考察 弐
私と中岡編集は一度隠し部屋から出る。
「すいません、ちょっと昇降機の辺りを見に行ってきますね」
木下警部に断りを入れる。
「えっ、ああ、解りました」
警部は頷き返事をする。しかし、今度は一緒に来る気配はなかった。
村上氏の部屋を出ると、上の部屋との位置関係を確認しながら階段を降り、昇降機の下側に位置する乗り場へと向かう。途中、皆が待機している部屋を横目で見て、厠の前を通過する。
「丁度、この辺りが先程の部屋の下辺りだな……」
中岡編集が上方の梁を見ながら呟いた。
「ええ、天井が高いですね…… 天板が無くて梁が剥き出しなので、よりそう見えるのかもしれませんが……」
そして昇降機の前に到着した。そこで私は昇降機をじっと見る。
「なんだ、昇降機がまだ気になるのか?」
横で中岡編集が訊いてきた。
「ええ、何かありそうです」
私はその場で思案をする。
弓曳き童子の解除用の取っ手を斜め後方に動かすというのが今回の事件に於いての肝になる筈である。となると引く力が必要になってくるはずなのだ。昇降機を上下に動かすことで引く力を発生させる事は出来る。
しかし、どうやって……。
私は必死に思考を巡らせた。
確か、源次郎の話では、扉を開いたまま昇降機を動かすことは出来ないと云っていた。だが隙間に糸でも通せば閉じたままでも引く力を発生させる事は出来そうである。
いや、駄目か…… 扉は凹凸が組み合わさる形で嵌っている…… これじゃあ抵抗が強すぎて引けそうにない……。
私は頭を横に振る。
確か、源次郎は夜中には動いた形跡はないとも言及していた。動いていないのでは引くことは出来ない。
「おいおい、どうした?」
顔を横に振っている私を見て中岡編集が声を掛けてきた。
「少し行き詰ってきました……」
私は更に考える。
「そうか詰まってきたか…… 僕も詰まって、更に痛くなってきた」
「痛くなってきた?」
何の話だ?
「だから、僕は大きい方をしてくる」
おいおい大便の話かよ! 私は切れそうになった。
「すまんが行ってくるぞ」
中岡編集は腹を摩りながら、厠へと向かっていく。
こっちが真剣に考えているのに、トイレなんてちょっと我慢しろよ!
ぎーっ、ぱたんという音がして、戸が引かれ閉じられたようだが、厠の戸の上部は周囲の塀より低く隙間が開いていた。正直匂ってきそうだ。
その瞬間、私はある考えが閃いた。
そうか、その方法があった!
私は近くにある窓から問題の箇所を視認する。
やっぱりそうだ。変化がある。
一つの可能性を見出した私は小さく何度も頷いた。
でも、本当にそんな事が可能なのだろうか?
私はその可能性を更に追求する。
やっぱり無理かな? そんな都合良くいくだろうか? でも、あれを上手く利用すれば、真夜中に弓曳き童子を動かす事が出来る筈だ……。可能か? 可能だろう。少なくとも不可能じゃないはずだ……。
私はようやく僅かな可能性を見出す事が出来、少しだけ緊張感がほぐれ大きくふうと息を吐いた。
そこへ中岡編集がすっきりした顔で戻ってきた。
「いやいや、すっきりした。急に来たよ…… おっ、どうした眉間の縦皺がなくなっているぞ」
「いえ、私もちょっとすっきりしましたよ」
私はちょっと高揚気味に答えた。
「おお、僕の横の厠でこっそり君もしたのか!」
何だと!
「あ、あたしゃ、大便なんてしてません!」
私は叫んだ。
「お、おお、そうか、こりゃあ失礼した。じ、じゃあ、もしや解ったのか?」
「え、ええ、方法に関しては飽くまでも勘ですがね……」
私は熱を冷やされ静かに呟く。
「おお、そりゃ凄い!」
「それと確証を得るには証拠を入手しないといけないですけどね……」
私は呟く。
「その証拠は見つかりそうなのか?」
「ある場所は予想がつきましたが、探してもらわないと駄目です……」
「おお、凄いさすが推理小説家、坂本龍馬子だな」
中岡編集は嬉しそうに言及する。
「だ、か、ら、中岡さん、何度も何度も龍馬子って云わないで下さいって云ってるじゃないですか!」
私は苦言を呈す。
「いやいや、君を褒めようと思ったら思わずでちゃったよ。いやいや、しかし、賞賛だよ。賞賛だからね」
「解りましたよ……」
私は小さく頷いた。
「よし、じゃあ木下警部達の所へその事を伝えに行こうじゃないか!」
「証拠を探してもらう必要もありますしね」
そうして私と中岡編集は、木下警部達の待つ村上氏の部屋へと引き返して行った。