捜査協力 参
「坂本さん。あなた凄いですな、こんな部屋を発見するなんて……。それで、こんな部屋があったということは、犯人である人間は、犯行後に此処に隠れていて、その後、隙を突いて脱出したって事ですかな?」
木下警部がやや興奮気味に質問してくる。
「えっ、この通路から脱出ですか? いえ、ちゃんと調べないと解らないですが、この部屋は外の地袋棚が嵌めこまれている状態では、中から開かないのではないでしょうか?」
私は構造から考えてそう言及する。
「それだったら、まだ私達が入った所からではなく、別の部分に抜け出る所がありそうな感じですが……」
「おお、そうか、確かにその可能性もありますな」
木下警部は気付いた様子で視線を奥に向けた。
しかし、あるのは牢格子と、分娩台と、畳三畳ぐらいで基本的には何も無い。先程、村上氏の寝ていた反対側の部屋を見はしたが、そちらの方に抜け出る気配は見当たらなかった。
「そうしたら、牢の中に入ってみましょうか」
木下警部が促してきた。
「ええ」
そうして、私と中岡編集、木下警部、その後ろから中村刑事が、牢格子に付けられていた戸を潜り抜ける。
しかし、中央の分娩台以外には物と呼べる物は殆どない。畳を捲ってみたり、壁を確認したり、そこから他の部屋に抜け出せる通路のような部分がないかも確認してみるが、そのような気配は全く無かった。
「何もないですな……」
木下警部が周囲を見ながら呟いた。
「となると、この部屋は一体何の為に?」
木下警部のその質問に、中岡編集か顔を赤らめて答えた。
「警部…… お、恐らく、手首の部分に拘束する為の器具があることからみても折檻部屋…… 閉じ込めて、そういう行為をする為の部屋なのではないかと……」
そう聞いた木下警部は、呆れたように大きく息を吐いた。
「いやいや、とんでもないな…… し、しかしながら拘束して、えーと、あれですな、そっちの行為というのをするというのは…… ちょっと面倒くさいんじゃないですかねえ?」
木下警部も云いながら恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「いやいや、いるんですよ、身動きできない美しい女性を好きなように犯して喜びを得るという輩が……」
中岡編集も頬を赤らめながら云った。
皆顔が赤い。そしてなんだか耽美的な空気感だ。江戸川乱歩の淫獣の世界のような何ていうか……。
「なるほど…… しかしながらそんなに上手く拘束出来るものなのですかね?」
木下警部は眉根を寄せたまま椅子を見た。
そして、続けて中村刑事に視線を送った。
「うーん、おい、中村君。いまいちイメージが掴めない。君、ちょっとそこに乗ってみたまえ」
「えっ、いや、嫌ですよ、それに男の私じゃイメージが……」
中村刑事は激しく顔を横に振りつつチラチラ私の方をみる。
こ、こっち見るな。私だってやりたくないぞ。
私は顔を伏せ中村刑事から視線を逸らす。
「仕方が無い。ここは、唯一の女性である坂本に乗ってもらう事に……」
中岡編集がとんでもない事を云い出した。
「い、嫌ですよ! 何云っているんですか、私だって嫌ですよ! セクハラです! それにわざわざ乗る必要なんてないじゃないですか!」
私は必死に拒否する。
「まあまあ、良いじゃないか、乗ったことで何かまた気が付く点が出てくるかもしれないし、いずれ君も出産する際に乗っかるかもしれないし、ほら、拘束具も緩んでいるから、そこに手足を差し込めばそれで良いし…… 飽くまでもイメージだから……」
「いずれ乗っかるかどうかなんて関係ないじゃないですか! 嫌ですよ! 差し込むのも嫌です。兎に角嫌ですよ!」
「まあ、いいから、いいから」
私の抗議を流しながら、私の背を椅子の方へ押してくる。
や、やめろ! 押すなよ。
「坂本さん。ど、どんななのか良く解らないので、ちょっとお願いしますよ」
自分がやりたくないもんだからか、中村刑事も手を合わせ必死にお願いしてくる。
「坂本さん、また良い発見があるかもしれません。ちょっとで良いので、申し訳ありませんが宜しくお願いします」
木下警部まで深々と頭を下げ、そんな事を言い出した。
何がちょっとだ。ちょっともくそもあるか!
「……」
私は憮然として口を噤み三人を見た。恨めしい気持ちを込める。
「……」
三人が私を見ながら無言のまま小さく頷いた。その頷きはどういう意味だ!
もう拒否できない空気感がその場を支配している。
「…… わ、解りましたよ、ちょっと座りゃあ良いんでしょ、座りゃあ……」
私は吐き捨てるように云った。
「おお、申し訳ないですな」
警部と中村刑事は喜色を浮かべた。
「本当に嫌なんですからね」
そうして渋々、分娩椅子に身を押し上げる。
「ん、こ、これは…… 中々乗るのが難しいですね……」
一応だが、どんな感じか解説しながら座ってみた。ちょっと高さがある。
「出来ましたらその拘束具に手足を差し込んでみてもらえませんでしょうか」
中村刑事が声を上げる。
「えっ、ええ……」
やっぱりそこまでするのか…… 恥ずかしいな……。
私は渋々緩んだ拘束具に手足を差し込んでみる。
「こ、これは、随分と私にはキツイですね…… 手首じゃなくて肘に近い場所になってしまいますし、足も脹脛辺りになってしまいますよ」
大体、私の着座姿勢が整った所で中岡編集が声を上げた。
「どうでしょう木下警部? 拘束って、こんな感じですよ」
「なるほど…… そうですか…… この状態で無理やりですか…… なんとなく解かりましたが、だが今一イメージが掴めないですね…… 体が大きいからかな…… 何というか龍馬が捕縛されているようにしか見えない……」
な、何っ! やらせておいて、なんだよその言い草は!
私は余りに失礼な発言に唖然とする。
「そうですね、坂本は龍馬そっくりだし、確かに龍馬が捕縛されているように見えますね」
中岡編集がうんうん頷く。
「本当だ。坂本龍馬が捕縛されているように見えますよ、ははははは」
中村刑事が嗤いながら云った。
な、中村ぁ! 何、笑っとるんじゃ、お前が嫌だって云うから私がわざわざ代わってやったんだぞ!
私は嫌々座らされた鬱憤と龍馬と云われた怒りで、今にも爆発しそうになった。
そんな私を見て木下警部がハッとした顔をした。
「あっ、いや…… いや、ただ発見があった……。坂本さんは閃かなかったが、私には発見があったぞ。となるとこの部屋を利用していた人間がどのくらいの身長なのかが解るという……」
「そ、そうですよ。身長ですよ。身長ですね……」
中村刑事は木下警部の気配や私の怒りを察知したのか、小芝居気味に相槌を打つ。
誤魔化しやがって……。
「あっ、ああ、坂本さん。参考になりましたぞ。お疲れ様でございました」
木下警部が気が付いたような顔をして、無理やり柔和な表情を作り頭を下げてきた。
よくも、イメージは掴めないだとか、龍馬が捕縛されているようにしか見えんとか云ってくれたな。
怒りはピークにまで差し掛かったが、謝られた事により、私の心はギリギリで鎮火する。
「と、とにかく、この部屋の存在をこの城の人間に問いただす必要があるな、中村刑事、誰かここに連れてきてくれ。そうだな、この城の落成当時からいる、世話役の塙源次郎さんを呼んできてくれ!」
「は、はい、警部」
中村刑事は返事をして、逃げるように田楽返しの隙間から外へと出て行った。




