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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章       ● 其ノ四 伊賀屋敷殺人事件
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伊賀へ  陸

 百合子がフラフラ、布団に近づいていく、そして徐に布団の裾に手を伸ばした。


「駄目ですよ! 触っては駄目です」


 私は厳しめの声を上げた。


 百合子はハッと振り返る。


「こういった場合は、一刻も早く警察を呼ぶ方が先決です」


 私は目を見詰めて言及する。


 傍にいた富子が我に返ったような顔をした。


「そ、そうですよね、私、警察に電話してきます」


 富子は私と中岡編集の脇を抜け、廊下を小走りに進んでいった。


 私と中岡編集、そして百合子はその場で立ち尽くしている。


 まさか訪問した先で、こんな出来事に出くわすとは想像もしていなかった私は、なんと声を掛けて良いか解らない。


「あ、あの下には本当に兄が……?」


 百合子の問い掛けに、中岡編集が躊躇いつつも搾り出すように返した。


「さ、さあ、分かりません。悪戯の可能性もあります。いずれにしても、これは警察が確認しなければいけない事だと思いますよ……」


 そこへ、叫び声を聞きつけた年配の女性と、年配の男性が駆けつけてきた。年配の女性の方はこの家の人間、男性の方は使用人のような感じだった。


「ゆ、百合子、どうしたのですか?」


 百合子の母親とおぼしき年配の女性が質問してくる。


「あ、ああっ、お母様! お母様! 大変です。大変なのです! お兄様が! お兄様が! 部屋で……」


 只事ではない百合子の様子に、母親は、何事かと、正冶郎の寝室を覗き込む。


「ひっ!」


 母親は、蒼白な顔をしながら、息を飲み口を抑えた。


 人はあまりにもショックを受けると言葉が出てこなくなる。顔は恐怖に憑りつかれ恐れ戦いていた。母親は何かを云おうと口を開けるが、しばらく言葉が出てこない。


「……ゆ、ゆ、百合子! ま、ま、ま、ま、まさか、正冶郎があの下に……」


 母親はがたがた震えながら喘ぐように質問してくる。


「い、いえ、ま、まだ解りません、い、いま、富子さんが警察に電話しにいきました。警察に確認してもらうまでは解りません…… で、でも」


 百合子の言葉の先には、兄かどうかは解らないが、誰かが布団の下で死んでいるようだ。という言葉が続くのではないかと思えた。


「き、貴様等か、貴様等がこんな真似をしやかったのか!」


 いきなり年配の使用人風の男が、中岡編集に掴みかかった。


「えっ、ぼ、僕ですか! 僕は何もしてませんよ」


 中岡編集が慌てふためき説明する。


「黙れ、貴様等以外に怪しい奴はおらんぞ!」


「で、でも無関係なんですって!」


 ぼかっ、という音と同時に中岡編集の顔が無様に歪んだ。


「ひいいっ、な、殴られた。と、と、父さんにも殴られた事が無いのに……」


 どっかで聞いた事があるセリフだぞ。


「観念しろ、悪党め!」


 更に年配の男は中岡編集を腕三角締めで締め上げる。柔道でもやっていたようだ。


「ひ、ひあああああああっ、た、助けて、痛い、痛い、誤解です! 誤解ですって!」


 悲痛な表情で中岡編集が叫んだ。


「貴様が殺したとき、助けを求める正治郎様に慈悲の心を示したか? 示していないだろう!」


「だ、だって布団の上からじゃないですか、慈悲も何もないですよ~」


「矢張り無慈悲でやったか!」


 年配の男の腕に力がこもる。


「ぎ、ぎやあああああっ、やってませんよ、お、お助けを……」


 私は殴られたり締め上げられたりされるのは嫌なので、壁際で身を縮める。


「や、止めてください! 徳次郎さん、その人は、全く関係がありません。その人は何もしていませんから」


 百合子が慌てて男を静止する。


「じゃあ、この見覚えのない男は一体誰なんです? そしてあのデカい女は」


 徳次郎と呼ばれた年配の男は、私に対し鋭い視線を向けながら質問する。デカいは余計だぞ。


「その方々は、通りがかりの方です。この家を見学したいと仰られたので、私がお見せしながら案内していた所だったのです……」


「け、見学だって……」


 その使用人は大きく息を吐き、腕の力を緩める。


「ええ、見学です。それに、この部屋には私達が来た時には鍵が掛かっていたのです。そして、開けた中にあの惨状があったのです。その方々が、何かをした。しない。というような話ではありません」


 百合子のキッパリした声に、徳次郎という使用人は少し私に対する視線をやわらげた。


「こ、こんな時に、見学したいだなんて間際らしいことこの上ないな……」


 徳次郎は吐き捨てるように云いつつ中岡編集を解き放つ。


「なんて真似をしやがるんだ、この爺いめ」


 中岡編集は肩の関節を回し動きを確認しながら小さく悪態をつく。


「爺だと?」


 徳次郎はぎろりと中岡編集を睨んだ。誤解で殴った事への謝罪の意識は皆無らしい。


「い、いえ、なんでもありません……」


 爺の眼力が怖いのか中岡編集はすぐに口篭る。


「……し、しかし、あの下には、本当に、正冶郎お坊ちゃんが?」


 徳次郎は改めて百合子に質問した。


「解りません、ですが、私達だけで確認するのは得策ではありません。今、富子さんが警察に電話をしに行っています。警察が来るのを待ちましょう。……それに確認してみたい気持ちもありますが、あ、改めて考えると、正直云って見るのは怖いです……」


 さすがに血の匂いが漂う部屋の中で、あの刀が突き刺さった布団を開けてみるのは勇気がいる。まだ布団を開けてみる前ならば悪戯の可能性が残されているが、布団を捲った上で、人が殺されているという恐ろしい現実を突き付けられてしまう事も、恐ろしくて仕方が無いのだろう。皆もさすがに同意のようで、黙って頷いた。


 しばらくすると、先程の使用人女性、富子が戻って来た。


「け、警察の方がたはすぐに来てくれるそうです。私、ご案内する為に門の前で待ちしていた方が宜しいでしょうか?」


 富子は強張った表情で質問してくる。


「そ、そうね、その方が良いわ、富子さん、宜しくお願いします」


 百合子は返事をした。


「は、はい、では見えられたら、こちらに案内いたします」


 そう言って、富子はまた玄関の方へ向って行った。


 私としては推理小説を書いているというのもあり、不謹慎ながら、この奇妙な事件に多少の興味が沸いてしまった。古い屋敷内で起こった密室殺人事件。取材に来た所で思わぬ体験に遭遇したとも云える。


 だが想像で本を書いているのと、現実の事件に遭遇したのでは矢張り随分印象が違う。生臭いというか鉄臭い血の匂い、全く動かない重く存在感のある遺体らしき物体……。身震いするような感覚だ。


 私と中岡編集は予期せずにまたまた随分大仰な事に巻き込まれてしまった。


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