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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第九章
123/539

事件解説  陸

 そこまで呉羽が告白したのを確認した警察が壁際から動き出し、私と呉羽の傍へとやってきた。そしてその中の木下警部が私の横に腰を下ろした。


「……呉羽さん、盥船は福山沖で発見されました。そして彼が持っているのが、その盥船に結び付けられていた釣り糸です」


 木下警部は、そう説明しながら堀尾刑事の方へ視線を送った。


「見つかってしまったのですね……」


 呉羽は仕方が無いといった表情で呟いた。


「それと、あなたが飯塚庄九郎の娘であるという事は、飯塚家の人間は全ていなくなってしまったという事になっていたので完全に調べ終わっていません。いずれ確認は出来るとは思いますが、それは一体どういうことなのでしょうか? また村上氏の戸籍を調べた所、村上氏の養女に呉羽という名がありましたが……」


 呉羽は薄く笑ってから答えた。


「本当は、村上も妹という事にしたかったのでしょうが、残念ながら出来なかったようです。それで養女という位置付けにしたのです」


「な、なるほどそういう事ですか……」


 木下警部は頭を掻きながら答えた。


「そ、それでは、村上氏の義理の妹である呉羽が、姉である村上徳子の恨みを晴らすべく、村上道正氏を殺害したと言うことで間違いありませんね?」


 木下警部は確認するかのように問い掛ける。


「ええ、その通りです。間違いはございません……」


 呉羽が感情のない声で答えた。


 木下警部が改めて私を見た。


「こ、これで一応事件は解決した事になりますが、しかしながら幾つか解らないことが残っています。坂本さん差し支えなければ、その事を説明してもらっても宜しいですかな?」


「解らない事というのはどの辺りでしょう?」


 私は問い返す。


「幾島さんの持っている資格について調べて欲しいと仰ってましたが、その件が一体何の関係があったのでしょうか?」


 私はその問い掛けを受けて幾島に視線を送る。幾島は緊張気味の顔をしていた。


「それは動機の点で参考になるかと思って知らべてもらっていたんですよ、あの隠し部屋、そして座敷牢、分娩台…… 云い難いですが、もしかしたら飛鳥さんは凌辱の末に身籠る事になり、あの部屋で産まれたのではないかと…… そして幾島さんが産婆の資格を有しているなら、取り上げたのは幾島さんなのではないかと……」


 私の説明に警部は目を見張った。警部だけではくその場にいた大半が驚いた顔をしていた。


「そ、そ、それは本当ですか?」


 警部が驚いた様子で幾島に視線を送る。


「も、申し訳ありません。そ、そうです。実はそうなんです。私が取り上げました。ご主人様の命令に逆らうことが出来ずに……」


 この期に及んで嘘を付く事も出来ないと思ったのか、幾島は涙交じりの声で弁明する。


「じゃあ、あんたは、あの部屋で行われていた秘事をずっと前から知っていたのか?」


「えっ、いえ、そんな事は……」


 幾島はしどろもどろになりながら答えに窮している。


「知っていて黙認してきたのでしょうね、それは源次郎さんも同様だったのではないではないかと思いますが……」


 私が源次郎に視線を送ると、源次郎は申し訳無さそうな顔をしながら顔を下げた。


「それじゃあ、もう一つの疑問なんですが、飛鳥と料理番が怪しげな時間に密会していた事は何の関係もなかったということなのですか?」


「……そ、それは、私が説明しますよ」


 料理番が手を挙げた。


「実は私も、呉羽さんと同じように、徳子が死んだ原因というのを密かに調べていたのです。そんな最中、幾島と塙が、村上が娘の飛鳥に手を出そうと考えているという話をしているのを偶然聞いてしまって、それを伝えるべく料理の中に手紙を忍ばせておいたんです。それで飛鳥さんが女中陣の目を盗んで私の所へ訪ねてきたと……」


