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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
145/539

捜査協力  参

 そうして、石田警部に促がされ、私と中岡編集は第一の事件現場である正冶郎の部屋へと赴いた。先程のやり取りもあってか、中岡編集は少し不貞腐れたような顔をして付いて来ていた。


 到着した正冶郎の部屋の前には何名かの刑事が待機していたが、特に捜査が進展している様子は見受けられなかった。


「では、どうぞお入りになって下され……」


 石田警部が手袋を嵌め、電気のスイッチを入れる。


 部屋に明かりが灯った。以前覗いた時は薄暗い中に遺体しか見えなかったが、細かな部屋の様相が見えてくる。中岡編集はいじけているのか、部屋には足を踏み入れずにいる。


 部屋は窓のない部屋だった。畳敷きの奥行きのある六畳間で、部屋の真中には赤黒い血のシミが付いた布団が敷かれていた。掛け布団は横によけてあったが、その中央にも赤黒いシミがあった。その赤黒いシミを見た私は、背中に怖気が走るのを止められない。


 部屋の奥の右側には床の間があり、節くれ立った槙の木の床柱を挟んだ左側には、押し入れや備え付けの棚が見える。その棚の前には脱ぎ捨てられた服が無造作に置かれてあり、部屋の両側面は砂壁になっていた。


 押入れの手前にテレビ台とテレビが置かれていて、印象としては個人の部屋というよりは旅館の部屋に近い感じだ。


「さあ、それでは坂本さん。ご意見をお聞かせいただいても宜しいですかな?」


 部屋をぐるっと見回した程度の私に、早速ながら石田警部が質問してきた。それまでの部屋の状態や、今までに捜査上で掴んだことなどの説明はない。予備知識を入れずに私がどう考えたのかを聞こうと思っているのかもしれない。


「す、少し時間を頂けますか。それと部屋の状態は遺体発見時から変わっていませんね?」


「変わって居りませぬ。掛け布団が掛けられた上で、日本刀を突き立てられていた遺体があったこと以外は何も変って居りませぬよ」


 さすがの石田警部も現場というのもあってか、少し真剣な顔をして答えた。


 部屋の入口の場所は、廊下側の右手端にあり、その延長線上になる左手端の砂壁前には本棚があった。開いた時に襖戸が収納される戸袋部分と本棚の間には、背の低い木製の勉強机が置いてあり、その前には座布団が置かれてある。


 その背の低い勉強机の上にも小さな本棚が載っており、そこには文庫本のような小さな本が幾つも並べてあった。その部屋で生活をしているだけあって、部屋の隅には脱ぎ散らかした靴下が丸めてあったり、雑誌が積み重ねられていたり、机の上もペンが出ていたり、メモ帳が置かれていたり、輪ゴムで纏められた古そうな年賀状があったり、箱が無くなってしまったのか適当に積み重ねられた古そうな花札があったり、ペン立てには無造作にペンが突き立てられていたりした。机付近は特に雑然としている。正冶郎は結構だらしが無い性格だったのかもしれない。


 私は改めて部屋の戸に近づいて、鍵の形状を確認した。


鍵は襖の引き戸の下にあり、襖のイメージを壊さないように、彫刻が施され真鍮色をした趣のある作りだった。ただ基本的にはツマミを捻るタイプのサムターン形状の鍵である。縦が開くで横にすると鍵が掛かる形状だ。戸が収納される戸袋の脇には、屑入れが置かれ、その横には先程の勉強机があった。


「さあ、坂本さん。どうでしょうお解りになられましたか?」


 石田警部は再び急かすように聞いてくる。


 そんなに、さあ、さあ、急かさんでくれ! 私は協力するとは云ったが、私には密室を解く義務は無いんだぞ!


 ちょっと憤り気味の私は、その屑入れ辺りをもう一度見た。


 屑入れには紙を丸めた物が幾つか突っ込まれていた。机と屑入れの間には、机から落ちたのか、短い鉛筆や花札が数枚落ちていた。


 私は必死に考える。


「あっ!」


「あっ?」


 私の漏れた声を石田警部が拾う。


 ……あ、あれは! あれは若しかして……。


 私はあるものを見付けてハッとする。


 瞬間的に、私の頭の中に、どうやって密室を作ったのかが映像として浮かんできた。


「い、石田警部! やった、やりましたよ、解りました! 解りましたよ!」


 私は嬉々とした顔を上げた。


「お、おお、本当ですか、流石で推理小説家さんで御座いますな…… 急かした甲斐がありましたな。して、どのように解られたのでしようか?」


 石田警部にはまだ理解できないようで、またまた急かすように訊いてくる。


 私は一度大きく息を吐いて呼吸を少し整えた。


「……因みになのですが警部さん、ここにあるものに手を触れたり、取ったりしても平気ですかね?」


 まだ半信半疑らしい石田警部は瞬間躊躇する。


「い、いや、動かしたり触られるのは、ちと困りますな……」


 石田警部は頭を掻きながら答えた。


「……それでは警部さん、私が似たような物で、それを実演してみますから、堅いボール紙とセロハンテープ、鋏、釣り糸を持ってきて頂けますか? それとこの部屋と同じ鍵の付いた部屋はありませんかね?」


