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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
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捜査協力  伍

 私達は現場である慶次郎の部屋から一旦退出をした。そして、部屋の前の廊下で話の続きをする事になった。


 部屋の前で、私は色々思い返しながらゆっくりと話し始める。


「……まず、第一の事件は、密室の中で殺人が起きました。第一の事件における密室の謎は先程解明したので、とりあえず密室の事は忘れて話を進めていきましょう。犯行はご次男正冶郎さんの部屋の中で行なわれ、正冶郎さんは布団の上から日本刀を背中に突き立てられ亡くなっていました。死亡推定時間は午前十一時半頃という事で聞いています……」


 傍にいた刑事たちが頷いた。


「もう密室ではなくなったので誰でも犯行は可能になりましたが、次の問題に当たってきます。それは現場不在証明です。相互に行動確認が出来ていれば犯行は不可能になってしまいます。まあ庇い合っている場合も考えられますが、そこは置いて於いて、一人ずつ追っていきたいと思います」


 石田警部と他の刑事たちは揃って頷いた。


 私は少し考えてから続ける。


「……まず、この家の御主人、藤林慶次郎ですが、ご病気で心臓が悪く寝たきり状態だと聞いています。正治郎さん殺害及び、その後の自殺説がありますが、実際はどうだったのでしょうか? 補助があれば少しは歩けるということでしたが……」


 私の質問に左近刑事が答える。


「正直、遺体を見た感じでは、足の筋肉も相当衰えていて、足も手も棒のように細くなっていましたよ、更に筋萎縮性側索硬化症という病気であったようですし、あの体で殺人を起こせるとは思いにくいところがありますが……」


「なるほどです。又隣の部屋ですし、誰もその行動確認をしていない状態ですから、時間的には可能、身体の状態的には不可能かもしれないと言った所ですか……」


「そんな感じですね」


 左近刑事は答えた。


「それでは、奥様や百合子さん、徳次郎さんなどの台所や居間周辺にいた方々に移りましょう。まず奥様は十一時半頃、百合子さんと神棚の掃除をしていたと仰っていました。居間から正治郎さんの部屋まで赴き、殺害をした上で、あの密室の工作をして戻ってくるには五分では難しいと考えます。最低でも八分は掛かるでしょう。そして、十一時半頃は二人とも離れずに一緒に居たという事でした。十二時十五分頃にようやく百合子さんが席を離れ、その五分程後に徳次郎さんが来てお茶を入れ、奥様と徳次郎さんは一緒にお茶を飲まれたと……。百合子さんは席を離れすぐに私と出会っています。いずれにしても共犯でもない限り奥様と百合子さんには犯行を行う余裕は無かったと思われます……」


「うむ…… 確かに……」


 石田警部は腕を組みながら頷いた。


「続いて徳次郎さんと富子さんなのですが、十一時半頃納戸の掃除をしていたという事でした。殆ど一緒に居たと云うことでしたが、徳次郎さんがはたきの埃を落としに一分前後居間から離れたとの事でした。この際、徳次郎さんは一人になりますし、富子さんも一人になります。この僅かな時間の内に正治郎さんを殺害して戻ってくる事が出来るかなのですが、やはり一分しか時間がないと難しいように思われます。更に納戸は居間の廊下を挟んだ向かいに位置して居り、居間から良く見える場所にあります。その納戸から正治郎さんの部屋に向かう場合、台所から外に出て屋外をぐるりと廻り、玄関若しくはご主人様の部屋の奥側に位置する戸から屋内に入り込むか、居間の前の廊下を横切り向かうしかありません。いずれにしても居間には奥様と百合子さんが居ましたからそんな事をすれば目撃されてしまう事でしょう。かなり難しいのではないかと思われます……」


「うぬぬ……」


 石田警部が唸った。


「さて、続いて外出組について考えてみましょう。まず死亡推定時間の少し前まで家にいた野口真奈美さんなのですが、十一時ごろ奥様の指示により、青山町へお札を返しに行ったと言っていました。ですが家を出たふりをして、家に戻り殺害、その後、改めて駅に向かったとなりますと犯行は可能です。ただ死亡推定時間が十一時半頃なので、それ以前に列車に乗ってしまった。駅で目撃された。などがありますと、現場不在証明が成立してしまいますから容疑から外れることになります。この点はどうなっていますでしょうか?」


 私は刑事たちが調べているであろう内容を問い正す。


「そ、それに関しては、本人の口から佐那具発十一時二十分発の列車に乗ったとの証言と、駅、列車内の目撃情報が入っています。なので、十一時三十分時点で真奈美は伊賀上野駅周辺にいた事になり、犯行は不可能と云わざるを得ないでしょう」


 大谷刑事が手を挙げ答えた。


「なるほどです」


 私は頷く。


「一応ですが、その後の行動の確認も出来ていますか?」


 続けて大谷刑事が手帳を見ながら答えた。


「はい、伊賀上野から青山町に向かう伊賀線は、その繋ぎですと、十二時二十分の発車になります。なので伊賀上野の蕎麦屋で食事を取ったとのことです。一応、これも蕎麦店で確認をしています。そして、今度は十二時二十分発の伊賀線で伊賀神戸駅に向かい、青山町の大山神社には伊賀神戸駅から歩いて行き、大山神社に到着したのは十三時ちょっと過ぎのようです。お札を返して、新しいお札とお守りを買ったようですが、それを神社側の方で覚えていました。時間の誤差はほぼありません」


「いずれにしても、真奈美さんには完全な現場不在証明がありますね。まず犯行は不可能だとみるしかないような……」


 私は腕を組み考え込みながら呟いた。


「それでは、真奈美さんのお兄さんである。野口将太さんに移りましょう。私が聞いたところでは、買い物等を云い付けられ、十時頃に屋敷を出られ、上野市駅へ向かったとのことでしたが? 死亡推定時間の頃の行動はどうだったのでしょうか?」


