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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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事情聴取  伍

 家族や家の使用人に関しての質問がある程度落ち着いたのか、石田警部がゆっくり私と中岡編集を見た。ただ気のせいか妙に馴れ馴れしい視線である。


「さてと、それでは部外者である小説家の先生と出版社の編集さんに、お話をお伺いしたいと思うのですが宜しいでしょうか?」


 そして僅かな笑顔のままじっと私を見詰める。一体なんだろう?


「は、はい」


 私は戸惑いつつ緊張気味に応える。中岡編集は意外にも真面目そうな顔で頷いた。


「脇坂刑事の方からある程度の事は聞いているので、伊賀上野に到着してから、遺体を発見した時までのお話を聞かせて頂けますでしょうか?」


 ……脇坂刑事から話を聞いているのか……。変な風に伝わっていなければ良いが……。


「わ、わかりました。それでは中岡と私の行動は重複していますので、私の方が代表してご説明させて頂きます」


 私は妙に視線を向けられるので、そう発言した。


「宜しくお願い致します」


 石田警部は笑顔のまま美しく頭を下げた。


 そして、私は静かに話し始める。


「まず私達は、午前九時半頃、伊賀線で伊賀上野駅に到着しました。最初は伊賀上野城に入ってお城を見学し、その後は伊賀流忍者博物館を見学するべく向かったのですが、休館中で入れませんでした。仕方がないので城の南側の城下町のあった辺りに移動して、松尾芭蕉の生家を見学して、武家屋敷を二つ程を見学しました。ただ本来の目的である忍者屋敷に近い建物を見学する必要があったので、色々探し歩き回りました。その結果こちらの屋敷に辿り着いたという訳です」


 私は上野城の入場券を財布から出しながら説明をした。


「なるほど、忍者屋敷を探されていたと……」


「ええ、そして、この屋敷に着いた後は百合子さんにご案内頂いてお屋敷の中へ……」


 私の説明に石田警部は納得気味に頷く。


「まあ、詳細を訊いたところでは、貴方とそちらの男性は、ほぼ事件には関係なさそうに感じられますが……」


 石田警部はそう云いながら私の目をじっと見詰め何故か優しく頷く。まるで解っている。と云っているかのようだ。


 続けて中岡編集に視線を移す。しかし、同じように頷くかと思いきや、何故か妙に冷たい蔑んだような視線を向けた。これは一体?


 そんな石田警部の妙な対応に中岡編集は戸惑い気味になっていた。


「とはいえ、表面に見えない部分で何かあるかもしれませんので、貴方とそちらの男性と藤林家の関係などは一応調べさせて頂きます。申し訳ないですがご了承願います……」


 石田警部はまたまた美しく頭を下げる。


「わ、解りました」


 私は答えた。意外にも推理小説家だという事や、ペンネームを坂本龍馬子と名乗っている事などへの言及は無かった。


 そんな折、玄関の方から、「ひゃあああ!」という変な声が聞こえてきた。と思ったら、先程の左近と呼ばれた刑事が血相を変えて広間に駆け込んできた。


「どうした左近!」


「だ、大変です三成様、ひ、被害者が、蘇って化けて出ました!」


 どうでも良いけど三成様って呼ぶのはありなのだろうか? 大変な状況なのだが私は呼び名が気になって仕方がない。


 左近刑事の後ろから誰かがスタスタ追って来た。そして、その誰かが戸の隙間から姿を現す。


「ま、まさか…… な、何故じゃ、な、何故、ひ、被害者が、立って歩いておるのじゃ!」


 冷静そうな石田警部が、少し取り乱したように戸の隙間から姿を現した人物を見詰めている。近くで左近がほらほらといった様子で指を向けている。ちょっと失礼な感じだ。


 その男は白いシャツ姿で、茶色っぽいスラックスを履いていた。人相は聡明そうな顔立ちで、丸い眼鏡を掛けていた。好男子然としてはいるが、唯一の欠点としては顎が手前に突き出ており、俗に言う受け口であった。その欠点がなければ相当の好男子だと思われる。


