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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第一章       ● 其ノ四 伊賀屋敷殺人事件
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伊賀へ  参

 程なくして列車は上野市駅へと到着した。私と中岡編集は改札を出て、伊賀の町に降り立ってみる。


「とうとう着きましたね、威風堂堂と伊賀上野城が聳え立っているのが見えますよ」


 私は城を仰ぎ見ながら云った。


「ああ、良いな、町の中心に城があると町が引き締まって見えるな」


「そうですね」


 私も頷く。


「それでなのだが、折角なのでその伊賀上野城を見学してみようじゃないか」


 中岡編集が上野城を指差しながら言及する。


「それは良いですけど、随分町が新しくなっているみたいですけど、目的の忍者屋敷はちゃんとあるのですか?」


「ふふふ、安心したまえ、ちゃんと目星は付けているから……」


 中岡編集はニヤリと笑った。


 私と中岡編集は城の敷地内を歩き進み、天守閣手前の受付で登閣料を支払い、案内の栞を手に天守閣内へと足を踏み入れる。


「ほうほう、この城は筒井定次が築城したようだな、ただ筒井定次が城を築いた当時は、百八十メートル程の丘の上に大型の砦を配置した程度の物だったらしいぞ」


 受付で貰った案内の栞に視線を落としながら中岡編集が呟いた。


「本格的な天守閣が作られ始めたのは安土城辺りでしょうから、豊臣傘下の一大名では最初はそんな感じじゃないですかねえ~」


「まあな。だが、築城の名手と謳われた藤堂高虎の支配下に置かれた後も天守閣は作られなかったらしいぞ」


「そうなんですか? でも此処は立派な天守になっているじゃないですか?」


 私は足元を指差しながら云った。


「いや、実際は本丸、天守閣が作られる事がないまま江戸期を過ごす事になったようだ、藤堂高虎が石垣まで作り、大阪の役の際に豊臣方の反攻が起こった場合や、長期化した場合に豊臣方の押さえとして天守閣まで作る予定ではあったらしいのだが、大坂の役が思ったより早く終ってしまった為に作られなかったとの事だ」


「じゃあ、この天守は? まあ鉄筋コンクリートの再現天守だとしても形はどうなんですか? 適当にですか?」


「いや、古い図面を元に昭和七年に観光客誘致の為に模擬天守が建てられたみたいだ。形は予定していたものだろう」


 その建物内部は基本的に資料館となっていた。藤堂家ゆかりの品々や横山大観の絵などが飾られている。


 そんな話をしながら私と中岡編集は一番上の層にまで登りきった。この城には周縁はないが、格子窓から外の様子が窺えた。


「堀に関しては、昔は城を取り囲むように内堀があったようだが、現在は埋め立てられ、城の西側に残されているだけになっているらしい。外堀は正式には無いが、北は服部川、南は久米川、西は木津川がその役割を担っていたとの事だ。城のある場所は地理的に天然の要害だったと云えるだろう」


「なるほどです。よく考えて築城されているのですね」


 私は頷いた。


「さて、そろそろ此処は終わりにして出ようか、目的の場所へ赴かねばならないからな……」


「その目星が付いているという目的の場所はここから近いのですか?」


 私は訊いてみた。


「ああ、近い。すごく近い。実はこの伊賀上野城の敷地内にあるのだ。古民家を移築して忍者屋敷を再現した伊賀流忍者博物館という施設があるのだよ」


「おお、それは凄いですね。正にじゃないですか」


「ああ、からくり屋敷になっているようだぞ、よく勉強するようにな」


 中岡編集が偉そうに云った。


「楽しみですね」


「まあ、そこは観光客向けの施設だから、そこだけじゃなくもっと本格的な施設も見学する予定ではあるがね」


 中岡編集はふふんと鼻を鳴らした。


 そうして私と中岡編集は天守閣内を見学し終えると、その博物館へと向かってみた。


 城の敷地の一角に、木と漆喰塀で囲われた、怪しげな茅葺屋根の古民家が見えてくる。


「あっ、あれじゃないですか?」


 私は思わず声を上げた。


「ほうほう、中々本格的な佇まいだな」


 中岡編集は頷きながら言及する。


「あれ、門が閉まってますよ、入口は横ですかね?」


 近付いてよく見ると、門には紙が張られ、当施設は改修の為、今月末まで閉館させて頂いております。と記されてあった。


「…………」


 中岡編集は無言のまま固まっている。


「中岡さん、やっていないじゃないですか……」


 私も軽いショックを受けつつ尋ねる。


「…………」


「改修ですって」


「…………」


「今月末まで……」


「…………」


 中岡編集が搾り出すように声を上げた。


「……そ、そ、そ、そんな馬鹿な……」


「馬鹿な、じゃないでしょう。なんで調べてこなかったんですか、無計画すぎますよ、わざわざ伊賀くんだりまでやってきて空振りしてどうするんですか?」


「い、いや、だって、伊賀上野城の資料館の方がやっていたから、忍者博物館の方もやっていると思ったのだ」


 甘い認識だ。


「で、どうするんですか?」


 私は怪訝な声で訊く。


「…………」


 中岡編集はまだ黙り込む。相当ショックだったらしい。と思ったら徐に妙な形に指を組み始めた。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前、開門っ!」