 この質問には、この屋敷に最初にやってきた伊賀署の脇坂刑事が答えた。所轄ながら参加する事になったらしい。


 初対面の際には唾液を噴き出したり、鼻水を垂らしたり、私の格好が不謹慎だとかしつこく云ったり、挙句の果てには私を視界から消そうと中岡編集の背中に隠れていろとか、随分失礼な事まで要求してきていたが、今や教師を見るように尊敬が籠っていた。


「の、野口将太は、約十時少し前に屋敷を出て、十時十五分発の列車に乗って伊賀上野へ向かったようです。駅、列車内の目撃情報もあります。伊賀上野駅で十時三十分発の伊賀線に乗り換え、十分程で上野市駅に到着したとの事でした。十時四十分の時点で上野市駅にいたと思われます」


「目撃されているのですか……」


「買い物に関してなのですが、金を持っている藤林家だけに、肉は肉屋、魚は魚屋、野菜は八百屋、果物は果実店、惣菜は惣菜屋で買うことにしていたようです。その上で最初に向かったのが八百屋のようです。八百屋のレシートの時間は十一時になっています。次に向かったのは果実店のようで、レシートの時間は十二時になっています……」


「あれ、結構時間が開いていますね?」


 私は八百屋と果実店の間隔が長い事が気になり質問した。


「ええ、我々もおかしいと思いましたが、レシートの八百屋と果実店は伊賀上野城を挟んで反対側にありますので、時間が掛ることは掛るようです。ですが確かに時間が開いているので問い正した所、お城のベンチでレシートと商品の照らし合わせをしていたらしいのです。購入品目は二十品目ありました」


 脇坂刑事が手帳を広げながら答えた。


「ところで、その一時間で、伊賀上野から佐那具まで行って帰って来る事は出来るのでしょうか?」


 私は思考を巡らせながら質問する。


「上野市駅から伊賀上野駅へ向かう列車は十一時二十分発と十一時五十発の二本だけです。そこから更に伊賀上野駅から佐那具駅に向かう列車は十一時三十分発と十二時丁度だけになります。時間的に、とても無理なのではないかと思います。それに十一時二十分発の運転手に話を聞いたところ、その列車には野口将太の姿はなかったと言っていました」


「では、小走りで向かったとしたらどうでしょうか?」


「いや、いくら早く走っても片道四十分は掛ってしまうと思います。それを往復して更に犯行を行ったとしたら一時間半は最低でも必要です。一時間しか間が開いていないので無理ではないかと感じられます。それに、そんな忙しない状態で犯行を行ったとも思えませんが……」


「そうですか……」


 私は頷いた。


「その後は、惣菜屋のレシートが十二時二十分、肉屋のレシートが十三時二十分、一応この間の一時間で定食屋に入って食事を取ったようです。これは店に確認しています。最後に魚屋のレシートが十三時五十分です。その後列車に乗って帰宅と云う事です」


 脇坂刑事が手帳を閉じる。


「有難うございました」


「いえいえ、お役に立てて光栄です。その節は大変失礼を致しました……」


 少し焦り気味の脇坂刑事は額の汗をハンカチで拭きながらぺこぺこ頭を下げてくる。


 因みにあのハンカチ洗ったのだろうか……。


「……そ、それでは最後、正一郎さんについて考えてみましょう。私が聞いている所では、朝八時頃家を出て、上野城近くの喫茶店でモーニングを取られて、そのまま図書館に入られたと聞いていましたが……」


 それには、脇坂刑事と共に最初にこの家を訪ねてきた伊賀署の長束刑事が答えた。


「正一郎さんは、八時二十分発の列車に乗って伊賀上野駅に向かいました。駅員からの証言も取っています。その後、伊賀線で上野市駅まで赴き、伊賀上野城近くの喫茶店メルシーで九時半ごろまで新聞を読みながらコーヒーを飲まれていたと云います。その後十時から図書館に入り、閲覧室で読書を続けられていたようです。そして図書館を出られたのは午後二時頃だったようで、上野市駅発十四時二十分の列車に乗って、帰ってこられたようです。これも駅員の証言は得ています」


「正一郎さんの図書館での動きなのですが、ずっと閲覧室にいらっしゃったんですか? 誰かと会話されたりなどはなかったのでしょうか?」


「閲覧室は三十名程座れる席があるのですが、席の真ん中に衝立もあり、会話を慎む場所ですから会話等はないようです。ただ今日の午前中、図書館に聞き込みに行ったところ、毎日、図書館に来ているという老人がいたので話を聞いてみたのですが、本を入れ替える為に正一郎さんが席を離れたときが数回あったという証言がありました。離れていた時間は大よそ二十分程だったと言っていました。それと閲覧室での場所取りを防止するために定期的に監視している図書館司書が、十一時前に見た時には席にいなかったという証言をしていました」


「十一時半頃はどうだったのですか?」


 私が質問すると、長束刑事は軽く笑って答えた。


「そこは私たちも興味がありますので、聞いてみた所、その時間には席について読書をしていたそうです。老人は食事の時間が気になり時計を見たので間違いはないと言っていました。司書の方もその時間の確認した際の閲覧室の席は全て埋まっていたと答えています。しかし十二時過ぎに確認した時は、また席にはいなかったとも言っていました。まあトイレに立ったり色々のようです」


「いずれにしても十一時半に図書館にいたのであれば、完全な現場不在証明です。犯行は不可能と言わざるを得ないでしょう」


「なるほどです」


 私は考え込みながら呟いた。


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