第二の殺人 弐
我々は一人の刑事に監視されたまま広間に閉じ込められた。皆は何を口にして良いのか解らないらしく、茫然自失といった様子で項垂れている。この家の次男坊に続き、家の主人が腹を日本刀で貫かれて死んでいたのだ。何を口にすべきか解らないのも無理はない。
「……本当に…… 一体、この家で、何が起こっているのでしょうか……」
閉じ込められた部屋の中、百合子がボソッと誰に対する訳でもなく呟いた。
そんな百合子の呟きに、横にいた富子が何度か躊躇いを見せた後、肩を振るわせながら擦れた声を発した。
「わ、私、昨夜に色々考えてみたんですが、これはあかしゃぐま様の祟りなんじゃないでしょうか?」
それを聞いた母親はびくっと身を震わせる。母親の傍に座っていた正一郎は厳しい表情で富子を見ながら言及する。
「な、何を言っているんだ富子さん、そんな祟りなんて非科学的な…… それに正治郎と親父は日本刀で殺されていたんだぞ祟りで死んだ訳じゃない!」
「……で、でも、お坊ちゃん、どう説明するんですか? 誰も入れない部屋の中でご主人様も正冶郎お坊ちゃんも死んでいたんですよ?」
「そ、それに関しては、俺にも理解出来ないが……」
正一郎は困惑した顔で云った。
「このお屋敷を漆喰で塗り固めてしまった事で、あかしゃぐま様が出て行かれてしまわれて、この家で不幸な事が起こってしまったんですよ、ほら、ご主人様の弟さんの時も…… ご主人様がご病気になられてしまった件に関しても……」
富子は蒼褪めた顔で言及した。
「そ、その御主人様の弟さんという方は、一体どうなさったんですか?」
中岡編集はその主人の弟という人物の話が気になったのか富子に質問した。
富子は震える声で話し始める。
「この話は、先代のご主人様である寛一郎様がまだ生きていた頃に聞いた話でございます。そして、現在のご主人様がまだ十歳程の年齢だった頃の出来事でございます……」
「大分前のお話ですね」
中岡編集は眉根を寄せる。
「……御主人様には五歳程年の離れた弟様がいらっしゃいました。その弟様は、いつも病気がちで体の弱かったご主人様と違って、とても活発なお子さんだったと聞いています。その時分から戦争が激しくなってきてしまい、先代のご主人様である寛一郎様が、家が焼けるのを避ける為にこのお屋敷を漆喰で塗り固めてしまったようなのです。今のこの屋敷を見て頂ければ解るように、そのお陰でかなり重厚な物になりました」
富子からゴクッと生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「……しかし、それから三ヶ月程した頃、その弟様が妙な事を口走るようになったらしいのです……」
「妙な事?」
「ええ、妙な事をです。それは…… あかしゃぐま様が居なくなってしまった。あかしゃぐま様が居なくなってしまった。と何度も何度も怯えたように繰り返し……」
「あれ、た、確か、そのあかしゃぐまというのは、こちらにお邪魔した際に百合子さんが仰られていた、この家を守ってくれているという精霊のようなものでした…… よね?」
中岡編集は百合子の方へ視線を向けながら質問する。
その問い掛けに百合子は小さく頷いた。
「は、はい。そのあかしゃぐまと云うのは漢字で赤赤熊と書きまして、正確には四国の方に伝わる人家に住み着く赤い髪の子供のような妖怪だと云われています……」
「し、四国に伝わる妖怪なのですか? しかしながら、それがなぜこの伊賀の藤林家に?」
「……実は私共藤林家は元々は四国の伊予の国が出身なのです。豊臣政権下で藤堂高虎が伊予の国今冶を任された頃に臣下化したと……。その藤堂高虎が江戸期にお国替えとなり、伊勢の津及び伊賀の国の国司として任ぜられました。それに伴い私共藤林家も戦国末期から江戸初期頃に四国からこの伊賀の地に移り住んできたと云われています。その際にあかしゃぐま様も一緒に参ったと……」
