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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第五章
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捜査協力  肆

 中村刑事が去った所で、私は不愉快な気分のまま分娩椅子からのそのそと降りた。


 そして中村刑事が帰ってくるまで多少の時間があるので、周囲の様子を確認してみる事にする。


 まず、村上氏の部屋の床の間の裏側になる壁はしっかり隙間無く作られていた。また隣の部屋側の壁の裏側は砂壁で固められていては隙間は皆無に等しい。


 そのまま奥の窓側まで進んでみると、小さい小窓が設けられていた。その窓は角棒による格子がしっかり嵌められていた。因みに角棒が外れる気配は微塵も無い。その角棒の手前にスライド式の板戸が二枚あり、外気を遮断する事が出来そうになっていた。ただ此処へ入り込んだ際に戸は開いていたので、基本的には開け放ったれているのかもしれない。外が見えるので顔を近づけ覗き見ると、張り出した瓦屋根が見えた。見る限りでは仮に抜け出られたとしても下に行けそうにもなかった。


 続いて私は床を見た。畳が置かれている場所以外は剥き出しの板の間だった。ただ通常見えない場所なので作りが荒く、近づいて良く見ると、二ミリ程の隙間が所々にあった。


 そんな風に色々と観察していると中村刑事が源次郎を引き連れて戻ってきた。


 源次郎は視線を座敷牢の内に送りながら、戸惑い気味の表情をしている。


「塙源次郎さん、村上氏の部屋の隣に、こんな隠し部屋があったのですが、この部屋は一体?」


 問いかける木下警部に、源次郎はしどろもどろになりながら返事をする。


「えっ、あの、その……」


「塙源次郎さんは、この部屋の存在はご存知だったのですか?」


 木下警部が再度質問する。


「えっ、ええ、はい、まあ、一応……」


 確かに雇用主の秘密である。発言してよいものか躊躇わずにはいられない気持ちも解らないでもない。村上氏だけの問題ではなく、相手がいるものでもあるし、あんな秘事では尚更打ち明けづらいだろう。


「どうなのですか? この部屋は一体?」


 源次郎は覚悟を決めたのか、口を開き説明をし始めた。


「ご主人様は、性に関して、少々変わった趣味をお持ちでした…… その際に使用する部屋として使われていたのが、このお部屋なのです……」


「では、見たままの事を行う部屋だと」


「は、はい……」


 それを聞いた私の心には、再び不誠実で且つ、不愉快な気持ちが湧き上がってくる。


「この部屋の存在を知っているのは、他に誰がいますか? それとも皆さんがご存知だったのでしょうか?」


 警部が堅い声で質問する。


「こ、これは秘事なので、使用人では、古くからいる私と幾島だけしか知りません。美津や福子、料理番など、此処へ来て年数が浅い者には伝えてはいません。掃除も幾島が担当していましたので……」


「では、ご家族の方々はどうなのですかな?」


「そ、それは…… 奥様はご存知です……」


 源次郎は躊躇いがちに声を発する。


「なるほど、奥様はご存知と…… さすがにお嬢さんには見せてはいないと思いますが、その辺りはどうでしょうか?」


「ええ、お嬢様には見せてはいけないと思い、細心の注意を払って参りました……」


 源次郎は苦しそうに答えた。


 ――村上氏がいつも自室の戸に鍵を掛ける習慣があったという事に、この秘事が関わっていた事がなんとなくだが見えてきた気がした。


「それでは妹さんはどうですか?」


 その瞬間、源次郎の目が泳いだ。頬に汗が滲み、本人は抑えようとしているのかもしれないが、それが頬を伝い流れ落ちる。


「妹の、呉羽様は…… じ、実は、ご存知でございます……」


 普通に部屋の存在を知っているだけなら、源次郎がここまで動揺する必要はない。その様子から倫理的にいけない関係がある事が垣間見えた。


 それは警察も気が付いたようで、木下警部は頭を掻きながら聞きづらそうに質問をする。


「……呉羽さんも、あの部屋を利用した事があるという事ですか?」


「ええ、はい、いえ…… は、はい、実は……」


 肯定なのだが、微妙に否定を交えようとする気配が窺えた。


「なんというか、お金持ちの考える事は良く解りませんな、道徳観念など何処へやらといった感じです……」


 木下警部は呆れた様に呟いた。横で中岡編集も頬を掻いている。


「わ、私も、兄妹なのに、そんな関係になってしまって大丈夫なのか? と思う事もしばしばでしたが……」


 源次郎はとうとう観念して、今まで隠していたであろう本音を僅かに口にした。


「とすると、塙源次郎さん、女中頭の幾島さん、奥様、妹の呉羽さんが部屋の存在をご存知だったという事ですね?」


「ええ、左様でございます……」


「なるほど……」


 木下警部は次々に現れる非日常的な事実に辟易したような顔で大きく息を吐いた。


「それで、この部屋から別の部屋に抜け出る隠し通路のようなものはあるのですかな?」


「えっ、この部屋から抜け出る通路ですか? この部屋は見て頂いても解るとは思いますが牢の形状をしています。なので抜け出せるようになってはおりませんけど……」


 源次郎が頭を掻きながら答える。


「やはり通路はないのか……」


 頭を掻きながら木下警部が私を見た。


「坂本さん。折角隠し部屋を発見して頂きましたが、行き詰まってきてしまいましたな…… どうでしょう先程のような良い意見は?」


 そして横目で私を見ながら訊いてくる。


「えっ、いや、まだ、何とも……」


 考えが纏まっていない私は口篭る。しかしながら少し気になる点が無いわけではなかったので、一応その事を源次郎に質問してみた。


「あの~ それじゃあ少々源次郎さんにお伺いしたい事があるのですが宜しいでしょうか?」


「えっ、あっ、はい、何でしょう」


 源次郎はまだ動揺が抜けきらず、少しどもりながら答える。


「村上氏がお亡くなりになった日の夜中に、昇降機が動いたかどうかを知りたいのですが、お解りになりますでしょうか?」


 横で木下警部がほうといった表情をする。


「昇降機ですか? 昇降機は多分、動いてはいないと思いますが……」


「多分動いていない?」


「実はあの昇降機は、作動させるのが少々難しいのです。コツを掴めばそうでもないのですが、慣れないと上手くいかない場合も…… この城で動かし慣れているのは私と幾島になりますが、私は動かしていませんし、あの朝は幾島も動かす予定はなかったと思います真夜中なんかは尚更動かす道理がありません」


「昇降機をみてみれば、動かした形跡があれば解りますか?」


「まあ、幾島と私以外の人間が動かしたとしたら解るかもしれませんが……」


 源次郎は少し考えながら答えた。


「確認していただいても宜しいですか?」


 私は躊躇いがちに聞く。


「それは構いませんが……」


 源次郎は木下警部の方へ視線を送った。


 木下警部は頷き言葉を発する。


「私達も一緒に付いて行きますので、確認の方を宜しくお願いします」


「は、はい……」


 源次郎は返事をした。


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