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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第七章
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それぞれへの質問  壱

 そうして、木下警部、私、中岡編集、中村刑事は、天守閣下から武者走りの延長となる廊下を伝い御殿部分に移動し、御殿部分の上層階へと階段を登っていった。中岡編集の存在は必要ないかもしれないが、一応、本人曰く探偵助手らしいので警察も同行するのを承認しているようだ。


 連郭式城郭の手前側に位置する入母屋の上から二層目部分には三つの部屋が並んでいた。


「しまったぞ、どの部屋が誰の部屋かを確認せずに来てしまったな…… どうしましょうか?」


 木下警部が頭を掻きながら呟く。


「そうしましたら折角なので全部の部屋を訪問しましょう……」


 私がそう提案して、とりあえず手前側の部屋から順番に訪問する事になった。


「失礼します」


 部屋の前で中村刑事が声を掛けた。


 すると部屋の入口である一間程の引き違い戸の片方が引き開けられ、中から妻の初が姿を現した。


「はい、何でしょうか?」


 疲れた顔をしながら妻の初が声を上げる。少し寝ていたのかもしれない。


「お休みの所申し訳ありません少々お話をお聞かせ頂きたいと思いまして、ご訪問させて頂きました」


「ああ、そうなのですね…… ところで中岡さんと坂本さんは何故一緒に?」


 初が不思議そうな顔で私と中岡編集を見ながら訊いてくる。


「いやいや、お二方にはちょっと捜査協力をして頂く事になりましてね、そして、こちらの坂本さんが、奥様にお伺いしたい事があるというので、一緒にお連れしたのですよ」


 木下警部は困り顔を作りながら説明した。


 なんだかんだ人を利用するのが上手い男だ。


「そ、そうですか…… 捜査協力を…… それでは部屋の中へどうぞお入り下さい」


 初は少し戸惑いつつも我々を部屋の中に促した。


 部屋は、村上氏の部屋と同様の書院造りになっているが、掛け軸の絵などが、藤色や紅色を使った柔らかい花の絵だったり、置かれている座布団が薄小豆色をしていたりと、女性らしい印象の部屋だった。


「どうぞそちらにおかけ下さい」


 初は座卓の前に置かれている座布団を指し示した。


 私、木下警部、中村刑事、オマケの中岡編集はその座布団に腰を下ろした。初はすぐに旅館などで用意されているお茶入れ具を取り出し、魔法瓶のような物で急須にお湯を注いでいく。


「お茶をどうぞ」


「有難うございます」


 私達は恐縮しながらそれを頂いた。警部や中岡編集もそれを押し頂く。


「……それで、私に聞きたい事とは何でしょうか?」


 初は木下警部を見ながら質問した。


「そ、それでは坂本さんの質問から先にどうぞ」


 木下警部がつぶさに私に振ってくる。


「……では坂本さん、私に聞きたい事とは何でしょうか?」


 初は私に向かって聞いてきた。


 実の所、私としては妹の呉羽や娘の飛鳥には聞きたい事があったが、妻の初に聞く事はあまり無かった。それでも部屋に訪問してしまった手前、私は一つの質問を投げかける事にする。


「あ、あの、村上氏が亡くなられた部屋を奥様がご覧になられた際、壁に刺さっていた矢に付いていた紙の句についてご説明を頂いたと思いますが、あの句に込められていた意味がどういうものかご存知だったら教えていただきたいと思いまして……」


「ああ、鶴姫の句ですね」


 初は思い出したような顔をする。


「……あの句の意味は、私の恋は、まるで三島の浜のからっぽの貝のようです。とても虚しくて、あなたの名前を思い出すだけでとても苦しくてたまらない。という意味ですよ」


「その句が、村上氏を殺害する為の矢に結び付けられていたという事は、村上氏殺害においての何かのメッセージなのではないかと思います。その句の心情を持った方に心当たりはありませんでしょうか?」


 私の問い掛けに初は少し考えてから口を開いた。


「……そうですね…… 一人だけですが心当たりがあります」


「ほ、本当ですか? それは一体どなたなのでしょうか?」


 私は慌てて質問する。


「その方が本当に関係があるのかは正直解りません、それに、その方はもう亡くなってしまっていますから……」


「えっ、亡くなった方なのですか?」


「ええ、実は、先妻であった飛鳥さんのお母様が、好きだった男性と無理やり別れさせられ、親の命令で主人と結婚させられたという話を噂的に聞いた事があるのです……」


 貴重な話だった。動機に関わるとても貴重な話だった。さすがに木下警部と中村刑事も真面目な顔になって手帳にその事を記載している。


「そ、その別れさせられた男性という方は?」


「存じませんよ、そもそも噂程度でしか知らないので、本当の事かどうかも解りません。ですがその句と関連がありそうなのはその話位しか……」


「そ、その話に属する事を飛鳥さんと話された事などは?」


 私は躊躇いがちに質問してみる。


「あるわけないじゃないですか、本当かどうかも解らない事なのに……。その事が飛鳥さんを傷付けてしまう可能性だってあるのですよ、今回私がその事をお答えした事も飛鳥さんには言わないでくださいね」


「そ、そうですね…… 解りました……」


 初はその話をしてしまった事を後悔したのか、苛立ち気味になってきてしまった。


「他にまだ質問はありますか?」


「いえ、取り合えずは以上で大丈夫です。あ、有難うございました」


 感情的になってきてしまった初にこれ以上質問を続けるのは拙いと考えた私は頭を下げお礼を言った。


「それでは警部さん。警部さんが私に聞きたい事とは何でしょうか?」


 再び初は木下警部視線を送る。


「えっ、いや、えーと、いや困ったな、聞こうとしていた事をど忘れしてしまいましたぞ、ほら、中村刑事、何だったけ?」


「えっ、聞こうとしていた事ですか、えっと、何でしたっけ?」


 中村刑事が慌てて手帳を捲る。


 おいおい、ど忘れじゃないだろ、そもそも何を聞くか決めてなかったじゃん。


 私は慌てる二人を横目で見る。


「……では、もう宜しいでしょうか?」


「えっ、ええ、思い出したら次の機会にお伺い出来ればと思います」


 中村刑事がしどろもどろに答えた。


「いやいや、お手間を取らせて申し訳ございませんでしたな」


 木下警部が無理やり柔和な顔を作りながら頭を下げ、そして膝を立てた。


 そうして、私、木下警部、中村刑事、中岡編集は連れ立って初の部屋を出た。


「……有力な情報を得られましたぞ」


 木下警部が声を顰めつつも少し興奮気味に口を開く。


「そ、そうですね、想定外の情報でした……」


 私も声を顰め、その木下警部の声に答える。


「で、でも、口止めされましたが、娘の飛鳥にも今の話を知っていたかを確認した方が良いんじゃないですかねえ?」


 中村刑事が頭を掻きながら私に促してくる。


「まあまあ、中村刑事、今は坂本さんに任せましょう。さすがに推理小説の作家さんだけあって順調に紐解いてくれているようですから」


 木下警部が中村刑事を制す。


「そ、そうですね……」


 中村刑事は小さく返事をした。


「さてさて、それでは坂本さん、次の部屋へ赴きましょう」


 警部が促してきた。


「ええ」

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