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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第九章
121/539

事件解説  肆

「さて、私と中岡編集が昨日の午後水車を確認した時には盥船はまだありましたし、午後から夕食前の時間帯は、海水を引き上げて蒸留水に変える設備を見学させて頂いたりと、蒸留設備や水車近くをうろうろしていたので、犯人としては作業がしずらかったのではないかと思われます。また夕食前には女中さんたちや源次郎さんが二の丸から本丸に上がってきますので鉢合わせする恐れもありました。そして夕食時は料理番さんの姿こそ見えませんでしたが、ご家族の方々や女中さん、源次郎さん、皆さん全員が揃っていたと思われます。それらを踏まえ考えてみますと、釣り糸を盥船に結びつける作業を行ったのは、夜陰にまぎれて作業がしやすい夕食後だったのではないかと考えます。なので、夕食後に水車のある場所に近づいた人間が、怪しいように思われます」


 城の住民達は緊張の面持ちのまま小さく頷いた。


「まず女中さんたちは、私もご馳走になった夕飯の後片付け、そしてその後村上氏の布団、初様の布団、呉羽さんの布団、飛鳥さんの布団、私の布団を敷いて頂いていたと思います。この辺りは連携を取りながら行っていた事なので、抜け出して水車の場所まで行く事は難しいのではないかと思います。その後も皆で食事をして、福子さんと美津さんは同じ部屋で、幾島さんも近くの部屋で休まれたということですからやはり可能性は少ないと……」


 私のその説明に、美津、福子、幾島が小さく頭を下げた。


「続きまして、源次郎さんに関してなのですが、村上氏や奥様の食事の後片付けした後、二の丸で女中さんたちと食事を取られたと聞いています。その後、二の丸周辺の点検をした際に、搦手門が開いていたのを発見し、不審に思い水車近くまで確認に行かれたとの事でした。その際には恐らく周囲が暗かったのもあり、いつもと変わりが無いと仰られていた……」


 私が視線を送ると源次郎は頷いて同意の意を示す。


「当然の事ながら源次郎さんはその際お一人でしたから、源次郎さん自身が紐を船に結びつけ、船を流す事は容易に出来ます。またあの隠し部屋の存在も知っている人間の一人ですから、からくり甲冑の機能を使った仕掛けを仕込み易いと思われます、源次郎さんが犯人だったとすると、一番手際良く効率的に犯行が可能だったのではないかと思われます」


「い、いや、私はそんな事していませんよ!」


 私の説明を源次郎が慌てて否定する。


「確かに源次郎さんが云われるように、一番自然に仕掛けを行い易い人物は源次郎さんですが、源次郎さんにはどうも動機らしきものは見当たりません。警察の方から教えて頂いた情報でも動機に繋がるような部分は見受けられませんでした」


