第二の殺人 壱
翌朝、恐ろしげな叫び声が屋敷内にこだまして、私と中岡編集は驚いて目を覚ました。時計を見ると、時間は朝の九時少し前だった。
「なんだ一体?」
中岡編集が声を上げる。
「す、凄い叫び声でしたね」
傍にいた刑事達は何事かと立ち上がり、その叫び声のする方へ向っていく。
「何があったか見に行ってみよう」
「えっ、ええ……」
大丈夫なのか?
そう思いつつも私は中岡編集に引き連れられ、刑事達に続き叫び声のする方へ向って行った。
この屋敷は家の正面に飛び出た形で玄関、仲ノ口のがあり、その奥から母屋となる屋敷建物になる。屋敷建物では建物の外側を廊下が囲んでいて、屋敷の正面左の廊下側には、書院造りの客間、正冶郎の部屋、正一郎の部屋、主人のいる奥座敷が順に並び、奥側の角には渡り廊下で繋がった離れの茶室があった。
反対側になる屋敷右側の廊下側には、手前から、我々がいる中広間、百合子の部屋、母親の部屋、居間、そして母屋から飛び出た形で土間、納戸といった構造になっている。土間部分は現在は床が作られ、そこに台所、トイレ、風呂場などが設けられていた。廊下はそれぞれの奥で行き止まりになっていて、その先は裏庭に出る戸が設けられている。
中広間を出た中岡編集と私は、正冶郎の部屋、正一郎の部屋の前を通過した。すると刑事達がその先の奥座敷の前に集まっていた。よく見ると、刑事達の足元で母親が腰を落とし座り込んでいる。その目は見開かれ恐怖に戦いた顔で部屋の中を見つめていた。私と中岡編集はおずおずと近づいていった。
「一体どうしたのですか?」
私は刑事の後ろから声を掛けた。
「じ、事件です。また人が殺されました……」
刑事と刑事の隙間から中を覗き見ると、白髪の老人が仰向けに寝転がり倒れている。そして、その腹には、布団こそ掛かっていないが、またしても日本刀が突き立てられていた。ただ今度の刀は脇差らしく長さは短かそうにみえる。
「一体、ど、どういう事なのだ、これは? どういう事なのだ刑部!」
前の方に立っていた石田警部の口から、苛立ち気味な声がもれる。
「朝、奥様が、御主人様に薬をお持ちするという事だったので、私が付き添いました。それで御主人の部屋の鍵を開け、戸を開いた所、このような状況だったと……」
母親の傍に立っている刑部と呼ばれた刑事が緊張気味に説明した。
「刑部、そなたが鍵を開けたのか?」
「は、はい」
鍵や鍵束は昨日から警察が保管していた。 夜中は万一の事があるといけないので、各々の部屋は内側から鍵を掛けてもらい、藤林家の主人の部屋は外から警察が鍵を掛けていた。逃げられない為と防犯の為の両方だ。しかしその鍵を開けたらこの有様だった。警察が驚くのは無理も無い。
そこへ正一郎と百合子が駆けつけて来た。
「ど、どうしたのですか一体…… ひっ! お、お父様?」
百合子が蒼白な顔で口を抑えた。
「こ、これは……」
正一郎はカッと目を見張ったまま固まった。
重苦しく胸が押しつぶされそうな空気がその場を支配する。
「も、申し訳ありません、ご家族の皆様は、広間の方へ集まってお待ち頂けますでしょうか? 申し訳ありません広間の方へ……」
少し焦り気味の石田警部は、主人の部屋の戸を閉め昨日の広間へと促がした。
母親、百合子、正一郎は、わなわな肩を震わせ、無言のまま広間に向った。もう何をどう話していいのか解らない様子だ。私も刑事に促がされ広間に向かい、広間の昨日座っていた場所に腰を下ろした。
しばらくすると、長屋の方から徳次郎、富子、将太、真奈美が刑事に連れられてやってきた。皆は一様に疲れの取れていない顔をしている。私もだが、こんな状況というのもあり、よく眠れなかったのかもしれない……。