事件解説 漆
私と中岡編集は二の丸の重箱櫓の傍で海を見ていた。
海といっても近くの海は建物の死角で見えない、傾斜になっている大手門側の遥か遠くに見える海を見ていた。
もうすっかり暗くなり、空には星と、煌々と光を放つ月があった。その月明かりは、海面を照らし水を反射させながら瀬戸内海に浮かぶ多くの島嶼の陰影を浮かびあがらせている。
「いやいや、僕が軽い気持ちで申し込んだ島城見学の最中に、呉羽さんが恨みを晴らすべくあんな暗躍を続けていたとは恐れ入ったよ……」
中岡編集が頭を掻きながら呟く。
「そうですね、私達の滞在中にまさかここまでの事が起こるとは……」
私は海に視線を送りながら大きく息を吐く。
「……でも、人が多い方が犯行がしやすかったのかもしれませんね、誰がやったかの選択肢も増えますし…… まあ、飛鳥さんが襲われるまでにもう猶予が無かったのが一番の理由かも知れませんが……」
「そうかもしれないな…… でも哀しい結末だったな……」
「そうですね……」
私は小さく頷く。
そんな風に海を見ながら佇んでいる私と中岡編集の傍に、木下警部が近づいてきた。
「坂本さん、お疲れ様でしたね、それと中岡さんも……」
「いえいえ、大したことが出来た訳ではありませんので……」
私は謙遜気味に頬を少し掻きながら答える。
明らかにおまけ扱いの中岡編集も笑顔で頷く。
「しかし、随分と根の深い真相でしたな。からくりを動かす為の細工も恐ろしく考え込まれた物でしたし、偽装工作も巧緻きわまりなかった。我々が考えていたら答えは見付からなかった恐れがありますよ……」
木下警部は頭を掻く。そして軽く笑いながら続けた。
「いやいや、正直な所、私としては坂本さんを利用してやろうと考えていましたが、まんまとしてやられましたわ、恐らくあなたには広島県警から金一封が送られる事になる事でしょう……」
「いえいえ、そんな金一封なんて結構ですよ」
私は顔を横に振る。そんな横で中岡編集が出しゃばり声を上げた。
「まあ、正直云いまして、出版社としましては、金一封よりもほとぼりが冷めた頃で良いので、この事件を小説にさせて頂く許可を頂きたいですね」
「それは、新聞記者でも好き放題書いているのですから、中岡さんや坂本さん次第にしていただいて結構ですよ…… まあ一応フィクションという事にしていただけると有難いですがね」
木下警部が答えた。 それを受けて私は躊躇いがちに言及する。
「ええ、もし小説にするのであれば、そこら辺は十分承知しています。亡くなった前の奥様や呉羽さん、そして生き残った飛鳥さんの名を貶めたくはありませんから……」
そのやり取りを聞いた中岡編集はハッとした顔をする。
「当然、僕もその辺りは重々注意するように坂本に云うつもりでしたよ」
本当かよ……。
私はいまいち注意や配慮が欠けていそうな中岡編集を見ながら頬を掻く。
「……さてと、坂本さんと中岡さんはこれからどうされるおつもりですかな? もし良ければ、本土までお送り致しますが?」
「えっ、警部さん。良いのですか? ここからは船がないと帰る事が出来ませんから、乗せていただけるならお願いしたい所ですが」
中岡編集は嬉々として答える。
「当然お送りいたしますよ。では、そろそろ私達は出ますので、ご一緒に桟橋の方へ」
「おお、ありがたい」
中岡編集はぺこぺこ頭を下げる。
「宜しくお願いします……」
私は軽く笑いながら頭を下げた。
――こうして、私の奇妙な島城見学は終わった……。
改めて思い返すと本当に深く難しい問題を秘めた事件だった。元をただせば村上氏の女性に対する欲望に端を発しているのだが、結局その事が大きく広がり、多くの人間を傷つけ、多くの人を不幸にし、多くの人間の心に遺恨を残し、このような結果に至ってしまったのである。恨みというのは恐ろしいものであると私はつくづく感じさせられた……。
しかし陰惨な事件でこそあったが、他に類を見ない不思議で興味深い城であったことは間違いなかった。からくり昇降機、石落としを利用した厠、弓曳き甲冑、金の茶室、茶運び人形、田楽返しの隠し部屋、ここまで色々なからくりを見学し且つ体験したのは初めての経験だった。
中岡編集は少々煩わしく、不快にさせられる事も多いが、興味深い案件を見出してくる事に関しては一目置かざるを得ない所がある。仕方が無いから、誘われたらまた小説の題材を探しに再び旅に出よう、今回の島城や複雑なからくりのように日本にはまだまだ私の知らない不思議な事や建造物があるかもしれない……。
私はそう思いつつ、船の舳先とその先に広がる大河のような海を見詰めた。
了