「そうですよ、私にはご主人様を殺害する理由なんて全くありませんから……」


「源次郎さんが犯人でないとするならば、源次郎さんは十一時頃に点検をし終わった後に搦手門の鍵を掛けられたと仰られていましたから、それ以降という事は考えられません」


 私はそこまで話してから大きく深呼吸をした。


「実は福子さんと美津さんから気になる話を聞きました。布団を敷いている時に、呉羽さんと飛鳥さんの姿が部屋になかったという話です」


 その説明を聞いた飛鳥と呉羽は表情を堅くした。そして料理番もかなり緊張した表情を浮かべる。


「一応、初様はお部屋にいたということでしたが、ずっと女中さん達が一緒にいた訳ではありませんから抜けだす機会が無かった訳ではないと思います」


「そ、そんな事ありません、私は部屋に!」


 初は青ざめた表情で言い抗う。


「あくまでも可能性なので、落ち着いて下さい」


 私は宥める様に言及する。


「それで、呉羽さんに何処へいかれていたかを聞いた所、この城は禁煙だという事で、二の丸の重箱櫓の陰で煙草を吸われていたという事でした」


「ええ、そうです。煙草を吸っていました」


 私の説明に呉羽は声を上げた。


「ただ、二の丸の重箱櫓のある場所は、水車のある場所まで、すぐに行ける場所にあります。なので可能性が無いわけではありません」


「そ、それは否定できないかもしれないわね……」


 呉羽は頷いた。


「続いて、飛鳥さんに何処へ行かれたか聞いた所、その時間、二の丸にある料理番さんの下を訪ねていたというお話をお伺いしました」


 その説明を聞いた周りにいた人間は、一斉に飛鳥と料理番に視線を送る。


「その際、何をしに行ったかのお話しでは、苦手な料理があるので、それを出さないようにして欲しいとお願いに行ったとの事でした」


 飛鳥は強張った顔で小さく頷いた。


 料理番は瞼の傷、顔の火傷の跡の為か表情が読み取りずらいが、もう軽口を言えるような余裕は無さそうに見えた。


「料理番さんの行動は、ずっと調理場に篭っていたというものでしたが、これは証人がいるわけではありません。また飛鳥さんと会っていたという話も、お二人で口裏合わせをしているという可能性もあります。そう考えますと飛鳥さんが犯行を行ったという可能性もありますし、料理番さんが行ったという可能性も往々に考えられる事だと思います」


 飛鳥と料理番は揃って顔を横に振る。


「実は、警察の方々から色々な情報をお伺いさせて頂きました。現奥様の初様が村上氏と結婚される際にご実家の多額の借金を肩代わりしてもらった事や多額のお金が結婚準備金として支払われた話、からくり具足やからくり昇降機を作った飯塚庄九郎さんという人物の話、そして飛鳥さんのお母様が飯塚庄九郎さんの娘だった話、この城のからくりを手掛けた事の報酬として多額のお金が支払われた話、更に初様のお話と同様、飛鳥さんお母様と村上氏の結婚の際、飯塚庄九郎の多額の借金を肩代わりした話、飛鳥さんのお母様が村上氏と結婚する以前に料理番さんとお付き合いしていて無理やり別れさせられた話などです」


 私のその説明を聞いて、その話を知っている者も、今初めて聞いたであろう者も驚愕の表情を浮かべていた。


「動機という点においては、その話を参考にすると、無理やり別れさせられ、付き合っていた女性を奪われた料理番さんには当然あると思います」


 さすがの料理番も顔を伏せ、俯いたまま動かない。口は真一文字に閉じている。


「現奥様である初様に関しては、無理やり別れさせられたような話は聞いては居りませんが、お金に関わる援助を条件に結婚に至った感は否めません……」


 初は僅かに顔を横に振った。それが否定の意味なのか、混乱の為なのかは解らない。


「ただ今回の事件を見たところ、村上氏殺害においての動機は村上氏に対しての恨み、復讐のようなものなのではないかと思われます。自殺に見せかけたのなら金銭目的という線も出てくるでしょうが、あの和紙に書かれた鶴姫の句にしても過去における因果、因縁に関わっている事が感じられます。捕まっても構わないから恨みを晴らすといった強い意志が含まれているように思えるのです。因みに恨みを持つ場合一番多いのが、自分が酷い事されたという事に対する恨みになると思います。それと同じぐらい多いのが血の繋がった身内が殺された、酷い事をされたという事に対する恨みだと思います。そして次ぎあたりが恋人を殺された等の恨みではないかと……。もし仮に、先妻である飛鳥さんのお母さんが、村上氏に殺されたと考えると、飛鳥さんや料理番に強い動機が産まれてもおかしくはありません……」


 私の説明に飛鳥は今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「さて、どなたが一番動機が強く、どなたが一番船を解き放つ事が出来る可能性が高いかを説明していく前に、一つだけ確認しておきたい事があります」


 私は家族が座っている席の方へ視線を向けた。


「呉羽さん、あなたは飛鳥さんの叔母にあたられます。それは恐らく間違いない事だと思います。そうですね?」


「え、ええ、間違いありません……」


 呉羽は緊張気味に答える。


「あなたは飛鳥さんの叔母には当たられますが、私は色々考えた上でその可能性に辿り着いたのですが…… あなたは本当は飛鳥さんのお母様の妹さんなのではないでしょうか? 村上氏の義理の妹に当たられる方なのではありませんか?」


