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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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事情聴取  陸

 そんな話をしていると、また別の刑事が襖戸を開けて入って来た。


「石田警部、この家の使用人だという男が戻ってきましたが、どう致しましょうか?」


「買い物に行っていたという使用人ですね、その人からも話を聞きたいと思います。この部屋に来てもらって下さい」


 石田警部は頷き指示を出す。


「はい」


 そして、入口から刑事に付き添われ、坊主頭で背の丸まった何か自信なさげな男が入って来た。年齢は二十歳前後と思われる。薄いながら一応整った顔立をしていた。


「野口将太さんでございますね?」


「は、はい」


 将太は立ったまま返事をする。


 手には買い物をしてきたと見られる野菜などが入ったビニール袋が重そうに握られていた。それをみた富子が手招きで自分の所に招き寄せる。


 将太は腰を更に屈め、富子の傍に近づいていった。そして野菜などを富子に渡してから、富子近くの下座に腰を降ろした。


「野口将太さん、なんとなく感じられているとは思いますが、この屋敷で大変な事が起きています」


「えっ? た、大変な事って?」


「ええ、この家のご次男であられる正冶郎さんがお部屋の中で殺されていたのです」


 石田警部は厳しい表情で言及する。


 将太はビクっと身を震わせた。


「えっ、ええっ、正冶郎お坊ちゃまが…… 殺されたですって……」


 そして、唖然とした顔を周囲に向ける。皆は小さく頷いた。


「そ、それは、ほ、本当の事なのですか? しかし、ど、どうしてそんな事が…… 」


 将太は震える声で質問する。


「それは、まだよく解りません、そして亡くなられた部屋というのが、鍵が掛かっていて誰も入れない状態だったのです。いやいや、本当に不可解な事件なのでございます……」


 石田警部は困ったという表情を作りながら説明する。


「……それでなのですが、申し訳ありませんが、調書を作るのに必要というのもありまして、あなたが朝から今までどう過ごされていたかをお伺い出来るとありがたいのですが?」


 将太はハッとした顔をする。


 その時ようやく自分も疑われていると気が付いたようだ。


 将太はごくっと生唾を飲み込んだ後、ゆっくり話を始めた。


「じ、自分は、朝に徳次郎さんと富子さん、真奈美と一緒に朝食を取った後、徳次郎さんと一緒に庭や塀の掃除をしていました。十時一寸過ぎに、富子さんから買い物の依頼を受けて、佐那具駅から伊賀上野駅まで行き、そこで伊賀線に乗り換え伊賀市駅まで赴き、伊賀の町へ向いました。それで野菜や、お肉、お惣菜などを買い揃えて、伊賀市駅から列車に乗り、今帰宅したのです。そんな感じですが……」


 将太は何を話していいか良く解らないそうな顔で説明した。


「なるほどです。町でお買い物ですね。ところで、それぞれのお店のレシートはお持ちでございますか?」


「ええ、それは当然です。自分の買い物をした訳ではありませんから……」


 そう言いながら、将太は和風な生地で作られた財布を取り出し、中からレシートを抜き、それを並べた。


「拝見して宜しいですかな?」


 将太は頷いた。


 レシートは、ぱっと見たところ、インクで印字されるタイプのものばかりだった。よく見ると日付や時刻も刻印されている風であった。


 石田警部はそれを並べ眺めている。


 そんな話の最中、いきなり襖戸がスーと開いた。


「失礼します。使用人の女性の方も戻られましたが……」


「神社に行っていたという女性の使用人の方ですね、この部屋に来てもらって下さい」


 石田警部は頷き指示を出す。


「はい」


 しばらくすると刑事が戸の陰がら、女性を招きいれてきた。


 年の頃はまだ十代と思しき感じで、背は百六十センチメートル程はあるが、あどけなさが残っている。兄によく似ていて、地味で薄い顔をしているが、化粧映えする整った顔立ちとも言えた。


