再び伊賀の町へ 壱
そうして私は伊賀市駅へと向かえる事になった。ようやく屋敷の外に出られるので、重苦しい空気を少しは忘れられそうである。
私は廊下を戻り、正治郎の部屋の前で待機している中岡編集を呼びに行った。
「あっ、中岡さん。私、ちょっと、伊賀市駅に調べ物に行く事になったのですが、一緒に行ってもらえませんか? あれ?」
中岡編集はその場に居た。居たが、何か様子がいつもと違った。
「あれ、なにか髪型がいつもと違うような……」
良く見ると、髪が上方へと持ち上げられており、ちょっとオールバック気味になっている。そして上に毛虫みたいな物が載っていた……。
「あれ、髪型かいつもと違って…… それと頭に変なのが付いていませんか?」
「違う! 変なのなんかじゃない!」
中岡編集は少し怒り気味に私を見た。
「な、なんですかそれ?」
私は毛虫に指を向ける。
「髷だ!」
「ま、髷っ!」
私は思わず叫んでしまった。
良く見ると、毛虫に見えたそれは確かに髪の毛を束ねた物のようだ。しかし短い毛を強引に持ち上げ束ねているものだから長さが五センチ程しかない髷だった。どこで手に入れたのか黒い紐で結んである。
こ、これは酷い……。
「ど、どうしてそんな事を……」
私は声を絞り出す。
「三成の奴め! 僕の事を成り損ない、成り損ない、と馬鹿にしやがって! 僕が成り損ないなどではない事を知らしめてやるんだ!」
そ、そっちへ行っちゃったのか……。
あれだけ小馬鹿にされ、雑に扱われた結果が、中岡編集を走らせてしまった。……妙な方向へ。
「い、いや、そんな事気にしなくても良いじゃないですか…… 別にそんな事をして張り合わなくても…… そ、それに、それちょっと変ですよ……」
ちょっとどころではないが、オブラートに包んで云ってみる。
「ちょっとだろ。僕も少し変なのは解っている。だが、今はそれよりも優先させなければならない事があるのだ。これがそうだ!」
中岡編集は自分の頭を指差す。
「…………」
どうするんだこれ……。もっと馬鹿にされそうな気がするけど……。
私は唖然としつつ少し考える。
「あ、あの…… これから私、調査の為に、伊賀市駅まで行く事になったのですけれど…… 中岡さんにも一緒に来て欲しいとお願いしに来たんですよ……」
「ん? 伊賀市駅にか、それは良いな、もう息が詰まっていた所だ。それで許可して貰っているのか?」
髷姿の中岡編集が鼻からふんと息を吐き出す。
「ええ、許可して貰っています。中岡さんも一緒でも良いそうです」
「良いだろう。一緒に行こうじゃないか、僕も外の空気も吸いたい所だ」
中岡編集は少し笑顔を見せた。
私は躊躇いがちに続ける。
「……それでなのですが、ほら、伊賀市の町を練り歩く事になりますから…… その頭はちょっと…… 正直一緒に歩くのは、少しどころか…… 凄く恥かしいと思われ……」
「…………」
「外しましょうよ」
「…………いや、外さない。僕は負けるわけにいかない……」
一体、何と戦っているんだよ、その妙な戦いはどうでも良いから、負けてくれ。
「奴は、常に和服を着て、髷を結っている。今から和服の手配は出来ないが、髷だけは負ける訳にはいかない……」
髷で勝ったら満足なのか?
「いや、だって三成子警部は女性だからじゃないですか、あれは髷じゃなくてポニーテールですよ、ポニーテールの位置を高めにして髷風に見せているだけですよ、あれこそもどきじゃないですか」
私は外して欲しいが為に、石田警部の格好を否定気味に言及する。
「……僕の髷の方が上か?」
「上も何もありませんよ、私は、あれは髷なんかじゃないと云っているんですよ」
「となると髷を結っているのは僕だけという事に?」
「そうですよ、張り合う必要はないんです。恥かしいから早く解きましょう」
中岡編集は笑う。
「なら解かない!」
なんでだよ!
「これで貴奴の武器は着物だけになった。僕が髷を結い続ければアドバンテージは無くなった事になる!」
おお、なんという見解なんだ。
「お、お願いですから、外してくださいよ!」
凄く恥かしから!
「嫌だ!」
な、な、な、なんでそんなに歴史を優先させんだよ! いらねえんだよ髷なんて……。
私は余りに興奮しすぎてクラクラしてきてしまった。
私は呼吸を整える為に大きく息を吐いた。そして中岡編集を見る。中岡編集は口を真一文字に閉じ、頑な顔をしていた。
「も、も、もう、良いです。好きにして下さい…… 私は知りません…… ですが伊賀の町を歩くときは私から離れて下さいね……」
中岡編集が恥かしくないなら、もう何も云えない……。