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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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事情聴取  漆

そうして、その後、藤林家の関係者は、この部屋に待機させられたまま、色々な調査、捜査、事情聴取などが続けられていった。


 困った事に私と中岡編集も帰してもらえない。


 正冶郎の遺体は、写真を色々な角度から取られ、正冶郎の部屋の細かな部分も撮影をした上で、夕方、警察車両に載せられ運ばれていった。


しかしながら夜になっても刑事達は帰らず、特に鍵束を持っていた富子と、一緒にいたという徳次郎に対し事細かく詳細を聞き続けていた。


 確かに二人が共犯だったとしたら密室の件も説明が付くし、現場不在証明における相互確認に関しては意味を成さない物になってくるからだ。警察もそこが重要だとみて重点的に詳細を聞いているようであった。しかし二人は頑なに双方でかばいあったりしていないと説明し、その上で実際一緒にいた旨を説明していた。また納戸の位置が台所の横であり、居間の斜め前である事から、母親と百合子に目撃されずに主人慶次郎の部屋に赴くのは難儀ではないかとも目されている部分もあった。


 現場不在証明の確証がある以上、不用意に逮捕する事が出来ないので、刑事たちはああでもないこうでもないと遺体が発見された部屋の調査、屋敷の見取り図を広げ話し合いを続けているのである。


 夜、十一時近くになった。


 未だ私と中岡編集は帰してもらえない。と云うかそんな話をする隙や機会も見出せない。まあ帰してもらえたとしてももう終電間際の時間だろう。いずれにしても帰るに帰れない状況である。


 さすがの藤林家の人々も疲労し苛立ち始めた。


「あの、すいません、さすがにもう遅いので、私達、部屋に戻って休んで良いでしょうか?」


 疲れた顔で母親が聞く。その後ろには百合子と正一郎が付き添っていた。


「あ、ああ、そうですね、もうこんな時間なので御座いますねすね。気が付きませんで大変申し訳御座いませんでした。わかりました。どうぞお部屋でお休みを取ってください」


 石田警部は粛々と頭を下げながら答えた。


「……ただ、一応諸注意なのですが、被害者の部屋には入らないようにお願い致します。まあ部屋の前には刑事が待機していますので基本的には入れないと思いますが……。それと刑事が玄関と、勝手戸の前に待機していますが、外出もしないようにお願い致します……」


 基本的にまだ謎だらけなので、誰が犯人かは分からない。しかしながら殺人事件の犯人をまんまと逃がす訳にもいかないので、可能性がある人間をこの家から出さないようにしておかないといけない状況になっているのだ。


「はい、分かりました」


 母親がそう答えたあと、母親、百合子、正一郎は各々の部屋の方へ去っていった。


 しかしながら私と中岡編集には帰る部屋が無い。刑事達が待機するこの広間に居続けるしかないのだ。


 藤林家の人々がいなくなってしばらくしてから私は石田警部に声を掛けた。


「……す、すいません、私と中岡の方はこの後どうしたらよいのでしょうか? 出来れば疲れたので私も寝たいと思うのですが……」


「ああ、小説家の先生、すいません縛り付けてしまって、ただ困った事に事件はとても複雑で難解を極めています。なので、まだお帰り頂く訳にいかないのですよ……」


 そこまで云いかけて、石田警部が改まり妙な微笑みを私に向ける。


「……それに後で貴方と二人だけでお話したい事がありますしね……」


 な、何だ? 私と二人だけで話したいって一体…… 中岡編集は要らないのか? 


 私は戸惑わずには居られない。


「そうしましたら、あちらの部屋の隅で座布団を枕と布団代わりにしてお休みになって下さい。座布団を腹の上に載せると良いですよ……」


 矢張りこの部屋で寝るのか…… とういかまたお風呂に入れないパターンだ。もう嫌だな……。


「……じゃあ、私と中岡はあちらを使わせて頂きます……」


 私は石田警部に声を掛けてから、中岡編集と部屋の隅のほうへ移動した。


「と云うことで中岡さん。私達はここで寝ることになりました……」


 私は下の畳を指差しながら呟いた。


「まあ、仕方が無いな、もう帰れないし諦めてこの部屋で寝ることにしよう。ただ今回の事件は実に複雑で難解だ。折角なので警察がどう解いていくのかお手並みを拝見しようじゃないか、あの石田という警部のお手並みをな……」


 妙に冷たい視線を向けられていたせいか、中岡編集からは微かながら敵対心が感じられた。


 そうして、私と中岡編集は近くにあった座布団を集め、それを並べその上に寝転がってみる。私は石田警部に云われた通りに掛け布団代わりに一枚の座布団を腹の上に乗っけてみた。中々良い感じだ。


 しかし寝るとは云ったものの、明るいし、話し声は聞こえてくるしで、全然寝付けない。


「……中岡さん。よく眠れませんね……」


 私は天井を見ながら呟いた。


「ああ、眩し過ぎるな……」


 中岡編集は顔に手を添えながら答える。


 私は大きく息を吐いてから呟いた。


「私、実を云うとお風呂に入ってからでないと、あまり良く眠れないんですよね……」


「汗臭くてか?」


 こ、こいつ、また要らぬことを云いやがったぞ。


「あ、汗臭くてなんかじゃありませんよ! スッキリしてないからでしょ!」


 私は小声で苦言を云う。


「それに私はそんなにすぐ汗臭くなりません! それに私は基本的にアロマティックな匂いに包まれていますから臭くありません……」


「でも、アロマって匂いを誤魔化す為のものじゃあ?」


 それ、ま、間違ってるでしょ!


