捜査協力 陸
私はある程度考えを整理してから顔を上げる。
「……それでは、続きまして動機的なものを色々お伺いしていきたいと思うのですが宜しいでしょうか?」
刑事達が一様に頷いた。
「……私個人の考えでは、ご主人や正冶郎さんが殺されて得をする人間は現時点では正直あまりいないと思えます。ご主人は正直いつ亡くなってもおかしくない状態ですし、正治郎さんは次男ですから家を引き継ぐ訳でもなさそうです。なにか家族間の怨恨、確執のようなものなどがあれば教えて頂きたいのですが……」
この私の質問には左近刑事が答えてくれた。
「まず、確かに藤林慶次郎と正冶郎の間には特に確執というものはなかった様子です。また藤林慶次郎と正一郎との間も良好で、体力も衰えてきたので早く跡目を正一郎に移そうと考えていた所あったらしいです。それもあり正一郎の縁談の話なんかも上がっていた様子です」
「そうなんですか? 知らなかったですねえ。縁談ですか? しかしながら正一郎さんの縁談が纏まると、百合子さんや、正冶郎さんはこの家に居にくくなりそうですね」
知り得なかった情報を耳にして私は驚き問い正す。
「まあ、そうですね。妻を迎えた家にいつまでも弟や妹が住んでいるのはやりにくいですからね」
左近刑事は頷く。
「ところで正一郎さんご結婚後は、正冶郎さんはどうされる事になっていたのですか?」
「それに関しては、相応のお金を貰い、家を出られる予定だったらしいですよ」
左近刑事が手帳を見ながら答えた。
「お金ですか……」
「ええ、よくある兄弟の財産分与の形だと思いますが……」
左近刑事の答えを聞いた私は、少し考えてから質問した。
「因みに母親と正一郎さんとの仲はどうだったんでしょうか? 例えば、徳川家の三代目に於ける家光と忠長の確執のように、母親は正冶郎さんの方が可愛いと思っていたなどのような事があったかですが……」
「いや、一卵性双生児なので顔形が一緒ですから、特段、そんな事はなかったようですけどねえ」
左近刑事は顔を横に振った。
「あっ、ということは、正一郎さんが跡目を継いだら、百合子さんも正治郎さんと同様にお金をもらい家を出られるのですか?」
私は気が付き質問する。
「そのようですが、百合子さんはいずれにしても結婚して家を出る身なので、額は正冶郎さんに比べ、随分少ない予定だったようですね」
「そうなんですか……」
私はそう答えてから、腕を組んで考え込んだ。
「うーん、それでは続いて使用人の方々の紹介をお願いします」
そのまま左近刑事が答えた。
「では徳次郎の方から説明しています。徳次郎は藤林慶次郎の父の代に仕えていた藤林家の家臣の子供らしいです。不幸な事に徳次郎の両親は戦争で亡くなったとの事で、幼い徳次郎を慶次郎の父親である寛一郎が奉公人として家に置いたことから、この家の奉公人、現在では使用人という状態を現在も続けられているとの事です」
「富子さんはどうですか?」
「富子は慶次郎の再従兄弟になるようです。結婚を逃して、また徳次郎同様両親を戦争で亡くし、居場所がないので、この家で使用人として働いているとの事です」
「とすると親族が全ていなくなれば、富子さんにも相続権が出てくるのですね」
「まあ、そうですね」
私の極端な意見に左近刑事は一応同意した。
「では、使用人の野口将太さんと真奈美さんは、どのような事から?」
「えー、あの二人は生家は大阪らしいのですが、貧しい家の出身のようで、藤林家に住み込みで働かせてもらっているようです。藤林家との血縁などは特にないようですね」
「なるほどです」
私は頷いて応えた。
「うーん、今までの所を聞いた上では、動機的なものとして財産の独り占めを考えたとなれば正一郎さん、万一、正一郎さんまでが殺されるような事があれば百合子さんになりますね。だが犯行が可能かといえば、かなり難しそうですが……」
そう呟きながら、ふとあることを思い出した。
「あっ、そうだ、ところで富子さんが云っていたのですが、随分昔にご主人様の弟さんが亡くなったという話を聞きましたが、富子さん曰くあかしゃぐま様の呪いだとか何だとか…… その話は今回の件に何か関係はあるのでしょうか?」
私が刑事達を見ながら質問すると、その質問には石田警部がゆっくりとした口調で答えてくれた。
「そのあかしゃぐまというのは、確か四国の方に伝わる人家に住み着く赤い髪の子供のような妖怪だと聞いて居るが…… 呪いというのは聞いて居らんが……」
「確か、百合子さんから聞いた話によると、歌舞伎の連獅子のような姿を指し、関が原の合戦の際に石田三成が被っていた兜もあかしゃぐま姿だとか云われていたと……」
「ほう、あれは、あかしゃぐま姿なのか……」
徐に石田警部が自分の傍に置いていた風呂敷に手を伸ばす。
「これであろう?」
風呂敷から取り出されたのは関が原の合戦時石田三成の被っていた兜だった。兜に髪の毛のように赤い毛が付いている。
おいおい、わざわざ此処まで持ってきてるのか…… すごい歴女っぷりだな……。
「す、凄いですね、肌身離さずですか……」
「身嗜みじゃ……」
石田警部がニヤリと笑う。というか和服とか兜とかは全然警部の身嗜みじゃないぞ!
