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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
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事件発生  参

 そうして私達は、松子に引き連れられ、階段を下りていった。


 一階まで降りてくると、先程までいた刑事や警官はいなくなっており、雑然とした空気は消え、ひっそりと静まり返っていた。


 そのまま階段下から廊下を回り込み奥座敷へ向かっていくと、襖戸はすでに開け放たれており、そこには、ここへ来た時と同様、家族、親族が向かい合って座っていた。前回ここへ来た時と違う所は、家族達の表情が緊張気味で強張っている事と、高砂に殿様のように座っていた穴山老人の姿がない事だった。


 見ると、向かい合いになっている家族、親族席から、大分手前側に座布団が二枚置かれてあった。前回は丁度真ん中だったが、今回は随分下座といった位置だった。


 私達がそこまで歩み進むと、松子がその座布団に腰を下ろすように促してくる。そして先導しいた松子は、すっと進み家族席の一番端に腰を下ろした。


 私達と松子が座り終わると、背後で清子がすっと襖を閉じていく。こんな状況だからもしれないが何か随分と圧迫感が感じられる。


「こ、この度は、とんだご不幸で……ご愁傷様でございます」


 中岡編集は葬儀の時のように慇懃に頭を下げた。私も横で同様に頭を下げる。穴山老人の妻、静子が私達の方へ顔を向ける。


「本当にとんでもない問題が起こってしまって、さぞ驚かれた事でしょう」


「え、ええ、まあ……」


 中岡編集は恐縮しながら答えた。


「このような事態になり、私ども家族、親族共々、どのようにすれば良いのかと、大変混乱をしております」


「確かに、さ、さすがに、この状況では……」


 中岡編集は頬を掻きながら小さく頷いた。


 静子は大きく息を吐いてから改めて私達を見た。


「しかしながら、お二方には、期日まで約束通り埋蔵金の探索を継続をしていただければと思いましてね……」


「えっ、この状況で、埋蔵金探しを続けても良いのですか?」


 中岡編集は驚き顔で聞き返した。


「と云いますのも、主人が亡くなった事に伴い、遺産相続という問題が生じてきます。当然あの武功録に関しても相続対象となってくるでしょう。今は分ける事が出来ない無価値に近い状態ですが、埋蔵金を発見できれば、それも分ける事が出来るかもしれません。死亡解剖までの期日、当初設けられた三日間という期日までにはまだ余裕があります。折角なので最後まで埋蔵金探しを続けて頂こうかと……」


 恐らく当初の予定では、私達の残された期日は明日の夕方頃までだろう。遺体が戻ってくるのは明後日だと思われる。確かに私としてはここまで調べたのもあり、一応期日まで調査したい気持ちもある。


 中岡編集の顔を見ると、中岡編集も私の方に視線を向けてくる。そして小さく顎を下げた。私と同意のようで中断はしたくないらしい。


「わ、解りました。そちら様が宜しいのであれば、期日まで当初の約束通り調査を進めさせて頂きます」


 中岡編集は畏まって返事をした。


「是非とも頑張ってみてください」


 静子は薄く笑った。そして、その後、静子は思い出したかのように質問を続ける。


「あっ、ところで、中岡様は本の編集者、坂本様は小説家さんだったとお伺いしていましたが、相続関係の知識というのはお持ちで?」


「えっ、まあ、一応基本的な知識だけは持っていますが……」


 中岡編集は戸惑いながら頷く。


「改めてその段になったら税理士さん等にお伺いすることになるでしょうが、今、少々参考にお伺いしても?」


「ええ、僕の知っている事ならお答えしますが」


 中岡編集は頬を掻きながら答えた。


 静子は僅かに躊躇った様子を見せた後、話し始めた。


「……実は私は後妻でありまして、内縁の妻になります。そういった場合は相続権というのはどうなるのでしょうか?」


「えっ、お、奥様は後妻で内縁の妻でらっしゃったのですか?」


 中岡編集は驚いて問い返す。


「ええ、実は……」


 静子は答えた。


「えーと、確か僕の記憶では内縁の妻には相続権はほとんど無かったと思います。残念ですが、相続人が一人もいない場合、条件付きで得られる可能性が出てくる位で……」


 中岡編集は申し訳なさそうな表情で答えた。


「なるほど……」


 静子は感情を出さずに頷く。


「……それでは、養子は相続の場合どうなるのでしょうか?」


「えっ、養子ですか? というかこの中に養子の方がいらっしゃるのですか?」


 中岡編集は家族、親族席を見回しながら聞いた。私も驚き、失礼ながら左右にきょろきょろ視線を送ってしまった。


「ええ、実は、主人の子である三人の娘はすべて養子でありまして」


「えっ、お子さんは全て養子なんですか? それと一体、どの方と、どの方が?」


 すべて養子と説明されて動揺したのか中岡編集は家族の顔を探るように見る。


「そういえば、まだ、ご紹介していませんでしたわね、折角なので簡単に紹介していきましょう……」


 静子が家族席の方へ視線を送る。


「まず、私の正面右に座っているのが長女、桐子さん。そして、その横が夫である義景さん、その後ろに座っているのが二人のお子さん真理子さんと、智子さんです」


 桐子という女性は年の頃は四十五才程で、まあ美人と言える顔立ちだった。そして、その桐子の夫というのが、穴山老人の遺体を発見した時、静子と話をしていた五十歳程の眼鏡を掛けた男性だった。


 桐子の娘だと紹介された真理子、智子は双子なのか、そっくりな顔をして母と父の後ろに座っている。


 静子は続いて自分の横に目を送りながら説明をする。


「それで、こちら側の私の隣に居りますのが、次女桜子さんです。そして、その横にいるのが、夫である良知さん、そして二人の後ろにいるのが、二人の子供である。義之さんと舞子さんです」