 しかしながら、私は遺体の顔を見てはいないので、石田警部達が云うように、それが被害者である正冶郎という人物なのかどうか判断は付かなかない。


「百合子、母さん、一体何があったのです? この人達は誰ですか?」


「ああ、正一郎、今帰ったのですか、実は大変な事が起こってしまって……」


「何っ? 正一郎ですと?」


 この部屋に来る前に遺体を確認していたと思われる石田警部は、その声を聞き、何度も振り返り顔を確認する。


「申し訳ありません説明が遅れました。長男の正一郎です。一応、弟の正冶郎とは双子なのです」


 それを聞いた石田警部は大きく息を吐いた。


「ど、どうりで…… 瓜二つな訳か……」


「百合子、母さん、一体何があったのです?」


 再度の質問に、母親が重々しく口を開いた。


「……正一郎。心して聞いて下さい…… しょ、正冶郎が死にました……」


「えっ?」


 状況が読み込めないらしい正一郎は困惑した表情を浮かべている。


「……しょ、正冶郎が死にました…… 正冶郎が死んだのです。部屋で刺されて殺されていたのですよ!」


 母親は感情が高ぶったのか、語尾の方は叫ぶように云い放った。


「そ、そんな、嘘でしょ」


 驚愕の表情を浮かべ正一郎が聞き返す。


「嘘ではありません。本当の事です。ここにいる方々は刑事さん達です。正冶郎の殺害の調査にいらしているのです」


 正一郎は拳を強く握り僅かに唇を噛んだ後、いきなり部屋を出た。


 部屋の外からはタタタタという歩く音が聞こえてくる。恐らく正冶郎の部屋に向かったのだろう。


 五分程すると、正一郎は蒼白な顔で戻って来た。その肩がわなわな震えていた。


「一体、だ、だれが! だれがあんな事をしたのですか!」


 正一郎は部屋にいる全ての人に、怒りの視線向けながら質問する。


 その質問に石田警部がやんわりと答えた。


「まだ解りませぬ…… 今それを調べている所でございます……」


 正一郎は棒立ちのまま動かない。


「……まあ、お怒り、憤りは解ります……。ですが、少し落ち着いて頂けると有難いです。お座り頂けると幸いで御座いますが……」


 正一郎は石田警部に促がされ警部の隣りに腰を下ろす。


「それで、このような事件が起こってしまったので、今、ご家族の方々に色々お話を伺っていた所なのです……」


 そこまで告げてから石田警部は少し躊躇いがちに続ける。


「……そんな訳で、その、いきなりで申し訳ございませぬが、なんと申しますか大変恐縮でありますが、え~っ、正一郎さんの朝から今までどのような行動を取られていたかを、少々お聞かせ願えると有難いのですが……」


 瞬間、正一郎の顔色が変わった。自分の予想外の質問がきたせいかもしれない。


「ま、まさか私を疑っているのですか?」


 怒りと驚きの入り混じった震える声で、正一郎が石田警部に聞く。


「いえいえ、正一郎さんがいらっしゃる前に、他の方々にも同じような質問をさせて頂いて居ります。一応お伺いさせて頂きたく存じます、警察の調書を作る際の形式的なものと思って頂ければ幸いでございます」


 石田警部はまた姿勢を整え畳に額を付けるほど深々と頭を下げる。ここまでされると簡単には断れないだろう。

 

「……私にはやましい事などないですから、別に良いですよ話します、それよりちゃんと犯人を捕まえて下さいね」


 正一郎は納得がいかない様子ながら説明し始めた。


「私は、朝八時頃いつものように家を出て、佐那具駅から列車に乗り、伊賀上野駅で伊賀線に乗り換えて上野市駅まで行きました。そして、いつも行っている上野城傍にある。喫茶メルシーで朝食を食べてから、図書館に入り、閲覧室で色々な本を読みふけっていました。そしていつもどおりの時間で切り上げ、ここへ帰って来たのです。只それだけですよ」


 近くで刑事が手帳に詳細を書き込んでいく。後で確認に行くのだろう。


「……なるほど、先程お母様にもお伺い致しましたが、ほぼ毎日の日課的になっているという事でございますね」


「ええ、そんな感じです」


 正一郎は多くを語らず返事をする。


 自分の話などより、事件の本筋の話を進めて欲しいといった感じだった。

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