「な、なにやってるんですか?」


 なんなんだその呪文は……。


「なにって開門を願っている」


「願ってるって、開けてもらっても意味が無いですって、改修中なんだから開いたからって、見学出来ませんて!」


 私は唖然としつつ説明する。

 

「だ、だが…… ここは是が非でも見学しなければいけないんだよ」


 いきなり中岡編集が必死な顔でどんどんどんどんと扉を叩きはじめた。


「お、お願いだ…… あ…… 開けてくれ!」


「なにやっているのですか、もう止めてください恥かしいですって」


 私は慌てて制止する。なんて迷惑な奴なんだ。


「僕はここが見たいんだ。どうしても見学したいんだよ」


 中岡編集が必死な顔で言及する。


「残念ですが諦めましょう。仕方ありませんよ、次行きましょう。次に」

 

 私は中岡編集の手を引き無理やり門から引き剥がす。


「ああ……」


 中岡編集は口惜しそうに門に手を伸ばした。


 ふと、横にあった案内図に視線を送ると、忍者体験が出来るとか、色々な屋敷の仕掛けを見れるとか、忍び熊手、苦無、鎌、鉤縄、忍び装束などの収蔵品が展示してあると書かれてあった。確かに相当残念である。


 いずれにしても気を取り直して次の見学地へと向かうことにする。


「もっと本格的な施設も見学する予定だとか云っていましたが、それはどっちですか?」


 私は左右を見回しながら質問する。


「伊賀の町は南側に城下町が広がっている。だからそっちの方にあったと思う……」


「ん? あったと思う? 本格的な施設も見学する予定だと云っていたじゃないですか、ちゃんと調べてないんですか?」


 適当な返事に私は厳しめに質問する。


「いや、あるよ、松尾芭蕉の生家や、赤井家の武家屋敷や、入交家の武家屋敷などがある……」


「えっ、生家、そして武家屋敷? 忍者屋敷じゃないのですか?」


「ああ、武家屋敷だ。芭蕉の生家も武家屋敷みたいなものだ……」


「どういう事ですか?」


 私は怪訝な顔で質問する。


「今の時代に忍者屋敷が残っている訳ないだろう。だから伊賀忍者博物館で仕掛けなどを見て、その後で本格的な武家屋敷跡を見て、その細かい佇まいを学べば良いのではないかと思ったんだよ」


 成程、云っている意味は解った。


「となると、伊賀忍者博物館の見学が頓挫したら、忍者屋敷見学はパアじゃないですか」


「パアだよ」


 中岡編集は開き直ったように云った。


 だから、臨・兵・闘・者…… とか妙な呪文を口走って、必死に戸を叩いていたという事か……。


「まあ、仕方がありませんね、じゃあ、その赤井家と入交家の武家屋敷を見に行ってみましょうよ」


「ああ」


 そうして城の南側にある松尾芭蕉の生家や、赤井家と入交家の武家屋敷に行ってみた。しかし実際見てみると忍者屋敷などからは程遠い普通の家であった。確かに忍者は半農が多かった事を考えると、その後、忍者は農民になったのだろう。戦国期の最中なら忍者屋敷があっても分かるが、平和な江戸時代中期を経て、そんな忍者屋敷が現存し続けるというのは、確かに無理がある事かもしれない……。


「こんなのじゃ駄目だ。こんなのじゃ忍者屋敷は語れない……」


 見学を終えた中岡編集がブツブツ呟いている。


 これじゃあ確かに語れない。


「中岡さん、もう少し探してみましょう。それっぽい建物があるかもしれません。少し北のほうに行ってみましょうよ」


 中岡編集は力なく頷いた。


 そうして私と中岡編集は、一、二時間、取材先を捜し求めて歩き進む、しかし中々目当ての屋敷は見付からない、。気が付くと、いつの間にか伊賀の北西に位置する佐那具駅近くまで来てしまっていた。


「おっ、あれは、あれは、どうですかね?」


 私は関西本線の線路と柘植川を超えた先の小山の上に木々に埋もれた黒い大きな屋敷を発見した。黒い漆喰でも使っているのか、何やら黒く随分土蔵風な建物だった。


「お、おお、確かに怪しい雰囲気が漂っている。じゃあ、あそこに見学を頼みに行ってみよう」


 中岡編集も賛成してくれる。


 そうして、私と中岡編集はその屋敷を目指して進んで行った。


 その屋敷のある小山の麓まで辿り着くと、屋敷を守るかのように小川が流れていた。どうも水堀も兼ねているようにも見受けられる。木で出来た人しか通れない細い橋を渡り、車も通れないような細い道を進んで行くと、高い塀が設けられた大きな屋敷に辿り着いた。


「こ、これは、武家屋敷だな……」


 改まって中岡編集が言及する。


「ええ、武家屋敷ですね、でも、山城風というか蔵風と云うか……」 


 近くで改めて見てみると、窓などは分厚く作りが小さく、そして観音開きで開く形になっていた。


 黒い漆喰壁で固められた蔵屋敷のようなその外観に、私は何かよく解らない異質感を抱かずにはいられない。この屋敷の重く暗鬱とした空気が、人を寄せ付けず。排他的に人との係わり合いを拒んでいるように感じられたのだ。


 そんな異質感を抱きつつも、私と中岡編集は恐ず恐ずと黒く立派な門を潜ってみた。

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