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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第九章
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事件解説  弐

「困った事に、あのからくり具足の内部には自動機動装置のようなものはありませんでした。甲冑の載っている黒い漆塗りの葛篭の裏側にゼンマイを巻く為の取っ手のようなものがあり、それを廻し溜めた上で、葛篭の下側にある解除用の取っ手を、正面斜め前から後方斜め後ろに動かして解除するとからくりが動き出す仕組みになっています。なので、それを夜中の三時頃にどうやって解除したのかが問題となってきます……」


「……そうですね、それが解らないと、誰がやったなんて云い切れませんからね」


 女中の美津が頷きながら言及した。


「ええ、私もそう思います。さて、それでですね、どうやって解除用の取っ手を前方から後方へ動かしたかなのですが…… 実は村上氏の部屋の地袋棚の裏側に隠し部屋を発見しました」


 私のその言葉に、その部屋の存在を知る初、呉羽、幾島、源次郎が顔を伏せた。


 その事を知らなかったであろう美津と福子は唖然とした顔をしていた。


「その隠し部屋に入るのは、床の間の脇にある地袋棚を手前に引き出し、その裏側の壁となっている部分が田楽返しとなっているので、そこを回転させると隙間が出来て奥に入る事が出来るようになっています。……そして、その部屋が今回の仕掛けに使われたのだと私は考えます……」


「そ、そんな部屋があったんですか? わ、わたし初めて聞きましたよ」


 美津が驚いたといった顔で幾島を見る。


「あ、あなたはまだ、入って間もないから教えなかっただけです」


 幾島は厳しめな表情を作り答えた。


「……さて、それで一応なのですが、そこからは実際に御主人様の部屋で説明した方が解りやすいと思いますので、もし差し支えなければ、上の部屋まで御移動願えるとありがたいのですが……」


 私は提案する。


「お、おいおい、態々、ご主人の部屋まで行くのかよ……」


 料理番がちらちら警察の方を見ながら云った。


「まあまあ、確かに実際に現場を見ながら解説してもらった方が解り易いとも云えるでしょう。折角なので少々面倒かもしれませんが行ってみましょうよ」


 木下警部は作り笑顔で皆を見た。


 初と呉羽は仕方が無いといった顔をして頷き、使用人の源次郎と幾島、美津、福子は何とも云えないといった表情をしつつも小さく頷いた。


「恐れ入りますが宜しくお願い致します」


 私は小さく頭を下げた。


 そうして、広間に座っていた家族、使用人達は渋々といった様子で立ち上がる。そして私を先頭に

 ぞろぞろと階段を踏み上がり、村上氏の部屋の前まで進んでいった。


 木下警部を含む警察関係の人々は遠慮気味に最後の方について来ていた。


 踊り場から板戸を抜け、村上氏の部屋に到着すると、美津が驚きの声を上げた。


「あっ、こんな所に隙間が開いている……」


「ええ、ここが隠し部屋への入口になります……」


 私は頷き、改めて答えた。


「こんな部屋があったなんて、今まで全然気が付かなかったわ……」


 美津が福子を見ながら同意を求める。


「ええ、私も全然気が付かなかった……」


 福子は驚いた顔で頷く。


「……えーとですね、先程の続きを説明させて頂きますね」


 私は再度説明を始める。


「それで、この床の間の甲冑が夜中に動き出し、矢を番え、あの村上氏の寝ていた布団の上に矢を通過させる事になりますが、それを動かす為には解除の取っ手を斜め前方から斜め後方へ引き下げる必要があります……」


 私は甲冑横を指差し、その指を動かすべき方向へと動かした。


「そして、それをする為に紐か何かで取っ手を後方に動かしたのではないかと予想します」


「紐ですか……」


 源次郎が呟く。


「ええ、紐のような物で引いたのだと思います。ただ残念な事に近くに引く為の機構がないので、引く為の機構がある場所まで紐を導いていく必要があると考えます……」


 皆は困惑した様子で私を見詰めている。


「導いていくには、引くべき通路や経路が必要になります。まず、床の間の奥には隠し部屋への通路はありません。通路があるのは少し横にずれた地袋棚がある後ろになります。斜めに引く必要がありますから丁度良いと思われます。そして紐は裏の隠し部屋へと導かれて行くと考えられます」


「紐が裏の部屋にですか……」


 源次郎が再び驚いたように呟く。


「ええ、導かれていったと思います。それでは皆さん私の後に着いて来てください。今度は隠し部屋の中に入りたいと思います。ですが中は狭いのと、あまりよろしくない物も置いてありますので、飛鳥さんは入らない方が宜しいかと……」


 私の言葉に、飛鳥は緊張した顔で小さく頷いた。


 そうして、私の導きである程度の人数がは隠し部屋へと足を踏み入れた。妻の初、妹の呉羽は抵抗があるのか中まで足を踏み入れてはこなかった。


「えっ、な、何ですかこれは」


 美津が座敷牢とその奥に置かれている分娩台をみながら唖然とした顔で呟いた。


「こ、ここは村上氏の性癖を満足させる為に作られた部屋のようです……」


 私は顔を赤らめながら答えた。


「なっ……」


「……」


 余りの事に福子と美津は唖然としたまま声を失っていた。


「今回の仕掛けにはこの部屋が利用されたのだと考えます。先程も申しましたが弓曳き甲冑の解除用の取っ手は木製で出来ており、それを紐のような物で斜め後方に引けば解除出来ます。紐の結び方には引き解け結びという結び方があるのですが、その結び方で取っ手に紐を結び地袋棚の裏側へと廻わします。田楽返しの機能上の物なのか、地袋棚の裏側と壁の間には一センチメートル程の隙間が開いていました。その場所を利用して紐に抵抗が掛からないように配慮しながら、田楽返しの軸となる部分に糸を引っ掛け、この部屋に紐を導き入れたと…」


 私のややこしい説明を、皆は真剣な表情で聞いている。


「……それでですね、牢の奥の床も、今居るこの場所と同じように板の間になっていまして、板と板との間に僅かな隙間がある場所が幾つかありました。その中で一番隙間が開いていると思われる場所が丁度分娩椅子の下辺りににありました。……なので紐はあの分娩椅子の丸い足を使い角度を変え、その下の隙間から下の階層へと紐は下ろされる事に……」


「えっ、あの椅子にも紐が掛けられたんですか?」


 美津は驚き顔で聞いてくる。


「恐らくそうだと思います」


 私は厳しめの顔で答えた。そして私は呼吸を整える為に大きく息を吐く。


「さて、その先で紐が引かれる事になるのですが、取っ手に結び付けられた紐が引かれると、甲冑下の取っ手が斜め前方から斜め後方に動きます、そうなりますと解除された事になるのでからくりが動き出すことになります。そして更に紐を引っ張ると角度の問題で抵抗の少なくなった紐は取っ手からすっぽりと抜けます。恐らくされていたであろう、引き解き結びという結び方は、対象となる物から抜けた上で紐を引き続けると、解けて結び目のない紐になります。より成功率を高める為に琴糸か釣り糸のような丈夫で且つ滑りやすい糸が使われたのではないかと想像します……」


 私はその場に居る人間の顔を改めて見渡した。

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