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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
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捜査協力  肆

 いきなり拍手が鳴り響いた。石田警部が満面な笑みを浮かべて拍手をしていた。


「いや、流石だ。まさかここまで凄いとは思わなかった…… いや、いや、こんなに簡単に密室の謎を解くとは、そこまで期待してはいなかったが、これは凄い」


 ……えっ、そ、そこまで期待してなかった……?


 ちっちゃい一言に私は僅かに引っ掛かる。


「いや、いや、さすが推理小説家坂本龍馬子さんだ。矢張り我々警察とは眼の付け所が少々違うようだ」


「龍馬子って!」


 そ、それは云うなと云った筈じゃ……。


 私は眉根を寄せる。


「あ、あいや、龍馬子と云ったのは龍馬子と呼びかけた訳ではなく、推理小説家坂本龍馬子氏を指して云っただけじゃ。龍馬子と呼びかけた訳ではござらんぞ。だって坂本龍馬子というペンネームを使われておるのじゃろ?」


 石田警部は少し焦り気味に言い訳がましく云った。しかしながら、あんた龍馬子って連呼しすぎだぞ。


「えっ、ええ、まあ……」


 私は一応頷く。


「いや、いや、見事じゃ、あっぱれじゃ、本当に凄い」


「それほどでも…… まあ、あるかもしれませんけど……」


 私は少しだけ肯定して頷く。


 褒め殺しとはこのような感じなのであろうか。しかし何か褒められすぎで何か怖い気がする。


「いや、いや、しかし、よくそこまでお解りになりましましたな、本当に、あっぱれ、あっぱれじゃ」


「……ま、まあ、サムターンを動かして密室を作るのは意外と簡単なんですよ、そんな事を普通の人がやっても意味の無い行為ですから対策も練られていませんしね。ただここで難しいのは、その開けた痕跡をどう消すかなんですよ、今回は机の上やその周辺が散らかっている事を考慮に入れ、あっても変ではない物を使って上手に隠したといった感じでしょうか」


 私は褒められ続けて段々気分も良くなり、少し高揚気味に説明した。


石田警部は満面の笑みのまま続けて声を上げた。


「それで早速、立て続けてで申し訳ござりませんが、第二の事件であるこの家の主人藤林慶次郎氏の殺害に関してもどのようにして行われたかもお教え願いたい」


「えっ、慶次郎さんの方ですか…… そ、その件に関しても先程と同じように一度お部屋の内部をじっくり見せて頂かないと何とも云えませんよ……」


 私は頭を掻きながら答える。


「部屋を見ないとですか…… 成程、確かにそうあられますな……」


 石田警部は少し考え込む。


「解りました。それではご主人の部屋も見て頂きましょう」


「良いのですか?」


「ここまできたら良いも悪いもありませんよ、どんどん坂本さんに解き明かして頂きたい」


「ええ、解りました。やってみます……」


 そうして、続けざまに私は石田警部に引き連れられ書院から出た。


「あっ、中岡さん、部屋を移動するみたいですよ……」


 廊下に待機していた中岡編集に私は声を掛ける。


「……僕はもういい、ここで待っている……」


 蚊帳の外というか、蔑ろにされ、最早その存在が無きが如く振舞われた中岡編集は随分萎れていた。もう付いてくる気は無い様で、手を横に振りその場から動かない。


 いじけてるな。


「ならば中岡慎太郎の成り損ないはそこで待機していてもらってくれ、今の所は取り合えずしてもらう事はない。今、私が力を必要としているのは推理小説家の坂本龍馬子の推理力である」


 石田警部は相変わらず冷たい一言を放つ。


「くっ……」


 中岡編集は口惜しそうな表情で唇を嚙んだ。


 そうして、中岡編集を廊下に残し、私と石田警部は正冶郎、正一郎の部屋の前を通過して、主人の部屋へと赴いていった。主人の部屋の前に到着すると数名の刑事が待機していた。しかし、こちらも特に捜査が進展している様子は見受けられなかった。


「では、どうぞお入り下され」


 石田警部が再び手袋を嵌め私を内部に促した。


奥座敷は正治郎の部屋同様に書院風な部屋だった。畳敷きの奥行きのある八畳間で、部屋の真中には正冶郎の部屋と同様に、赤黒い血のシミが付いた布団が敷かれていた。


 奥側には、正治郎の部屋同様に格好の良い槙の木を床柱に使った床の間、隣には地袋棚風な押し入れや、天袋風な備え付けの箪笥が置かれてある。部屋の右側面は砂壁になっており、左側面には裏庭に面した一つの窓があるようだが京格子のように木が嵌め殺しになっていた。格子の奥に硝子が嵌め込まれ開け閉めが出来るようだが、掛け金がしっかり掛けられていた。一応窓を開ける際には格子の隙間から掛け金を上げ、格子の隙間に指を入れ指先で開けるようになっているが、格子があるので人の出入りは叶わない。


 正治郎の部屋は個人の部屋として使われていただけあって、机や脱ぎ捨てた服などがあり多少は生活感があったが、こちらの主人の部屋に関しては、ずっと寝たきりであった為か、個人の部屋というよりは古い療養所の一室のような印象を受けた。テレビはおろか本など一切なく、ある物といえば枕元に薬を飲む為の湯飲みと薬らしき物が置かれたお盆があるのみである。


私は正治郎の部屋の時同様、部屋の扉付近を凝視した。


しかし、部屋の内側に存在する戸袋付近は整然としており、付近には何も無かった。紙屑一つ落ちていない。木を隠すなら森へと云われるが、主人の部屋には森となるものが無い。これでは木は隠せない。


