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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第六章
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昇降機と水車  弐

 外へ出ると、階段を二の丸へと降りていき、二の丸から水車のある天守閣の真下に向かうための階段に設けられている櫓下の搦手門を潜り抜ける。搦手門を抜ける際には、源次郎が閂状の止め具に引っ掛かっていた南京錠風の鍵を外してから閂を引き抜き門を開いた。


「おや、この門ってこんな鍵が掛かっていましたっけ?」


 中岡編集がきょとんとした顔で質問した。


 村上氏が存命中に私と中岡編集を引き連れて下の水車まで向かった時には、戸には閂状の止め具が引っ掛かっていただけだった。


「ええ、いつもは止め具を引っ掛けるだけで外から入れないようにしているだけなのですが、開いていたので不審に思い、昨日の夜に点検した後に鍵を掛けましたが……」


「おお、昨日の夜にですか…… これは重要な事だぞ龍馬子君」


「え、ええ」


 凄い発見をしたと云わんばかりに中岡編集は自慢げに言及する。当然ながら私はそんな事には気が付いていた。


 そのまま石垣に沿うように作られた石段を天守閣の真下に向かって降りていくと、先日見た見事な木製の水車がその姿を現した。


 桟橋に三つ横に連なった形で、一つの水車の直径は二メートル半程ある大きい物である。昨日見た時と殆ど変化はなく濡れた海水が乾いた為なのか、木の表面は結晶化した塩の為か薄っすらと白くなっていた。


「えーと、水車を動かせば良いのですか?」


「ええ、お願いします」


 源次郎が水車の止め具を外した。


 三つの水車がゆっくりと動き始める。潮流は穏やかで、恐らく時速五百メートル程しかないが、水車が大きいので中心の速度は丁度良い回転に見受けられる。


「有り難うございました源次郎さん。水車を止めてもらえますか?」


 しばらく眺めてから私は声を掛ける。


「はい、解りました」


 源次郎は止め具を戻し、三つの水車はその動きを止めた。


「ちょっと失礼します」


 私は水車に近づき、水車の細かな部分を確認していく。


「あ、あの、源次郎さん、昨夜の十一時頃、此処を確認に来られたと言っていましたよね、その時水車は動いていましたか?」


「いや、動いていませんでしたよ」


「じゃあ、次にこの水車を確認されたのは?」


「今です。それまで此処には来てはいませんけど……」 


 私は少し考えてから再度質問する。


「……因みに源次郎さん、この水車が昨夜動いた形跡はありませんか?」


「いや、此処へ来た時見た感じでは、からからに乾いていましたので、動いてはいないと思いますが……」


 そういえばそうだ。此処へ来た時、水車には濡れた形跡はなかった。塩の結晶が浮かんですらいた。動いていたのなら木が湿っている筈だと思われる。


 その時、石段の上の方から誰かが降りてくる気配がした。


「ああ、警部、ここに居られましたか」


 二の丸からの石段を降りてきたのは堀尾刑事だった。


「どうしました堀尾刑事?」


「尾道署から、少し情報が入ってきました。その報告なのですが……」


 木下警部がちらりと源次郎と私、中岡編集を見た。


「さてさて、どうですかな坂本さん。塙源次郎にお伺いしたいという事はまだまだありますか?」


「い、いえ、取り敢えずはもう大丈夫です……」


 気になる点を一応確認し終えた私は答える。


「もう宜しいのですね。それでは塙源次郎さんは、また先程の待機場所でお待ち頂いていても宜しいでしょうか?」


 私の反応を横目で確認しつつ、木下警部は源次郎に指示を出した。


「あっ、はい、私は待機場所に戻っていれば良いんですね」


「はい。お手数を取らせました」


 木下警部は軽く頭を下げた。


「いえいえ、参考になる事を言えずにこちらこそ申し訳ありませんでした」


 そう言い残し、源次郎は石段を登り帰っていった。


 源次郎の姿が見えなくなると、木下警部が改まって堀尾刑事の方へ向き直る。


「さて、それでは、堀尾刑事、報告を聞きましょうか?」


「しかし、警部、この方々は帰さなくても良いのですか?」 


 堀尾刑事が訝しげな目で私と中岡編集を見た。


「一応、今現在、この方々には捜査協力をしてもらっている状態です。坂本さんに至っては推理作家をしているというだけあって、村上氏が殺された部屋の横に隠し部屋があることまで見付けて頂いた程です。どうも我々とは目の付け所が違うようです。構いません報告してください」


「は、はい。なら読み上げます」」


 堀尾刑事が手帳を広げ、無線で入ってきたであろう情報を話はじめた。


「まず、女中頭の幾島節子なのですが、確かに二十年前から此処で働き始めているようです。それ以前は、旅館、病院などを転々としていたという情報も入ってきています。それと結婚はしておらず、ひとり身だということでした」