「な、何、云ってるんですか! 違いますよ、アロマは匂いで心を落ち着かせるものでしょ、癒しですよ! 癒し! それに、そもそもあんたの云ってるのは昔の西洋人の香水の使い方だわよ!」


 私は怒り気味に小さく叫んだ。


「そうだったのか…… 僕はてっきり……」


 何がてっきりだ! このオッサン脳め! 


 そんな中岡編集が少し考え込む。


「……いや、でもアロマって…… 確か芳香って意味だったと思うぞ……」


「えっ、アロっ! ほ、ほ、ほ、本当の事ですか、そりゃあ?」


 こ、こ、こいついきなり妙な知識を引っ張り出してきたぞ。


「ああ、辞書にそう書いてあると思う。なので芳香剤はアロマティックと英語で呼ばれている。そして芳香というのはかぐわしい匂いという意味だ。まあアロマはアルコール製法が確立して香水が作られるようになる以前に香油として同義で使われていたと思うが……」


 な、何だと、か、かぐわしい匂いだと…。なんでこいつこんなに詳しいんだよ! ラマーズ法も知らなかったくせに……。


「……で、でも、ア、アロマは…… ア、アロマは…… 癒しを……」


 私は搾り出すように声を発する。


「アロマテラピーとなって初めて芳香を使った療法となり、癒しという概念が出てくる筈だが……」


「…………」


 そ、そ、そ、それが本当だったとしたら大変だ。


 確か私はアロマティックな匂いに包まれているとか、私はアロマよとか云った気がする。それも叫んで……。


 となると、私は芳香剤な匂いに包まれているだとか、私はかぐわしい匂いよ! とか叫んでいた事になる。まあ、がぐわしい匂いはいい匂いの意味だと肯定的に捉えたとしても、アロマが香水と同義なら中岡さんが合っていた事に……。


「…………」


 凄く恥かしい。


「ん、どうしたんだ?」


 中岡編集がしれっとした顔で問い掛けてくる。


 こ、こいつ私を泳がせていたのか、そして油断をさせておいて叩きやがった……。そして、しれっとした顔の裏で私を嘲笑っているに違いない。


 私は目を瞑った。


 ……ちくしょう…… 負けた。負けましたよ…… もう良いです。そして汗臭さを芳香で誤魔化していました…… それで良いんですね……。


 私は心の中で呟いた。


「……ア、アロマの使い方を間違っていたのは私でした……。眠れないのは少しだけ汗臭いのもあったかもしれません…… もう、いいです…… もういいですから、この話は終わりにしましょう……」


 私は元気を失い、囁くような声で呟いた。


「ど、どうした急速に元気が無くなったぞ、大丈夫か?」


「……大丈夫です……」


 ショックを受けている私を見ながら中岡編集が頬を掻いた。


「……そ、そんなに落ち込むとは…… 余計な事を云って済まなかったな…… 今後は云わないように気を付けるよ、まあ、明日には解放してもらえるだろうから、そうしたら昼に温泉にでも入って汗を流そうじゃないか、伊賀には赤目温泉というのもあるらしいぞ、ほら温泉に入れば一発だよ」


 一発って、それも汗臭いって前提なのでは?


 落ち込んでる私に、止めの一発までくれやがった。


 ふと、中岡編集が何かに気が付いたように声を上げる。


「いや、だが、事件が上手く解決すれば良いが、もし長引くような事があれば、拘束が長引いたり、監視が付いたり、今後警察署に呼び付けられたりと、大変な事が続きそうだな……」


「……そ、それは煩わしいですね」


 私は弱弱しく眉根を寄せる。


 明日、温泉に入れないかもしれない……。


「質問なのだが、そんな状態から早く脱するにはどうすれば良いと思う?」


「えっ?」


 私は戸惑い気味に聞き返した。 


「その答えは至極簡単だ。事件が解決さえすれば良いのだ。そうだ、もし警察がいつまでも事件の真相を暴く事が出来ないでいるようなら、推理小説家の端くれとして、君がこの事件を真相を暴いてしまえば良いのだよ」


 中岡編集が不敵な顔で私を見る。


「えっ、ま、またその流れをしちゃうのですか……」


 私は戸惑いつつ訊く。


「しちゃうのだ。いつまでもノロノロとしているようなら、真相を突き付けてやるのだ。なんだかよく解らないが僕に対して蔑んだ視線を送ってくる、あの石田という警部の鼻を明かしてやるのだよ!」


 矢張り石田警部に少し敵対心を抱いていたようだ。


「さあ、それで君はこの事件をどう考えているのだね?」


 敵対心は抱いていても、事件解決は私に丸投げらしい。


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