表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
112/539

それぞれへの質問  弐

「ところで警部さん。先程、初さんにあの秘密の部屋の事を聞かなかったのはわざとですか?」


 私はふと気になり質問してみる。切羽詰った警部達がその事を訊きそうだったからだ。


「えっ、ああ、あの秘密の部屋の事を聞くですか……。いやいや、思いもよらず先妻さんの興味深い話が出てきたので、興奮して失念してしまっていましたよ…… そういえば聞くべき事だったかもしれませんな」


 木下警部は思い出したような顔で云った。


「いえいえ、訊かなくて正解だったと思います。訊いてしまっていたら、より警戒されてしまっていたかもしれませんので…… なので呉羽さんのお部屋に訪問した際もその事はまだ質問しない方が良いような気がします……」


「成程ですな。まだ訊くべき時ではないというわけですな」


「ええ、まだ訊かない方が良いと思います……」


 木下警部は頷いた。


 そのまま二間程離れた隣の部屋へと歩を進める。


 その部屋の戸は、初の部屋と同じ作りになっていて少しだけ隙間が開いていた。


「あ、あの、すいません、ちょっと宜しいでしょうか」


 中村刑事がその隙間の奥に声を掛けた。


 しばらくすると、おかっぱ頭の日本人形のような呉羽が姿を現す。


「はい、なにか御用でしょうか?」


「お休みの所申し訳ございません。呉羽さんに少々お伺いしたい事がございまして……」


 中村刑事が頭を掻きながら口を開いた。


 呉羽は少しだけ訝しげな顔をする。


「……聞きたい事ですか…… でも、何で中岡さんと坂本さんが御一緒に?」


 呉羽が訝しげに訊いてくる。


「えーと、お二方にはちょっと捜査協力をして頂く事になりまして、そして、坂本さんが、特にお伺いしたい事があるというので、一緒にお連れしたのですよ」


 中村刑事が説明した。


「捜査協力ですか…… 解りました。少々お待ち下さい」


 そう言うと呉羽は一度奥に引っ込んだ。奥からは部屋を整理しているような音が聞こえてくる。


「お待たせしました。どうぞ」


 再び戻ってきた呉羽に促され、私、中岡編集、木下警部、中村刑事は呉羽の部屋に入った。


「そちら側に座って頂けますか?」


「は、はい」


 私達は促され座卓の前の座布団に腰を下ろした。対面には呉羽が腰掛ける。


「それで聞きたい事というのは何でしょうか?」


 てきぱきとした性格の為か、呉羽は腰掛けるとすぐに私の顔をじっと見ながら本題を切り出してきた。


「あ、じゃあ…… あの、昨夜なのですが、夕食後に福子さんが呉羽さんのお部屋のお布団を敷きに行かれた際に、呉羽さんの姿が無かったと仰っていたのですが、その時はどちらに行かれていたのでしょうか?」


「あ、ああ、その事ですか……」


 呉羽は僅かにばつが悪そうな顔をした。


「ちょっとね……」


「ちょっとと云いますと?」


 私は再度問い掛ける。


「ちょっと外の空気を吸いに行っていたのよ」


「外の空気をですか?」


 私は少し眉根を寄せつつ聞き返す。


 呉羽は観念したかのように大きく息を吐いた。


「本当の事を言うと、煙草を吸いに行っていたのよ…… このお城は実は禁煙なのよ、お兄様も煙草が嫌いだから、外に出て隠れて吸っていたのよ」


「煙草ですか?」


「このお城は木造建築でしょ、万が一火事になったら大変ということで、火気の使用は気を付けなければいけない事になっているのよ。特に本丸は厳禁で、料理などは二の丸で作った物を運んでくるという徹底ぶり、お兄様曰く二の丸が火事になっても本丸は焼けないようにという位だから、二の丸まで降りてお城の影で煙草を吸っていたのよ……」


「じゃあ、女中の福子さんが見たという光は?」


 呉羽はふうと息を吐いた。


「私の煙草の光かもしれないわね…… 見つからないように気をつけていたんだけど……」


「ところで呉羽さんは二の丸のどの辺りで煙草を吸われていたのですか?」


 私は福子の話を思い出しながら質問してみる。


「二の丸の端の方にある重箱櫓の陰に隠れて吸っていたのよ」


 その重箱櫓というのは小型の櫓で通常物置に使われるような櫓だった。二階建てが基本で重箱を重ねたような形をしている。


 この城の二の丸の重箱櫓は、本丸から降りてくる際の石段と、搦手門の間のずっと奥側に位置していた。福子が二の丸の櫓に戻る時に見た位置と確かに重なっている。福子の位置からは暗がりで奥行きは感じられなかった為に石段と搦手門の間だと言っていたのかもしれない……。


「でも、私が煙草を吸っていたのは、ほんの一寸の間だけよ」


 呉羽は言い訳気味に言及する。


「そ、そうなのですか……」


 私はそう答えて、少し考えてから質問を続けた。


「ところで、お煙草を吸われている際、石段をどなたか降りて行かれるのを見かけたりはしませんでしたでしょうか?」


「さあ、私は隠れながら煙草を吸っていたから良く解らないわ」


「少なくとも源次郎さんと女中さん達が本丸から降りて来られたと思うのですが、それも気付かれなかったのでしょうか?」


「坂本さんがその場所に行って、実際に聞いてみてもらえれば解ると思うけど、重箱櫓から石段までは二十メートル位離れているから、足音とかは殆ど聞こえないわ……」


「そうなのですか……」


「ええ」 


 呉羽は気に入らないのか、ちょっと苛立ち気味に私に聞き返してきた。


「私が煙草を吸っていた事が何か問題だったのですか?」


「いえ、そういう訳ではないのです。すみません、ちょっと気になったもので…… そ、それでは、私がお伺いしたかった事は以上で結構です」


 私は頭を下げた。


「それでは警部さん達の質問の方はどのような事でしょうか?」


 呉羽が木下警部と中村刑事に視線を向けた。


「あっ、いやいや、もう大丈夫です。こちらが訊こうと思っていた事を坂本さんが訊いてくれましたから」


 中村刑事が頭を掻きながら答えた。


 ほ、本当かよ! 


 いやいや、上手い言い訳を考えやがったもんだ……。


「じゃあ、もう良いのですね?」


 呉羽が改まり木下警部と中村刑事を見る。


「ええ、有り難うございました。呉羽さん、気落ちされ、お休みになられている所を申し訳ありませんでしたね」


 木下警部が立ち上がる際に頭を下げ謝辞を述べる。


 そうして、私、中岡編集、木下警部、中村刑事は呉羽の部屋を出た。


 残るは娘飛鳥の部屋である。


「それじゃあ、次の部屋へ行きましょうかねえ」


「ええ、そうですね」


 木下警部の促しに、私は小さく答えた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