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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第二章
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事情聴取  弐

 そんな話を横で聞いていた私と中岡編集に、いきなり声が掛かった。


「ところで、お話に拠ると貴方達も第一発見者の一人のようですが、貴方達は何者なのですか? 一体何の目的でこの家の見学をしていたのでしょうか」


 刑事は探るような視線を送ってきた。


「えっ、ああ、僕ですか、僕達ですよね…… えーと、僕は中岡慎一と申しまして、東京で出版社の編集をしております……」


「編集ですか」


「ええ、それと、こっちの連れは僕が担当している小説家で坂本亮子と云います」


 中岡編集は緊張気味に答えた。


「出版社の編集の中岡さんと小説家の坂本さんなのですね」


「え、ええ」


 刑事が手帳に書き込んでいく。


「それで、何をしにこちらの家へ?」


「えっと、今回坂本の方に忍者屋敷を舞台にした小説を書いてもらう事になり、その取材として伊賀にやって来たのです。一応、上野城の伊賀流忍者博物館をメインで見学する予定だったのですが改修中だったようで、赤井家や入谷家のお屋敷を見学した後、趣のある武家屋敷であるこちらのお屋敷を見付けて、取材をお願いさせて頂いたのです」


 説明を聞いた刑事は、怪しげな視線で私と中岡編集を見る。


「……忍者屋敷を舞台に小説ですか…… それで、どんな感じの小説を書かれる予定だったのですか? 時代小説か何かですか?」


「え、えっ、えーと」


 中岡編集は躊躇っている様子だった。


 こんな状況の中、推理小説を書いているなどと云ったら疑われる事この上ない。ただ時代小説を書いているなどという嘘を下手に付くのは余計不味い気がした。


「え、えーと、それは推理小説、で、です」


 中岡編集がそう答えると、百合子を始めとした藤林家の人間の視線が集中した。やや批判的に感じるのはこんな状況だからであろうか……。


「ほう、推理小説ですか、なんだか偶然というか何と云うか……」


 刑事は新しい情報に興味を持ったようだ。


 そして更に質問を重ねてくる。


「因みに筆名は坂本亮子さんのお名前のままで?」


 すでに百合子には坂本龍馬子というペンネームだと紹介してしまっている。こんな場で発表されるのは嫌だが致し方がない……。


 中岡編集が頭を掻きながら答える。


「い、いえ、坂本龍馬子というペンネームです。本人の顔貌、体型が坂本龍馬に似ている事からそう名乗っているのですが……」


 ゆっくりと脇坂刑事の視線が私に向けられた。私の服やスカート、髪型が見られている気がする。そして目が合った。


「ぶはっ!」


 いきなり質問していた脇坂という刑事が噴きだした。そしてその噴出した唾液や鼻水が斜め前に座っていた徳次郎の顔に噴きかかる。


「うわっ、汚ねえ! 何するんだこの刑事!」


 徳次郎は遠慮の無い声で刑事を怒鳴りつける。


「けはっ、ごほ、ごほ、す、すみません、すみません…… 思わずツボに入ってしまって……」


 脇坂刑事は涙目で頭を下げる。徳次郎は顔の唾液を必死に袖で拭い取る。


「くせえ、何て真似しやがるんだ! 鼻水まで垂らしやがって汚ねえたらありゃしない」


 ああ、そういう時は擦らずに叩くようにしないと……。


「すみません、すみません」


 脇坂刑事は頭を下げつつハンカチを取り出し自分の鼻水を拭った。そしてテンパっているのか、そのハンカチを内折にして気遣ってか徳次郎に差し出す。


「いらねえよ、そんな汚ねえハンカチ、とっとと閉まってくれ」


 徳次郎はキレ気味な声で叫んだ。例の如く徳次郎は刑事であろうが遠慮がない。


 しかし、なんだか大変な騒ぎになってきた。


 そんんな中、家族が殺された百合子や母親はこんな大変な場で何をふざけているんだ。といった冷たい視線で脇坂刑事を見ている。


「ふー、ふー、ふうー」


 脇坂刑事が自分を落ち着かせるかの如く息を吐く。そして私の方を見ないようにしながら手帳にメモを書き込んでいく。


「す、推理小説家で坂本、りょ、龍馬子と名乗っている……」


 改まって脇坂刑事が顔を上げた。だが意図的に私の方は見ないようにしている感がある。


「そ、それで、お二方のお住まいはどちらですか?」


「東京です」


「私も東京ですけど」


 私も声を上げて答えた。


 私の答えを聞いた所で、脇坂刑事はもう堪らないといった表情で顔を赤くしつつ私を見詰め言及してきた。


「ち、ちょっと、あなたのその格好は何ですか? コスプレか何かなのでしょうか? ワザとやっているんですか? ワザとやっているんでしょう!」


 その刑事は失礼にも私の格好について言及してきた。ちょっと逆ギレ気味だ。


「ち、違いますよ。これは私の普段着です」


 私は憮然として答える。また同じ事を云わなければならないのか……。


「ボサボサの髪に袴みたいなスカートを履いて、ウケを狙ってるとしか思えませんよ、それでペンネームが坂本龍馬子ってあんた」


「あんたって何ですか、私はウケなんて狙っていません。別に普通の装いですよ」


 私は出来るだけ怒りを抑えながら言葉を返した。


「貴方、不謹慎だ。こんな緊張した状況だというのに。私を笑いで貶めようとしている。私は真面目に職務を務めたいんだよ」


 まるで全ての責任が私の容姿にあるような言い方だ。


「真面目に職務をしたいという気持ちは解りますよ、でも私は何もしていません。貴方が勝手に一人でツボに入ってしまっただけじゃないですか」


 正論だろ。私は散々失礼な事を云われても我慢しているんだぞ。


「…………」


 脇坂刑事は恨めしそうに私を見た。


「ねえ、貴方、済まないですけど、ちょっとの間その男性の背中の後ろに隠れてくれないですかね?」


 そして躊躇いがちに言及する。


「えっ、ええ、別に構いませんけど……」


 視界から消すのか。


 仕方がなしに私は中岡編集の背の後ろに体育座りをして隠れた。何か気に入らない。


「ふう、これで何とか落ち着ちつける……」


 余計なお世話だ!


 ようやくその場が落ち着いたかと思ったら、すっと広間の襖戸が引き開けられた。


「只今戻りました」


 それは母親と、長束刑事だった。


「御主人様は特に問題なく、奥座敷で寝ていましたよ」


 長束刑事が報告し、その横で母親は頷いている。


「お母さま、本当に、お父様は特に何もなかったの?」


 百合子は心配そうな表情で声をあげる。


「ええ、変わりはなかったわ、容態も安定していたわ」


「よかったわ」


 百合子はホッとした声を上げた。


「しかしながら、長男の正一郎さんと、外出されている使用人の方々は、まだお戻りにならないのですね」


 何とか落ち着きを取り戻した脇坂刑事が時計を見た。


 今時計は二時半を指している。


 そんな折、俄かに玄関の方が賑わしくなった。百合子がハッとした顔をする。


「もしかしたら兄が帰ってきたのかもしれません」


「それでは、事情を話さなければいけませんので、私も行きます。ご一緒に玄関までお願い出来ますか?」


「え、ええ」


 百合子と、脇坂刑事は玄関に向って行った。


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