「な、なんだって!」


 その説までは説明していなかった木下警部が思わず声を上げた。


 傍にいる鑑識隊の人間、城の住人のほとんどが驚きの表情を作り上げていた。


 問い掛けを受けた呉羽は固まっている。斜め前方の一点を固視したまま動かない。そして肩が微かに震えていた。


「どうなのでしょうか呉羽さん?」


 私の再度の問い掛けに、呉羽は口を開きかけては躊躇いという行為を何度も繰り返した。


そして、呉羽は絞り出したような声で答えた。


「……そ、そうです…… 私は村上道正の妻、村上徳子の妹です……」


「そ、それは本当ですか? 私はそんな事全然知りませんでしたよ……」


 古くからこの城にいる源次郎が驚きを顕にしながら呉羽に声を掛ける。


「この事は私とお兄様だけの秘密でしたから……」


 呉羽は消えそうな声で答えた。


 そしてゆっくり顔を上げ仰ぐように天井を見た。


「……そ、その事は調べられて気がつかれたのですか?」


 呉羽が天井を見たまま呟くように私に聞いてきた。


「いえ、現在、村上氏のご家族の方の事は調べてもらっていますが、まだその情報は得られていません。村上氏との関係や、からくりを動かすことに長けている人物を想像したり、動機などを考えた上で、その可能性を考えてみたのです」


「そうですか……」


 呉羽は力ない言葉で返事をした。


 私はそんな呉羽を見ながら、改まって口を開き始める。


「……さて、呉羽さんが、飛鳥さんのお母様の妹さんだという事が確認できた訳ですが、そうなってきますと、村上道正さんの血の繋がった妹さんだった場合には考えられなかった動機が、改めて見えてくる事になります」


 木下警部は納得したのか小さく頷いた。


「その状態においては、呉羽さん、料理番、飛鳥さんが動機を強くく持たれているのではないかと思います。ここで一つ思い出して欲しいのですが、あのからくり具足を使った犯行方法は、後ろの隠し部屋の存在を知っていなかければ行う事が出来ません。その部屋の存在を知りその部屋の出入りの仕方を知っているのは、情事の際にその部屋を利用したことがある奥様の初様、同じく利用された事がある呉羽さん、あの部屋の存在を知り掃除を行っていた源次郎さん、そして幾島さんだけになります。となりますと、一番犯行の可能性が高かった人物は呉羽さんなのではないかという事に……」


 私の声に呉羽はふうと大きく息を吐いた。


 そしてもう一度天井を見上げた。


ボーッと何かを考えている。しばらく時間が流れた。まるで呉羽の時間が止まってしまったのではないか、という位動きがなかった。


 そして、再び呟くように呉羽が言及した。


「……そうです。義理の兄である村上道正をからくり人形の機能を使って殺害したのは私ですよ……」


「そうですか……」


 私は抑揚のない声で返事をする。


「……あわよくば迷宮入りという事を期待していましたけど、ここまで状況が把握されている以上、船が見つかり、偽装していた私の素性が事細かく調べ暴かれてしまったら、言い逃れは出来なさそうですね、……そうは上手くいかないものです……」


 呉羽は哀しげに笑った。


「く、呉羽さん、どうしてここまでの事を……」


 私は質問する。


呉羽は躊躇いがちに飛鳥に視線を送った。


「……その事を説明する前に、飛鳥さんには外してもらっても宜しいでしょうか? もう飛鳥さんが犯人だという事もありませんし、子供に聞かせるような話でもありませんからね……」


「お、叔母さま!」


 飛鳥が泣きそうな顔で呉羽を見た。


「そうしましたら、美津さんと福子さんに飛鳥さんをお部屋に連れ戻して頂きましょうか?」


 私は木下警部に問い掛ける。


「飛鳥さんを含めその女中の二人が事件に関係が無いようなら、そうして頂きましよう」


 警部は頷いた。


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