してみる。


「魚なので、悪くなるといけないので最後にしたのではないでしょうか? 刺身なども結構買っていましたし……」


「なるほど……」


 少々引っ掛かるが間違っていない見解とも云えた。


「この魚屋の後、列車で佐那具駅まで帰ったようです」


「なるほどです」


 私は頷いて、少し考える。


「……そ、それでは、今度は正一郎の足跡を追ってみましょう」


「了解しました」


 脇坂刑事は、まだまだ元気のある声で返事をした。全く疲れていなさそうである。


 続いて私達三人は、今度は正一郎の足跡を追い、正一郎が朝食をとったという喫茶店に向かった。その喫茶店は、上野市駅の南側、上野魚町にある、渋みのある落ち着いた喫茶店だった。


「ここがそうです。正一郎は朝八時四十分頃から、九時半頃までいたようです」


「僕はちょっと疲れたぞ。ここで休憩をしよう。珈琲が飲みたい」


 喫茶店の外で中岡編集が指を差しながら云った。


「ええ、解りました。私達も入って珈琲を飲んでみましょう」


 私も多少疲れているのもあり同意する。


 店内に入ると、珈琲のいい香りが漂ってきた。私達は端の方にある赤い生地が張ってある向かい合わせのソファー席に腰を降ろした。壁に貼ってあるメニューにはモーニングサービス、珈琲、トースト、卵付きと書いてある。私達は普通に珈琲を頼んでみた。


「正一郎はここでトーストとゆで卵付きのモーニングサービスを頼んだようです」


 脇坂刑事が小声で教えてくれた。そして徐に立ち上がると、備え付けの新聞を取り戻って来た。


「そして、このような感じで、新聞を読んでいたと……」


 脇坂刑事はわざと新聞を大きく広げて読むふりをした。


 私は頷いた。


 店内には席は二十席程、店員は誰が来ていたかを簡単に把握出来そうである。


「正一郎はこの店の定連のようで、ほぼ毎日ここへは来ているようです。昨日も間違いなく来ていたという事でした」


 そこへ店員が珈琲を運んできた。鼻をつく香ばしい匂いだ。


「うーん美味い」


 早速、中岡編集が口を付けた。


「正一郎さんのここでの様子はどうだったんですかね?」


 私も珈琲に口を付ける。


「特に変わった様子もみられなかったと、昨日の聞き込みの際にあの店員さんから聞いています」


 脇坂刑事は先程コーヒーを運んできた店員とは別の店員に視線を送りながら答えた。そして珈琲を口にした。


 珈琲を飲み終え店を後にすると、今度は図書館へと向った。図書館は、上野市駅の隣駅である広小路駅近くにあると聞き、三人連なり歩いて行く、途中上野天神宮という歴史がありそうな建造物があった。


「その伊賀上野図書館はどこにあるのですか?」


 それらしき建物が見当たらないので、周囲を見回しながら私は聞いた。


「もう少しですよ」


 脇坂刑事にそう説明され進んで行くと、大きな建物が姿を現した。


「到着しました。ここです」


 脇坂刑事が図書館に向かって手を差し示す。


「なるほど、ここですか、では早速入ってみましょう」


 伊賀上野図書館はよくある図書館と同じような構造になっており、一階に児童書及び受け付け、二階に一般向け書籍、三階には専門書コーナーと閲覧室があった。各階は階段で上下するようになっていて、階段脇にはトイレが設けられている。


 私達は、正一郎がいたと云われている三階へと階段を上がってみる。


 三階の専門書コーナーを抜けると、ガラスで仕切られた閲覧室が見えてきた。席の構造は向かい合わせに座る席ながら、丁度真中に木で出来た仕切りがあるので、前の人の動きが気にならないようになっていた。


 そして人気があるのか、席の大半に人が座っていた。人がいない席も本が積み重ねられ、一時的に離れているだけというのが窺い知れる。私達が到着した時は偶然図書館司書が、席の場所取りのチェックをしていた。


 確か説明では、正一郎が席を離れていた時間は二十分位だったと云っていた。それも十一時半付近ではなく、十一時前と十二時過ぎだったらしい。


「私ちょっとトイレに行ってきます」


 私はどの位の時間を要するのかを計るためトイレに行ってみようと考えた。


「どうした? 大きいほうか?」


 デリカシーなく中岡編集が余計な質問をかましてくる。


「ち、違いますよ! 所要時間を計るんですよ! 何もせんわ!」


 私は小声で苦言を呈する。


「わかりました、私達はここで待っています」


 脇坂刑事が頭を掻きながら頷いた。


 私は時計を見ながらトイレに向った。トイレ内には大用の個室が四つあった。私は個室に入り込み腰を降ろす。何だかしゃくにさわるが、座って実際した時と同じような状態にしてみる。二十分程離れていたのならトイレに行ったとも考えられるからだ。


