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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第三章
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第二の殺人  参

 一時間程すると、石田警部が広間にやってきた。だがどうにも釈然としないといった顔付きだった。


「申し訳ありませぬ。警察がいながらにして、今回の事件を阻止できずに……」


 そう云いながら石田警部は深々と頭を下げた。


「それで恐れ入りますが、ご主人様について少々お伺いしたいのですが…… 何度も聞くようで申し訳ございませぬが、ご主人様は本当に一人で歩いたりする事は出来なかったのでしょうか?」


 それには百合子が答えた。


「父は補助があれば僅かならば歩けますが、一人では殆んど歩けませんが……」


「そうですか…… そうですよね……」


「因みに手を動かしたりぐらいは出来ますよね?」


「まあその位は出来ますけれど、スプーンでお粥を掬うのがやっとで、箸を動かしたりは出来ませんけれど……」


「そうなのですか……」


「どうでしよう警部さん、なにか解ったのですしょうか?」


 百合子は、血の気が引いた顔をしながら、囁くような声で質問した。


「……そ、それがですね、困った事に、正直さっぱり解らないのですよ……」


 石田警部は頭を掻きながら答えた。


「ご主人様が亡くなられたのは、昨夜午前三時頃という検死の結果がでました。今回のご主人様の件は、傍の部屋となる正冶郎さんの部屋の前に、昨夜からずっと刑事が立っておりましたし、皆様もお部屋でお休みを取られていて、その時間に廊下に出られた方は皆無に等しい状態なのです……」


 そして、搾り出すように続けた。


「……これらを見る限りでは、ご、ご主人様が、ご主人様の手でご自害されたとしか説明が付かないと……」


「父が、じ、自害したと言うのですか?」


 百合子が聞き返す。


 石田警部は百合子の問い掛けに困惑気味に説明をする。


「……で、ですが…… 自害としてはおかしな点もあるのです。ご主人様は日本刀で腹を貫かれていました。日本刀の柄にご主人様の指紋が残っていたものの、動けない体なのに刀を腹に貫通させる事が出来たとは到底思えませぬ。それにあの刀をどこから持ってきたのかという疑問もあります。正冶郎さんの件はまだしも、今回の件までもが殺人事件だったとするならば、更に難解な密室殺人ということになってしまうのです……」


 石田警部は掻いていた頭をグシャッと毟った。


「……とにかく、もう少し色々調べさせて頂きます。皆さんは申し訳ないですが、この部屋から極力出ないようにお願い致します」


 もう、それぞれの行動確認などは意味なさなくなっていた。


 第一の事件は勿論の事、第二の事件における犯行が、可能か不可能かが解らなければ、何もかもが解らないといった状況になってしまっている。石田警部も刑事達も、思考の迷宮に入り込んでしまったようだった。


 石田警部は、徐に立ち上がり、憮然と部屋を出て行った。恐らく再び主人の部屋に向かったのだろう。


「……君はどう思うのだね?」


 私の小脇を肘で突きながら中岡編集が小声で聞いてきた。


「それは第二の事件の方ですよね?」


「ああ、そうだ」


「……そうですね…… 刑事が入れ交ったり、トイレに行く隙をついて入り込んで殺害したのでしょうか?」


 私にはまだよく解らないので質問に質問を重ねて返してしまった。


「いや、そうだとしても僅かな時間だろうし、刑事の目に付きやすい場所だぞ。かなり難しいんじゃないか?」


「それなら…… 主人を薬で眠らせておいて、時間がくると上から刀が落ちてくるような仕掛けでも作っていたとか…… でも、現場に仕掛けの痕跡が残ってしまう可能性もあるだろうし、少しでも寝返りをうったりしたら失敗しちゃいそうですよね……」


 私は頭を掻きながら答えた。


「そうだな……まあ、昨夜戸締りをする際に刑事が部屋内を確認していたら、そんな仕掛けを見逃す筈もないと思うぞ…… となると矢張り自殺したと見るしか無くなってしまうかな……」


 そんな答弁をしながら中岡編集としばらく待っているも、石田警部は戻って来ず、藤林家の住民と私と中岡編集は部屋に閉じ込められたままだった。


 時間はどんどん経過していき、気が付くと昼近くになってしまっていた。


 このままじゃ温泉に浸かりに行く事が出来なくなりそうだ…… そして、どんどん汗臭くなってしまう。まだ汗臭くはないが、このままでは汗臭いのが真実になってしまいそうだ……。


 私を一体いつまで拘束している心算なのだろう……。私の心には少し焦りが生じ始める。


 そんな折、二人の刑事が襖戸を開けて入室してきた。確か左近と呼ばれていた刑事と刑部と呼ばれていた刑事だった。


「あ、あの、恐れいりますが、坂本亮子さんと中岡慎一さん、ちょっとお話をしたい事がありますので一緒に来て頂けますでしょうか?」


「えっ、私と中岡ですか?」


 私は少し驚いて聞き返す。とうとう解放してもらえるのか?


「え、ええ、解りました」


 そう答えつつ、私と中岡編集は徐に立ち上がった。


 私と中岡編集は、二人の刑事に引き連れられ、板張りの廊下を歩き主人の部屋の前へ向かった。


 そんな移動中、私は徐に質問する。


「……あ、あの刑事さんは刑部と呼ばれていましたが、警部さんなのですが?」


 警部が二人というのは聞かないが、ちょっと気になった私は訊いてみた。


「いや、私は普通の刑事ですよ、名前が大谷良男って名前なのであだ名で刑部って呼ばれているんですよ……」


 その刑部と呼ばれていた三十代後半の眼鏡を掛けた刑事が少し恥かしそうに答えた。


「ああ、あだ名ですか…… という事は大谷刑部の名前からなのですね……」


「ええ、そんな所です……」


 そうして、そのまま私と中岡編集は母屋と長屋の間にある中庭の部分へと促された。そこに背を向け少し空の方を見上げる石田三成子警部の姿があった。和服姿にまるで髷のような束ねた髪が後ろに垂れている様子は、まるで武士といった様相だった。


「三成様、坂本さんと中岡さんをお連れしました」


 左近と呼ばれていた若い刑事の方がその背中に声を掛ける。また三成様って呼んでるぞ……。


「ご苦労、左近、そして刑部」


 そう格好良く発すると。石田警部がこちらに体を向ける。


「いや、いや、坂本さん。態々ご足労頂きまして誠にありがとうございます。それと中岡さんも……」


 石田警部が深々と頭を下げる。


 しかしながら頭は私の方に向いて下げられており、明らかに中岡編集の扱いはぞんざいだった。

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