「病院というと看護婦か何かをしていたのですかな?」


「そうです。二十代前半頃に勤めていたとの事です」


「なるほど……」


 木下警部は頷いた。


「続いて徳井美津なのですが、やはりひとり身で、この城に来る以前は宮島の島内にあるみやじという名前の旅館で働いていた事が確認されました」


「なにかこの家の人間との古い繋がりみたいなものは?」


「それは特にはありませんでした」


 堀尾刑事は顔を横に振って答えた。


「なんだか、ひとり身ばかりですね……」


「この城での勤務は住み込みが基本のようで、休みの場合は纏めて休暇をとって本土に戻るといった感じになっているようです」


「なるほど……」


 木下警部が再度頷く。


 堀尾刑事が手帳を捲り話を続ける。


「もう一人の女中である吉川福子は、ここ以前、尾道にある菊水亭という旅館で仲居をやっていたようです。やはり結婚はしていない状態であります」


「なにか繋がりは?」


「残念ながらありません……」


「大した情報がないですな…… なにか他に有力な情報は?」


 木下警部が急かすように質問した。


「それでは、順番を変えて、からくり師、飯塚庄九郎の事を説明させて頂きましょうか?」


「おっ、何か解ったのですかな?」


「ええ、一応、詳細ですけれども」


 堀尾刑事が、手帳のページを捲った。


「飯塚庄九郎は明治の頃活躍した五代目玉屋庄兵衛から枝分かれした門派の人間のようで、茨城県日立市で人形からくりの修復などを手掛けていたようです。ですが、からくり界や人形界、伝統工芸界との繋がりを上手く構築出来なかったらしく、仕事は上手くいっていなかったとの事でした」


「難しそうな仕事ですね、私にはどうすれば仕事が上手くいくのか皆目見当もつかない……」


「それで、仕事が上手くいっていなかった飯塚庄九郎は、約二十年前にかなりの借金を抱えていたようです」


 その説明を聞いた木下警部がニヤッと笑った。


「そこで村上道正氏が出てくる訳ですね……」


「ええ、その通りです」


 堀尾刑事は頷く。


「村上道正氏からこの城を築城するにあたって、色々なからくりを仕込んで欲しいと依頼が入り、相当なお金が対価として村上道正氏から飯塚庄九郎に支払われたようです。そして飯塚庄九郎は潤ったと……」


「なるほど…… それで、その飯塚庄九郎は現在どうしているのですか?」


 木下警部が質問した。


「もう亡くなっているとの事でした」


「ん? どうして? 病気でもしたのですか?」


「いえ、急に大きな金を手にしたので身を持ち崩したようですね、妻と子等を捨てて蒸発、最後は青森の病院でひっそりと亡くなられたとの事です。お金もほとんど残っていなかったと病院側からの報告も入っているようです」


「身を崩したのですか、お金とは怖いものですね…… それで妻と子等のその後は?」


「妻は日立市内でもう亡くなっているとの事でした。子等の方は残念ながら消息は解っておりません」

「なるほど、人生色々ですね……」


 木下警部はふーっと大きく息を吐いた。


「続きまして塙源次郎なのですが、以前の事はまだ良く解っておりませんが、説明どおり二十年程前からこちらの城で働いております。そして塙源次郎にも妻子はおりません」


「なにか変わった事は?」


「それに関しては、まだ特に情報はありません」


 堀尾刑事は手帳を確認しながら答えた。


「それでは、あの料理番さんはどうですか?」


「はい、証言どおり、尾道の料亭で料理人をしていた事が確認出来ました。ただそこで料理人になる以前に何をしていたかはまだ不明です。料亭の方の話では、料理の腕は確かだったという事と、あの顔の火傷跡と右目瞼の傷はその時にはもうあったらしいです」


 そこまで説明すると堀尾刑事は手帳を閉じた。


「取り敢えず入ってきている情報はここまでですが……」


「堀尾刑事、ご苦労様でした。引き続き情報収集を本土の方へ促してください」


「はい、了解しました」


 報告が終わると、堀尾刑事は、無線がある警察の船舶の方へ去っていった。


「……と、いう事らしいですよ坂本さん。どうでしょう参考になられましたかな?」


 木下警部が私に声を掛けてきた。


「ええ、参考になりました……」


 私にはそう答えるしかなかった。


「それで、坂本さんの見解の方は如何ですかな?」


 私は俯き加減のまま考え込む。正直まだまだ詳細は見えてこない。


「いえ、まだ何とも……」


 私は自信なさげに声を上げる。


「まだ何とも…… ですか……。 さて、それでは坂本さんならこの後どう動かれますかな?」


「えっ、私ならですか?」


「ええ、興味があります」


「私なら、もう一度、美津さんと福子さんと幾島さんにお話をお伺いしたいと……」


「じゃあ、幾島さん達に話を窺いに参りましょうか……」


 何なんだこの警部は? 私の意見なんかばかり参考にしないで、少しは自分達で考えて捜査しろよ!


 なにか怖くなるぐらいに、私の意見を参考にしようとする気配が見え隠れしてくる。

 私を働かせて楽をしつつ、漁夫の利を得ようという魂胆なのだろうか……。


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