「なるほど、忠告をする為にですね。しかしながら、あなたはよくこの城に入り込めましたな」


 警部が感心した様子で呟いた。


「それは徳子が導いてくれたのかもしれません。実は私は日立の地で小料理屋をやっていたのですが、徳子と村上が結婚する前後、私の身辺で妙な事が起こり始めました。車に引かれそうになったり、駅のホームで線路に突き落とされたりです。そんな挙句に店に火を付けられ火事になり、火に巻かれた私は酷い火傷を負ってしまいました。恐らく村上の手の者の仕業だったのかもしれません。そして火傷治療中病院で私は徳子が村上氏と結婚した事を知りました。火事で店を失い、徳子も失った私は病院を抜け出し、逃げるように日立の地を離れ、徳子に会いたい気持ちがどこかにあったのか尾道へとやってきたのです。そこでなんとか料理人の仕事を得て落ち着いてきたところに、あの村上がやってきたのです。そして私の料理を気に入った…… 私は運命を感じましたよ」


「村上氏は、あなたの事に気付かなかったのですか?」


 警部が聞いた。


「向こうは私の事を写真か何かで見たことがあったのではないかと思いますが、直接会った事はありませんでした。私は治療中に抜け出したので生死不明という状態だったらしく、その火事があってから十年も経っていたのもあり気付かれなかったようです。まあ私も自分の素性を隠していましたし……」


「しかし、よくそんな素性が解らない状態であなたを雇いましたね」


「村上は味に細かい所がありまして、そこを満足させることが出来さえれば、それ以外の事には大雑把な所がありましたから……」


「ご説明有難うございました。お陰で大体全体の事が解りました」


 警部が頷いて返事をした。

 

 そして、ゆっくりと呉羽に視線を移す。


「さて、それでは呉羽さん、村上道正氏の殺害容疑で、広島県警までご同行願いたいと思います」


「……はい、解りました。ですがその前に、煙草を一本吸わせて頂いても宜しいでしょうか? しばらく吸うことが出来なくなりそうですから……」


「煙草ですか、解りましたどうぞ」


 呉羽は頷き煙草を取り出すとそれに火を付けた。そしてゆっくりと口にそれを運んだ。


「禁止されていた城の中で吸う煙草は格別ですね……」


 呉羽が目を細めながらそう言ったかと思ったら、


「…………ぐっ!」


 呉羽が突然血を吐いて倒れた。


 私を含め源次郎、幾島、初、料理番、中岡編集は驚きの表情で呉羽に視線を送る。刑事達は何事かと呉羽に駆け寄った。


「ど、どうした? 何があったんだ一体?」


 木下警部が険しい顔で叫んだ。


「あっ、もしかしてあの煙草には、矢先に塗られていた毒が仕込まれていたんじゃ!」


 私が叫ぶと、鑑識隊がはっとした顔をして何かの処置を施そうと試みる。しかし再度吐血をした後、呉羽は全身の力が抜け、顔がどんどん青白く変化していった。


「お、おい、何とかしろ、早く何とかしろ!」


 木下警部が狂ったような叫び声をあげた。


 しかし呉羽の体から血の気が失せていくのは止められない、どんどん土気色になっていく……。


「ああ、ああああああっ、呉羽さん! 呉羽さん!」


 私は必死に呉羽に呼びかける。呉羽は薄く嗤った。


 そして……、結局、何の手もないまま呉羽の体は冷たくなっていってしまった……。


 呉羽は自らの手で全ての幕を下ろす為に毒を吸って自らの命を絶ったのだ。

 

 口から血を流し、血の気を失った顔で只々横たわっていた。その姿は日本人形のように前髪と肩口を切り添えた髪型が相俟って本物の人形のように見えた。そして、その表情は苦痛に満ちたものではなく、少し満足げに見えた気がした。姉の復讐を終え、姪を救い、全ての使命をやり遂げたからなのかもしれない……。

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