「な、何ですと? 似た様な部屋で実演ですと…… それとボール紙とセロハンテープ、鋏、釣り糸ですって?」


「ええ、実演した方が解りやすいのではないかと思いますけど……」


 石田警部は訝しげな顔で私を見る。


「わ、解りました、至急用意させましょう……」


 石田警部は傍にいた左近刑事に声を掛けて、それらを持ってくるように指示をした。


 そして数分後、私達は初めてこの家に来た時に案内された書院に移動した。そこへ左近刑事が私の頼んだ物を持って戻ってくる。その部屋には監視の任に付いていない何人かの刑事も一緒に話を聞きに来ていた。


「さあ、では、説明してもらえますかな?」


 石田警部が急かすように聞いてきた。他の刑事達も私に好奇の視線を送ってくる。私は受け取った道具を広げ、手元で準備をしながら説明をした。


「えーとですね、実は、サムターンを回して、外側から内側の鍵を掛けるという事は、準備さえ出来ていればそれほど難しくはありません。こういう物があれば良いのです」


 私は鋏で十センチメートル×三,五センチメートルに切った短冊状の堅いボール紙を刑事たちに見せた。


「ほう、そ、それがですか?」


 左近刑事が興味深げに訊いてくる。


「はい、これです」


 私は笑顔で答えた。


 そして、私はその三,五センチメートル×十センチメートルの堅いボール紙をしっかりと二つ折にして端をセロハンテープで止めた。さらに面の下辺部分一センチメートル程にセロハンテープをぐるぐると二周程巻き付け、二つ折の厚紙片がパカパカ開かないように工夫する。


「一応これが完成形です。さて、この二つ折にした紙の隙間に釣り糸を通します」


 私は先程の小さな厚紙片に三メートル程の長さの釣り糸を通し、その釣り糸を輪の様に結んだ。


 二つ折りの厚紙片と、その隙間に釣り糸が輪状に引っかけられた物の完成だ。


「……戸は開閉をするので、完全に閉鎖されている訳ではありません。戸と壁の間に僅かに隙間があります。その隙間が広ければ広いほど作業がやりやすくなっていきます。特に屋内の襖戸はその隙間が大きいとも云えます……」


 私は釣り糸が上側にくるように気を付けながら三,五センチメートル×五センチメートルの厚紙片をサムターンの抓みの上に突き刺した。そして、そこから出ている輪状にした事により長さが半分の一,五メートルに減じた二重の釣り糸を束ねて持ち、部屋の中の戸の隙間に差し込み、廊下に回りこみ、その飛び出た釣り糸を廊下側に引き出した。


「これで準備は完了です。じゃあ、やってみますよ」


 刑事たちは私に倣って廊下側に出た。石田警部はそのまま部屋の中で見ていた。


 戸を閉じると、私は身を低く構えながら、隙間から出た釣り糸を引っ張りだした。釣り糸が緊張して上の辺に結び付けられた釣り糸が水平からやや斜め下に引かれてサムターンを縦から横へと変える。


ガチャという音が鳴った。


 鍵が掛かった音だ。


刑事たちは固唾を飲んでその様子を見ている。


 横向きになったサムターンとそれを覆う厚紙片。私は急がず、ゆっくり釣り糸を引いた。


横向きになった抓みに引っ掛かっていた厚紙片が横に引かれる力で滑りスポッと抜ける。その感覚を引き手で感じながら、更に釣り糸を更に手繰り寄せていく。そして厚紙片が戸と隙間に引っ掛かりそれ以上引けなくなった。


 そこで私は徐に鋏を取り出し輪状になっている釣り糸の一部を切断した。その上で輪ではなく一本の紐になった釣り糸を手繰り寄せていく。完全に釣り糸を巻き上げそれをポケットに入れてから立ち上がった。


「どうでしょうか?」


左近刑事は驚いた顔をして私を見ているものの、大谷刑事は少し首を捻っていた。


 中からガチャという音が聞こえてから襖戸が開き、中から石田警部が憮然とした顔で出てきた。


「た、たしかに、鍵はしまったが、この厚紙片が残って居りますぞ、こんな物が残って居ったら一目瞭然じゃ。それに、こんなものは戸の前には落ちていなかったが……」


「石田警部、その厚紙片は室内の物に手を触れてはいけないと云われたので私が作った物です。その厚紙片をよく見てください。現場にあった何かに似ていると思いませんか?」


 石田警部は渋い顔をしながら厚紙片に目をやった。


次の瞬間、石田警部がハッとした顔をする。


「は、花札か?」


「その通りです」


私は笑顔で答えた。


「恐らくあそこにあった花札は、全て一度洗ったかなにかで、わざとボロボロにした物だと思います。そして側面側の縁取りもわざと剥がしたり、厚紙の側面をわざと切り開いたり、糖分が多いコーヒーを上から垂らした後に乾かしたり、とカモフラージュが色々されているのではないかと思います。ですが恐らくあの屑籠近くに落ちていた内の一つには、カッターか何かで側面が切り開かれ、その上下は簡単に剥がれないように糊かなにかでしっかり固められた。この厚紙片と同じ働きをするようになっている物があるはずです。私は先ほどそれらしい一品を目撃しました」


すぐさま左近刑事たちが、花札を確認する為に正冶郎の部屋に駆け込んだ。


しばらくすると左近刑事が驚いた顔をしながら戻って来た。


「三成様、確かにその状態になった花札がありました……」


「そ、そうか……」


石田警部は眉根を寄せつつ頷いた。


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