「兎も角じゃ、御主人慶次郎氏が十歳頃、慶次郎さんの弟が、敷地内にあった井戸に落ちて亡くなったという事故は確かにあったようじゃ、だが事件性はなかったので、不幸な事故として扱われたらしい。その事件が伝説になぞらえられてしまったのではないかと思われる……」
「い、痛ましいですね」
「まあ、いずれにしても今回の件とは関係はなさそうじゃぞ」
石田警部は軽く笑って云った。
私は腕を組み、少し俯き、改めて思考を巡らせた。
いずれにしても、順番に紐解いていかなければ、この事件は簡単には解決しない難しさを秘めている。一応、最初の密室の謎は解いた。次は現場不在証明の謎だ。話を聞いた今現在の段階でも、正治郎殺害に関して確実に可能だったのは、この家の主人慶次郎だけだ。屋敷内にいた人間は相互確認により不在証明を得ているので共犯であれば可能ではあるが、目撃される恐れが高いとも云える。
そして外出していた人達は時間的に皆不可能な状態にある。しかし誰かが犯行を行なったのであれば、必ず痕跡や気が付かなかった盲点がある筈だと私は考えた。
「さて、どうであろうか坂本さん、誰が犯行を行なったか見えてきましかな?」
石田警部が再び聞いてきた。
困ったな…… まだ見えてこない……。
「……す、すみません、まだ解りかねます……」
私は頬を掻きつつ、眉根を寄せながら答えた。
そうしながら、少し悩んだ上で警部に一つのお願いを伝える。
「あ、あの、石田警部、誠に恐れ入りますが、これから私、伊賀市駅まで行ってみたいのですが宜しいでしょうか?」
「なに、伊賀市駅までだと?」
「ええ、ちょっと確認したい事がありますもので」
「そ、それは事件解決に必要な事なのですかな?」
「えっ、ええ……」
「しかしながら、もう、あまり時間もない…… それに一人で行かれるのは困るので刑事の付き添いが必要になるが……」
人員を割く事を渋っているのか、石田警部は嫌そうな顔をする。
「行けば進展するのであろうか?」
石田警部が躊躇いがちに訊いてきた。
「今よりは間違いなく進展すると思います……」
石田警部はう~んと唸ってから返事をした。
「このまま徒に、ここで思案を続けていても只々時間を浪費するだけか…… 了承致しましょう。それでは伊賀市駅まで行って頂いて結構です。ただし、ここにいる脇坂刑事に付き添いをさせます。それと、出来るだけ早く戻ってきてくだされ。私としては、夕方に、正一郎、百合子、母親、富子の四人に県警までご同行願うつもりなので……」
「わ、わかりました。出来るだけ早く戻ります」
私は引き受けた責務もあり真剣な顔で返事をした。
「脇坂よ、くれぐれも頼むぞ、わしは関が原でのそなたの裏切りのせいで切腹する羽目になったのじゃ、しっかりお目付け役をこなすのじやぞ……」
「え、えっ、えっ、せ、関が原の際でございますか…… そ、その節は…… 失礼致しました。畏まってございます警部」
脇坂刑事は、突然、歴史ネタを振られ戸惑い気味に謝る。
おいおい、謝る必要はどこにもないぞ!
「しっかり、小早川ではなく、坂本殿を監視するのじゃぞ」
石田警部は厳しい顔で脇坂刑事を見詰める。
「はっ、畏まりました」
微妙な歴史ネタに脇坂刑事は戸惑いつつも返事をした。
「あっ、石田警部。それとなのですが、うちの中岡を一緒に連れて行っても宜しいでしょうか?」
私は思い出したように付け加える。
「ん? 必要なのか、あの成り損ないが?」
石田警部は意外そうな顔をする。
「え、ええ、意外と、思いもよらないアドバイスをくれたり、さり気無く、良い考えを呟いたりして助かる事も多いので……」
「そんな事もあるのか…… 成り損ないの癖に…… まあ、好きにするが良い。此方としては、今の所あの男には用はない」
冷たい一言だ。
「あ、有り難うございます。出来るだけ朗報を持ち帰って来たいと思います」
私は静々と頭を下げる。