「ああ、確かに藤堂高虎は今冶を支配していた時代がありましたね……」
中岡編集は納得気味に頷いた。
「……しかしながら、とすると家の引越しに伴って、家に付いていた妖怪も一緒に引越しをしてきたと云うのですか?」
中岡編集は不思議そうな顔をしながら質問した。
「ええ、古い話ですから私も詳しい事は解りませんが、父からは家の引越しに伴ってあかしゃぐま様も一緒に伊賀の地に参ったと伝え聞いております」
「凄いですね…… 家に幸せを齎してくれる妖怪が、家の引越しに伴い一緒に引っ越し先に付いて来てくれるなんて…… 余程藤林家に幸を齎したいと思ってくれているみたいですね」
「本当にそうなら有難い事ですけどね……」
百合子は薄く笑って答えた。
「……しかしながら、赤い髪の子供の姿とは随分面妖な姿なのですね?」
「赤い髪をしているだけでなく、それが獅子の鬣のように長く広がっていると聞いています。歌舞伎の演目の連獅子で赤い髪を振り乱して踊っているのを見たことがあるかもしれませんが、あんな感じの髪をした子供だと云われています。関ヶ原の合戦の際に、石田三成が兜に赤い毛を付けていた描写があるのはご存知ですか? あれもあかしゃぐまと呼ばれています」
「ああ、あの赤い毛の……」
中岡編集は解ったように頷く。
そんな会話を横で聞いていた私の頭にはあの石田三成子警部の姿が浮かんだ。妙な因縁を僅かに感じずにはいられない。
「……ところで、話を聞くと、矢張りあかしゃぐまという妖怪は座敷童子に似ています。確か僕の記憶では、座敷童子は夜中に糸車を回す音を立てるとか、奥座敷で御神楽のような音を立てるとかと聞いたことがありましたが、その赤赤熊様は何か特徴的な振る舞いをしたりするのでしょうか?」
中岡編集は座敷童子の逸話を持ち出し質問する。
「……赤赤熊様には、座敷童子などと同様に住み着いた家は栄え、いなくなると没落してしまうという云い伝えがあります。そうですね赤赤熊様の場合は夜になると仏壇の下から現れ眠っている人の足を擽るなどの悪戯を働くと云われていますけど……」
「夜中に足を擽るのですか……」
「ええ……」
中岡編集腕を組み唸る。そして富子の方へ顔を向けながら口を開いた。
「……そ、そのあかしゃぐま様が家から居なくなられてしまったと、弟様が何度も仰られていたと……」
「そうです」
富子は頷いた。
そして、富子は先程の続きを話し始める。
「……弟様が、あかしゃぐま様が居なくなられてしまった。と、何度も仰られはじめてから間も無くして、弟様が行方不明になってしまわれるという事件が起こりました……」
「えっ、ゆ、行方不明ですか?」
「ええ、その頃から弟様は様子が少々変だったと聞きます。夢遊病のようで、起きていてもいつも眼が空ろで、何度も何度もあかしゃぐま様が居なくなってしまった。あかしゃぐま様が居なくなってしまったと怯えたように云っていたというのです……」
富子からまたゴクッと生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
「そして…… その三日後の朝、井戸の水が妙だという事に気が付き、底を調べてみた所、井戸の底から弟様が発見されたと……」
「そ、そんな事が……」
中岡編集は蒼白な顔で小さく呟く。
「やっぱり、このお屋敷を漆喰で塗り固めてしまった事であかしゃぐま様が出て行ってしまわれて、それで不幸が訪れるようになってしまったんですよ、も、もしかしたら今回の件は、あ、あかしゃぐま様が抑え込んでいた怨霊か何かが刀を持ち出し、それを正治郎様の寝ている背中と、ご主人様の腹に突き立てたのでは……」
富子は震える声で訴えた。
「……富子さん、もうお止めなさい」
見かねた母親が、厳しめの声を上げた。
「…………」
富子は口を噤む。
「とにかく警察が調べているんだ、警察に任せるしかないよ……」
正一郎が制するように呟いた。