捜査協力 壱
「お、お話と云うのは?」
私は躊躇いがちに訊いてみた。
「その事なのですが…… 確か坂本さんは推理小説家だという事でござりましたが、間違いござらぬか?」
石田警部は軽く微笑む。
「え、ええ、一応、間違いござりませぬ」
私は流され同じような言葉使いで返した。
「……実は困ったことに、警察の方と致しましても今回の事件が難解すぎて、どうにも上手く血路を見出せぬのですよ……」
「血路ですか……」
いちいち随分大仰な表現だな。
「それでなのですが…… 誠に恐れ入りますが、今回の事件を解決するに当たってお力をお貸し頂けるとありがたいと存じましてな……」
石田警部はまた頭を下げてきた。
「えっ、つ、つまり事件解決の力添えを私がすると?」
私は驚きつつ聞き返す。
「ええ、お力添えを頂けるととても助かります。実際の所、私共はこのような密室殺人事件というものには慣れておらんのです。なので推理小説家であられる坂本さんのお力を貸して頂けるととても助かるのですよ。それに私達は仲間であることもありますし、是非にお願い致したいと……」
「えっ、仲間?」
聞き覚えのない言葉が私の耳に入ってきた。
「ええ、仲間です。あまり大きな声で云えませんが、私も一緒ですよ、龍馬子さん」
石田警部がちょっと声を顰めつつ言及してきた。
な、なんだ。なんだ一体。随分親しげに龍馬子と云われたぞ! そりゃあ脇坂刑事辺りから私のペンネームが坂本龍馬子だとは伝え聞いているだろうが、なんなんだ仲間って?
「そ、その仲間っていうのは何ですか?」
石田警部がニヤリと笑った。
「私もあなたと同じです。私も歴女なのです。そしてあなたと同じでコスプレしている……」
ち、違うわよ! 私は心の中で叫んだ。
「ち、ち、ち、ちょっと待ってください。私は確かに歴女ですけど、私はコスプレはしてません。だって、わたしのこれは普段着ですから」
「またまたご冗談を仰られては困りますぞ、袴風のスカート。着物風なカーデガン。ぼさぼさなパーマネントの髪、そして、よくする目を細める仕草。どこをどうみても坂本龍馬の真似をしているとしか云いようがない」
石田警部は聞く耳を持たない。
「しかし正直な所を云えば、中途半端であるとも云えるが……」
必死に否定しているのに、被せるように忠告まがいな事まで云ってきた。
「中途半端?」
「私には、なぜそんな逃げを作るのかが理解できない。なぜ洋装で誤魔化す? なぜ堂々と和装を着ないのか? 私はちゃんと和装をして石田三成公を意識しているのに、なぜ微妙な洋装で坂本龍馬を意識して居るのか……」
まるで和装を見せびらかすように石田警部はくるりと一周廻った。
「いや、だ、だから私はコスプレなんてしていないって云ってるじゃないですか!」
私は叫んだ。
「いやいや、戯言を」
「戯言などではありません。本当です。普段着なんです!」
私は必死に云い抗う。
「あいや、ちょっとお待ち頂けますか?」
そんな最中、急に横から中岡編集が割り込んできた。
「なんじゃ?」
石田警部が怪訝そうな顔で答える。やはり中岡編集に対してはぞんざいだ。
「坂本は、実はコスプレをしていません。しているように見えますが違うのです。実はナチュラルなのです」
「ナチュラルだと?」
「ええ、意識していない天然コスプレイヤーなのです」
な、何なんだよ天然コスプレイヤーって!
「かなり似ている地顔、近眼で目を細めて見る癖、五尺八寸ある背丈、そして少し猫背な姿勢、更に袴のような茶色いスカート、天然パーマの掛かった少し長めの黒髪。着物のような地味な色のカーデガン。この要素が意識せずとも似てしまう。天然コスプレーヤーたらしめているのです」
それ単に全体的に似てるって事でしょ!
「……で、では、残念な事に本当にコスプレではないというのか……」
すこし驚いたような顔で石田警部は聞き返す。
「左様です」
中岡編集が頷く。
「さて、その辺りはさておき、事件解決の力添えという事に関してはマネージャーの僕に何の相談もないというのは気に入りませんな……」
改まって中岡編集が云った。あんた一体いつからマネージャーになったんだ? まあ似た様なものかも知れないけど……。
「マネージャーだと? 確か出版社の編集だったと聞いたが……」
「ええ、僕は担当編集兼マネージャーなのです」
中岡編集が不敵な顔で応えた。
「編集か…… 好きになれん職業じゃ」
「な、なぬ!」
石田警部のいきなりの突き放しに中岡編集は驚いた表情をする。
「文章もろくに書けず、具体的で適切なアドバイスを出せる知識を持ち合わせてもおらん癖に、偉そうな事ばかりを云っている印象しかない」
凄い的確だ。
「ち、違う! 僕は的確なアドバイスを出している。そして僕の方が知識は豊富だ!」
「それに、確か中岡慎一という名前だったと思うが、その顔、表情…… おぬし中岡慎太郎でも意識しているのか?」
石田警部は探るように中岡編集の顔を覗き見る。
「えっ、あっ、そうだ。よく解ったな、僕は坂本と違って格好は普通だが、中岡慎太郎を意識している」
妙な指摘に中岡編集は少し嬉しそうに答えた。
「ふん、成り損ないめ!」
「な、なんだと!」
突然の石田警部の暴言に中岡編集は顔を真っ赤にした。
「成り損ないとはなんだ! 僕はコスプレこそしていないが中岡慎太郎に心酔している。そして中岡慎太郎を愛しているんだ。僕は中岡慎太郎と一体だと思っている。僕は中岡慎太郎だ! 僕こそ中岡慎太郎なんだ!」
な、中岡編集…… 子供じゃないんだから……。
「それに僕が成り損ないなら、お前の仲間にも成り損ないが要るじゃないか!」
中岡編集は失礼にも、後ろに居並ぶ左近と呼ばれた刑事と刑部と呼ばれた刑事を指差した。
「あんたの部下、左近刑事と刑部さんは島左近と大谷刑部を意識しているんじゃないのか? それにしては現代の背広じゃないか、そいつらだって、成り損ないだろ!」
もう警部だとか刑事だとか関係なく、熱くなった中岡編集は暴言を吐く。
そんな中岡編集の視線を受けて左近刑事がぼそりと答えた。
「私はそんなに意識してません。ただ名前が左近島男と云いますので…… それと三成様と呼べと云われて仕方がなく……」
さ、左近、し、しまお?
妙な名前に中岡編集は唖然とした顔をする。
「ふ、不思議な名前ですね……」
不思議じゃないだろう!
「私の方も嫌々ながら無理やりにです。一応刑部というあだ名だけは甘んじて……」
大谷良男刑事の方も困ったような顔で口を開いた
「ふふん、意識しているのにコスプレをしていない成り損ないはお前だけだったようだな……」
嫌々だと部下達に云われているのに、鬼の首でも取ったかのように石田警部が笑った。
「…………あっ、うっ……」
中岡編集から呻き声が洩れた。
「兎に角、私は成り損ないなどに興味はない。私が必要としているのは歴女で、坂本龍馬の天然コスプレをしている推理小説家の坂本龍馬子じゃ、連れだからと一緒に呼んだが、貴様は隅のほうで大人しくしておれ!」
中岡編集も中岡編集だが、石田警部も酷い物の云いようだ。