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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
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事件発生  弐

 それからしばらくして、身延署から警察が駆けつけてきた。


 家族親族が呆然と見守る中、現場検証が細かく取り行われ、検死、鑑識などの調査が進められていく。


 一応、私の耳に入ってきた情報では、穴山老人は全身打撲、複雑骨折による死亡との事で、死亡推定時間は昨晩の午前三時頃、楼閣部分で一人で寝ていた穴山老人が誤って転落したのではないかという事だった。


穴山老人は寝酒をあおっており軽い酩酊状態であった事、穴山老人が寝ていた楼閣部分の部屋には中から鍵が掛けられていて、中には誰も入れない状態だった事が事故の可能性として見られている主因のようだ。


 しかしながら、私としては、どうにも腑に落ちない気がしてならない。


本当にこれは事故なのだろうか? まがりなりにも推理小説を書いている私の勘が事故だという事を拒否していた。


「中岡さん。私、穴山様が寝ていた部屋を見てきたいと思うのですが……」


 私は小さい声で耳打ちする。


「確かにちょっと気になる所があるな……」


 中岡編集も同意のようで小さく顎を引いた。


「目立たんように見てこよう」


 そうして、私と中岡編集は野次馬的な動きで、穴山老人の寝ていたと思われる部屋を覗きに行く事にした。


 母屋の一階の正面右手側に上に登る階段がある。私達はそこから二階へと、そっと上がってみた。

 二階部分には廊下と階段がある広い踊り場と、以前松子の部屋を訪ねてきた時に見たように松の間、竹の間、梅の間が並んでいた。どの部屋も警察が確認の為にしたのか襖戸が開け放たれている。


 踊り場部分から更に上層階へ上がれる少し長めの階段があるので私達は登って行く。最上階である三階部分も二階部分と同様、踊り場部分と部屋とに仕切られていた。


 三階には穴山老人の部屋だけしかないようで、踊り場部分からは穴山老人が寝ていたと思われる部屋に通じる戸が設けられている。


 最上階の四方を取り囲むベランダのような周縁部分へは踊り場部分からは直接出られないらしく穴山老人の寝ていた部屋を介して行くようになっていた。


「あれは警察が蹴破ったのかな?」


 中岡編集は訝しげに云った。


 部屋に通じる板戸は警察が来た時に壊されたのか、敷居から外れ部屋の中に倒れていた。戸の真ん中辺りは強い衝撃が加わったのか大きな窪みが出来ている。

部屋の中は、上品な書院造りになっていて、金屏風などもあり、まさに殿様の部屋の様相であった。


 部屋の中央には布団が敷かれたままになっていて、枕元にあるお盆には日本酒が入っていそうな徳利とお猪口が置かれてあった。


「あの布団で寝ていたようですね」


 私は視線を送りながら呟く。


 更に奥を見通すと、外から見た光景と同様に部屋から廻縁にでる戸が、大きく開け放たれていた。


 私はおずおずと部屋に入り込んだ。そして、腰を屈め内側に倒れている戸の状態を確認してみる。入口の戸の形状は部屋の内側に戸袋部分が設けられた片開きの引き戸で、上品に仕立てる事を意識したのか、襖風な板戸になっていた。階段側は普通の板戸ながら内側の面には水墨画のような絵が描かれてあり、周囲には黒い漆塗りの枠が付いている。


 戸袋のすぐ横には鍵代わりに使われていたと思われる角棒が転がっていた。角棒は戸が蹴破られた時の衝撃で浅い溝から飛び出たようだった。


 そんな部屋の様子を見ていた私の中に、何か微かな違和感がチラついてくる。


 ……ん、なんだろう…… 何かしっくりこないような感覚が……。


「……中岡様と坂本様は、一体何をされているのですか……」


「――!」


 私は喉から心臓が飛び出すかと思う程驚いた。


 戸の裏側、廊下側の戸の傍に松子が立っていたのだ。中岡編集も唖然とした顔で松子に視線を送っている。


此処へ登ってくる際にも、この最上階に登った後も人の気配など全くなかったはずなのに、私の僅か一メートル前方に松子が立っているのだ。


 私の心臓は割れ鐘を叩いているかのように激しく打ち付けていた。恐らく中岡編集も同様だろう。


 松子は、冷たい、まるで表情の無い人形のような顔で私と中岡編集に視線を向けていた。


「こ、これは松子さん…… あっ、いや…… ご主人様が落ちられた部屋が…… いえ、どうして落ちられてしまったのかなと思って……」


 唖然として口が利けない私に代わり、中岡編集が搾り出すように云った。


「何かございましたか?」


「えっ、いや、特に何も……」


 中岡編集は誤魔化し気味に頭を掻きながら答えた。


「そろそろ警察の方が帰られるそうです」


「あっ、そうなんですか、もう現場検証は終わりなのですか?」


 中岡編集は緊張気味に質問する。


「そのようですね……」


 松子は静かに答えた。


 もう引き上げるとすると、警察は何の疑いも無く事故と見たようだ。確かに誰も入れない部屋の廻り縁の手摺り部分から落ちたのだ。事故としか云いようがないだろう。


「一応、遺体解剖をするとの事なので、明後日警察病院に遺体を引き取りに行く事になりました。葬儀はその後になりそうです……」


 松子はこちらが聞いていない事まで話をしてくれた。


「……あ、あの、それで僕達はこれからどうしたら?」


 中岡編集は困惑気味に質問する。


私達を雇ったといえるこの家の主が死んでしまったのだ。もう埋蔵金などと云っている場合では無い気がする。


「それに関してのお話があるので、母がお二方に奥の間に来て欲しいと云っておりました」


 その奥の間というのは、あの謁見の間みたいな場所を指すようだ。


「い、いつ頃、お伺いすれば?」


 中岡編集は緊張気味に訊いた。


「今すぐにでも。私はお二人を呼びに参ったのですから」


「あっ、ああ…… そうなのですか…… それならすぐに向かいましょう」


 中岡編集は喘ぐ様に返事をした。




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