 紹介を受けた次女家族が軽く頭を下げた。


 養子だという桜子は年の頃は三十五才程の印象で、そのふっくらした顔付きは長女桐子とは違うタイプ美人であった。


「そして最後になりますが、桐子さんの横にいるのが、もう紹介の意味もなさそうですが、三女の松子さんです。実は、その三人の娘は全て養子なのでございます」


 松子は前回聞いた所によると二十五歳だと云っていた。長女桐子とは親子ほど年齢が離れているように見える。そして桐子、桜子、松子の顔は余り似ていない。


「……あ、あの、では、もしかして兄弟間の血の繋がりも……」


 気になった私は小さく手を挙げ躊躇いがちに質問してみた。


「ええ、その通りでございます。三人の子供には兄弟間の血縁はございません……」


 改めて答えを聞いたが驚ざるを得ない。とすると桐子や桜子とその子等の血縁関係はあるが、穴山老人との血縁関係は全然無いことになる。中岡編集も困惑した様子で口を開いた。


「……えーっとですね、養子に関しては、一応実子と同じとみなされますから相続権はあります。つまり三人のお子さんが穴山様の財産を三等分することになります。桐子さん、桜子さん、それぞれに引き継がれてた分に関しては、配偶者が半分、残りを子等で等分に分ける事になります」


「なるほど、矢張り、そうなるのですね……」


 静子が答えた。


 他の家族も頷いて応える。中岡編集の説明に特に感情を表す事はなかった。


「……中岡様、参考になるお話を有難うございました。それでは埋蔵金探しの続きの方を宜しくお願いしたいと思います」


 静子がそう云い終ると同時に、私達の後ろ側にあった襖戸がすっと開いた。


「では清子さん。お二方をお部屋の方へご案内して下さい」


「はい、奥様、畏まりました」


 半ば強引ながら私達は清子に誘われ部屋を後にする。


 時間は現場検証などもあり、午後二時半頃になっていた。継続して調査をする事になったが、半日が潰れたようなものである。そのまま私達は清子に引き連れられ、竹林の間を進み、昨日寝泊りしていた庵へと戻された。


「では、中岡様、坂本様。頑張って埋蔵金のありかを見つけ出して下さいまし」


 清子はそう云い残し、すぐに戸を閉め庵から出て行ってしまった。


 しかしながら何だが色々と腑に落ちない事が盛り沢山だ。私は清子の気配が消えた頃、恐ず恐ずと声を上げる。


「あ、あの、中岡さん。ちょっと妙だと思いませんか?」


 私は声を潜めて言及する。


「それは、あの事故の事か、はたまたあの最上階の部屋の事か? それとも家族構成に関する事か?」


「全部ですよ」


「……確かに少し妙な感じがするな……」


「いや変ですよ、あの事故に関しても、いくら酩酊状態だといっても、腰の高さ辺りまで手摺りがある周縁部分から簡単に落ちるのは不自然です。それに昨日は正直肌寒かったじゃないですか、酔って体が熱くなったからといって、そんな深夜に戸を開け縁部分に出るものでしょうか?」


「ベランダみたいな部分に出るか出ないかは本人次第だから良く解らんが、いつもあの部屋で寝ている訳だろうから、落ちる度合いは解りそうなものだな。それにあそこまで目一杯ベランダみたいな部分に出る戸を開け放たなくてもとも思う」


 中岡編集は顎を指でなぞりながら答えた。


「それと、突き破られたあの廊下から寝室に入る戸にも、ちょっと心に引っ掛かる部分がありましたよ……」


「確かに戸溝から外れた角棒とか、枕元に置かれてあった徳利とかも、なんだか引っ掛かる部分が多かったな」


 私も同じ部分が気になっていたので何度も頷く。


「そ、それに、あの殺された穴山老人をとりまく環境が異質すぎるますよ、話によると穴山老人の血を引く子孫が全くいない事になります。あの老人は穴山梅雪の子孫だと云う話でしたけど、その子供等が全部養子なら、もう武田家、穴山家の血筋なんて断絶してしまっているようなものじゃないですか! そして、そんな関係が本当に家族と云えるのでしょうか?」


「まあ、江戸期やそれ以前の家に関しては養子を貰って継続させていた例はかなりあるから、その辺りは致し方ないかもしれないが……」


 中岡編集は腕を組み考えながら言及する。


「そうなんですか?」


「ああ、子や親族がいないから全く関係が無い他家から養子を貰う事もざらにあるぞ、江戸時代では、大名、旗本の次男、三男が跡継ぎのいない大名家などに養子縁組で入っていたんだ。その頃は家を残す事が重要で、跡継ぎがいない家は取り潰される可能性があったからだ。また、武田を一度継承した武田信吉も徳川家の人間で武田家とは血の繋がりは無いし、あの関が原の戦いで名前だけが有名になった小早川秀秋なども秀吉の妻ねねの兄の子供だ。小早川家とは何の血縁も無いしな」


「そういえばそうですね」


 浅野家から繋がる小早川秀秋の系図を頭に浮かべながら私は同意する。


「だが、三人も養子にする理由が良く解らないし、三人の養子が全て女だというのもよく解らない……」


 中岡編集は眉根を寄せながら頭を掻く。


「そうですね…… 男で一人だけの養子ならまだ解りますが……」


「……とは云え、いくらそんな事を考えても、事故と警察が処理したのであれば、僕達にはもうどうしようもない事だ。今更どうこう云っても何かが変る訳でもない。いずれにしても、僕達のやるべき事は埋蔵金を探す事だ……」


 中岡編集はふうと息を吐いた。


「ま、まあ、そ、そうですね……」


 私は頷くしかなかった。



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