 私は一分ほどトイレで過ごしてから個室を出た。そして手を洗って、二人の所へと戻った。時計を見ると四分程が経っていた。二十分離れていたとなると、トイレの帰りに本を探しに行ったのかもしれない。


「どうします、司書の方にもう一度話を聞きますか?」


 脇坂刑事が聞いてきた。


 私は考え込む。だが聞いても同じ事しか返ってこない気もする。


「いえ、いいです。それよりも、この図書館内に食堂はありますか?」


「いや、ありません。なので図書館利用者は近隣へ食事を摂りに行くようです」


「正一郎さんも行ったのでしょうか?」


「いや、行っていないんじゃないですか、二十分じゃ食べて帰ってこれないですよ」


「でも昼食は?」


「その為に朝、喫茶店で多めに食べたのではないでしょうか? 昔の日本は二食だったようですし、今でもそんな食生活の方もいるらしいですから」


「そんなものですか……」


 私はとりあえず納得する。


「それでは、ここはもういいです。もう出ましょう」


 私は脇坂刑事に促がした。


図書館から出て僅かに北へ歩くと、何か見覚えのある道路に出た。少し広めの幹線道路で、道路標識には国道25線という文字が刻まれている。


「あれ、ここは?」


「ああ、さっき通った国道25号線ですよ。さっきはもう少し向こう側で北側に曲がってしまいましたけどね」


 脇坂刑事は何気なく言っているが、これは重要な事だった。容疑のある二人の男が、この近くに居たのである。


「ちょっとついて来て下さい」


 私は小走りで25号線を西に進み、先程行った果実店に向かった。脇坂刑事と中岡編集は慌て気味に追ってくる。


 店まではものの数分で到着した。


「ちょっと、お店の中に入ってみようと思います」


脇坂刑事にそう伝えて、私はガラスの戸を引き開けた。


「いらっしゃいませ」


女性店員の綺麗な声が鳴り響く。


「あら、そちらの方、昨日いらした刑事さんじゃありませんか?」


女性店員が気付いて声を掛けてきた。


「えっ、ええ、昨日はご協力有難うございました」


脇坂刑事は頭を少し掻きながらお辞儀をする。


「まだ何か?」


 女性店員は訝しげに聞いてくる。


 そこで私は一歩前に出てその女性店員に質問してみた。


「あっ、あのー、恐れ入りますが、もう一度、昨日ここへ来た藤林家の男性の話を聞かせて頂きたいのですが……」


 私の質問にその女性は少し憮然とした。


「昨日話した通りですよ、十二時頃いらして、メロンと枇杷を買っていかれたんです」


 私は警戒心を抱かせないように笑顔を向ける。


「いや、その時の様子がどうだったか聞きたいのです。例えばいつもは領収書なのにレシートで良いと云われたとか、ちょっと赤ら顔だったとか……」


 その例えを聞いた店員は驚いた表情をする。


「えっ、どうして知っているんですか?」


「ということは、そうだったのですか?」


 私は確かめるように質問する。


「え、ええ、いつものように領収証を書こうとしたら、時間がないのでレシートでいいと言われました。それと日焼けされたのか分かりませんが、いつもよりお顔が少々赤かった気もします」


「なるほど、わかりました。お伺いすることは以上で結構です。お邪魔して申し訳ありませんでした」


 私は深々と頭を下げると、すぐ店を後にした。


「……解かってきましたよ脇坂刑事」


 私は思わず笑顔がこぼれる。その説明を聞いた脇坂刑事がキョトンとして聞き返してくる。


「えっ、解ってきたというのは、何が解ってきたんですか?」


「いえ、まだ解らない事は沢山なんですが、なんとなく解ってきたのです。まだ勘ともつかない段階なので証拠はないのですが……」


私はそう云いながら頬を掻く。


脇坂刑事はよく解らないといった表情をしている。


「それで正一郎のその後の足取りですが、一応、図書館を二時半頃出て、上野市駅から列車に乗り帰宅したそうです。そんな感じですが、次は真奈美の跡を追いますか?」


「そうですね、一応ですが確認したい事があります。私達も上野市駅から伊賀線で青山町へ行ってみましょう」

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