「いや、いや、こちらの部屋には先程の部屋のような花札らしき物は全然無いのですよ……」


 石田警部は先程の私の見解を参考にした上で言及した。


 私は戸の背面及び隙間、鍵穴部を凝視する。構造は正治郎の部屋と同じ物だった。


私は思考を巡らす。私が良く使う密室の作り方には、心理的に密室に見せる方法と、扉など隙間を外から気付かれないように固めて密室にしてしまう方法、そして何らかの方法を使って鍵を閉める方法がある。


先程の正治郎の部屋の密室には何らかを使って鍵を閉めるやり方が使われた。だがこの主人啓次郎の部屋に関してはその方法を取ったと目される痕跡が一切ない。


ならば心理的に密室だったと思わせて、その実、密室ではなかったという方法が取られたのであろうか? だが最初に聞いた説明では、母親が主人に薬を飲ませようと部屋を訪れたという事だったが、刑事が付き添い、その刑事が部屋の鍵を開けたと云う事だった。


「あ、あの、ご主人様の部屋を開けた刑事さんはどの方なのでしょうか?」


 私は周囲を見回し問い掛ける。


「それは私ですが……」


 問い掛けに大谷刑事が手を上げた。


「恐れ入りますが…… その際、鍵は本当に閉まっていたのでしょうか?」


「え、それは、どういう意味ですか?」


怪訝な顔で大谷刑事が聞き返してくる。


「いえ、鍵の構造が良く解らない場合に、閉めて開けてを繰り返してから開けたなんて事があったりしますが、そんな事は無かったかなと……」


私は、角が立たないように気を遣いながら聞いた。


「いや、そんな事はありませんでした。夜に奥様と一緒にご主人様の部屋の鍵を掛けたのも私なのですが、鍵を掛けてから引き手に手を掛け、引いて開かないかどうかの確認もしましたし、朝は朝で奥様と一緒にご主人様の部屋に赴き、鍵を開けた際も開いたという手応えが一回だけで何の抵抗もなく戸は開きましたよ」


 大谷刑事は少し硬い顔で云った。


「そうですが、鍵が最初から開いていたような事は無かったと……」


「ええ、間違いありません」


 私はもう一度考え込む。


 部屋が閉まっているように見せ掛けて実は開いていたというのは矢張り考えにくいようだ。それに部屋を開けたのは刑事である。刑事の監視の下で母親が鍵を開けたのなら、そのような小細工を仕掛ける事が出来るかもしれないが、今回の件を見た限りでは不可能に思える。


それにご主人の死亡推定時間は夜中の三時頃だと目され、その時間の部屋の前の廊下には正治郎の部屋を調べていた刑事が居たのである。侵入して殺害するという行為は相当難儀だと思えてならない。


 そして何かしらの加工をして鍵の掛かっている部屋に見せ掛ける方法も、刑事が扉を突き破って侵入した訳ではなく、スムーズに開閉していたと説明しているので使われなかったと目される……。


 やばいな…… 解らないぞ……。


 私は頭を掻いた。


 となると石田警部が云った様に、自殺以外に主人藤林慶次郎が死ぬという事は考えられなくなってしまう……。


 深く考え込んでいる私に石田警部が声を掛けてきた。


「さあ、どうであろうか坂本さん?」


そう聞かれたものの、私は答えに窮した。


「さあ」


「えーと」


「さあ、お願いします」


 もう! さあさあ、うるさいな…… 急かすなよ!


「いざ、見解を!」


「……」


 正直全然解らない。とはいえ何も云わない訳にはいかないぞ……。


「……も、申し訳ありません。正直云って、現在の所では私にも御主人様の方は他殺なのか自殺なのか判断が付きかねます。もし他殺だった場合、残念ながら、どのように侵入して殺害したのかは、現時点では解りません…… 自殺だと云ってしまうのは早計ですが、この状況だけを見ますと、警部が仰っられていたようにご主人様は自殺だった可能性もあるかと……」


「むむっ、やはり自殺の可能性もあると?」


 自分の考えを肯定されて、石田警部は少し顔を高揚させる。


「ええ、今の所は……」


 私自身自殺だという事に納得出来ていないが、答えが解らない以上そう云うしかなかった。


「……ただ、第一の事件に関しては決して自殺などではありえません。背中側から日本刀を突き立てられ絶命していたと聞いています。なので誰かが正治郎さんを殺害したのは間違いない事だと思います。そして殺害後部屋の鍵に細工をして部屋を密室状態にして去っていったと…… ただ……ご主人慶次郎さんの件は、自殺かもしれませんが、他殺だという可能性が無い訳ではありません。しかし現時点では困った事にまだ良く分からない。なのでご主人慶次郎さんの件は一度置いて於いて、先に第一の事件を解き明かした方が良いと私は考えます。その答えが見えてくれば、自ずと第二の事件である藤林慶次郎さんの件の詳細も見えてくる可能性があるのではないかと……」


「なるほど、まずは第一の事件から絞っていこうと云うのですな。ならば、坂本さんは、第一の事件は一体誰が起こしたものだと考えられているのですか?」


 こ、この人さっきから答えを急ぎすぎるな……。


「いえいえ、第一の事件の現場不在証明に関しても、私はまだ必要な情報を全然持っていませんよ、それを知りえないと、この先の真相は正しい解釈は出来ないと思います」


「今度は不在証明の情報ですか…… では、必要なのはどういった情報ですか?」


石田警部が聞いてくる。


「……そうですね、私が必要とする情報です。出来れば私が質問した際に教えて頂けると理想なのですが……」


「それは喜んでお伝えしますよ」


石田警部は何度も頷いた。


「……それでは、私は私なりの考えをどんどん話し進めていきます。その際に必要な情報があったらお伺いしますので、その都度お答え頂けますでしょうか?」


「ええ、分かりました」


 石田警部は頷く。

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