「貴方は野口真奈美さんですね、それではお兄様のお隣にお掛け頂けますでしょうか? 宜しいですかな奥様?」


 石田警部は母親に礼儀上の確認をした。


「えっ、ええ」


 石田警部の指示に従い、真奈美は兄将太の横に腰掛けた。人数も増え、十二畳の部屋も段段狭くなってきた印象だ。


「野口真奈美さん、今お兄様にもご説明させて頂いていたのですが、大変な事が起きています。実はこの家のご次男正冶郎さんが殺されていたのですよ」


 真奈美は、えっ、と口に手を当てながら小さく叫んだ。


 そして震える声で質問した。


「そ、そんな、どうしてそんな事が……」


「残念ながら、それはよく解りません、……それでですね、いきなりで大変申し訳ないのですが、あなたの朝から今までどう過ごされていたかを、少々お伺い出来るとありがたいのですが?」


 石田警部の云わんとしている事がすぐ解ったのか、真奈美は何度も頷きながら消えそうな声で話し始めた。


「わ、私は朝に徳次郎さん、富子さん、それと兄と一緒に食事を取りました。庭の掃除などをして、その後は奥様とお嬢様の食事の準備と後片付け等をしていたのですが、奥様のお言いつけを受けて、青山町にある大村神社に去年のお札を返しに行く事になりました。出掛けた時間は確か十一時頃だったと思います。佐那具駅から伊賀上野駅まで行き、伊賀上野と伊賀神戸を結ぶ伊賀線に乗り換え伊賀神戸まで行って、そこからは歩いて神社に向いました。それが終ったので、今帰ってきたところなのですけど……」


 他の者の証言通りの行動だった。


 そのまま過ぎて、それ以上あまり聞けない感じである。


「それで、それが買ってこられた新しいお札ですか?」


 石田警部はお札に視線を送りながら質問する。


「ええ、そうです」


「なるほどです……」


 そうして、その後も石田警部の口からは、正一郎や将太、真奈美に対して何処に寄ったかとか、食事はどうしていたのか等の細かな質問が続けられた。


 大凡の聞き取り調査が済んでから、石田警部は改めて皆に向って話をし始めた。


「……さて、今現在ご病気の御主人様を除いて、一応この家の関係者は全てこの部屋に集まっていることになりますかな?」


 皆は各々頷いてそれを肯定する。


「因みになのですが、ご主人様はどのようなご病気なのでしょうか?」


 石田警部は百合子と母親に視線を向けて質問する。


「主人は筋萎縮性側索硬化症という病気なのです」


 母親が答えた。


「筋萎縮性側索硬化症ですか…… その病気になってしまうとは歩けなくなってしまうものなのでしょうか?」


「ええ、初期の頃は歩けますが、中度、高度になると歩けなくなってしまいます。主人は中度以上の状態なのでもう殆ど歩けません」


「なるほど…… 歩行は困難だと云うのですね……」


 石田警部は細かく何度も頷いてから、ふうと大きく息を吐いた。


「……いやいや、しかしながら大変困った事件の様相を呈してまいりましたぞ。内側から鍵が掛けられた部屋の中で、殺人事件が起こっている。そして、中に入る事が出来る鍵を持った人間は、殺人事件か起こっていた時間、納戸で掃除をしていた。そして同伴者もいたという状態。それらを見ると、いわゆる不可能犯罪といった様相でございます。また被害者の部屋が荒らされた気配もないので、物取りの外部犯とも思えません。となりますと、これはおそらく怨恨が原因とも考えられます。怨恨という事になりますと、ご家族、同居人、近所の方々、古い縁などが考えられまして、家族の方は勿論の事ながら、僅かながら外部犯の可能性なども出てきます……」


 石田警部は額をを掻く。


「……屋敷周囲を調べた所、正面の門以外に屋敷の北側の塀にも勝手口がありました。そこを出るとこの屋敷の乗っている小山の裏手に出られます。その勝手口から侵入した外部犯という事も考えれなくはありませんが、そこまでの怨恨を持つ外部犯というのもちょっと考えにくい気もします。まあ、本当に難しい事件ですので、色々な角度から調べていくしかないと思われます」


 そこまで云いかけて、石田警部は改まった様子になり少し躊躇いがちに声を上げた。


「……それで申し訳ありませんが、まだ色々調べていかなければなりませんので、我々は目処が立つまで、この屋敷に留まらせて頂きたいと思うのですが。宜しいでしょうか奥様?」


「ええ、まあ、状況が状況ですから……」


 母親は同意する。


「申し訳ありませんが宜しくお願い致します」


 石田警部が頭を下げた。


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