捜査協力 弐
私は顎に手を添え思考を巡らす。
このからくり甲冑を機動させるには、ゼンマイを巻き、取っ手を静止状態から解除状態に動かす必要がある。
だが周辺に置かれている物を見る限りではそんな痕跡はない。もし、このからくり甲冑を使ったのなら、時限装置のようなものが必要になる筈だ。目覚まし時計の様な物が床の間に置かれていたならば何か工夫も出来そうだがそんな物は無い。
となると、このからくり甲冑は偽装の為の物で、本当は誰かが侵入して、村上氏を殺害した後に密室を作り上げたのだろうか? しかし警察が来る前に中岡編集と鍵や戸の具合を見たところそんな気配はなかった。その事に関しては警察も何も云っていない……。
それに前に中岡編集と話したが、弓では当てるのは難しいとも思える。ボウガンなら可能で簡単かもしれないが、あの甲冑以外に弓やボウガンがあったという痕跡はまだ発見されていない。
私は身を低くしながら、床の間の奥側に視線を走らせた。壁と床板の角に沿って何かの細工をした痕跡がないかを見つけようと……。
その時、私は僅かな空気の流れを頬に感じた。
――な、なんだ、空気の動きがある。隣の部屋からなのか?
しかし、壁と床板の接触する場所には隙間など見当たらない。
私は立ち上がった。
「すいません隣の部屋を見てきたいのですが宜しいでしょうか?」
「と、隣の部屋ですか? 別に構いませんが、何もありませんでしたよ」
木下警部が何事かといった顔で私を見る。
「ちょっと確認したい事が……」
私は立ち上がると、村上氏の部屋から廊下に出た。中岡編集は何事だと云わんばかりの顔で私を見ている。
隣の部屋も一枚戸の奥側引き戸になっていて、その二つの戸は両方とも部屋の中央辺りから出入り出来るようになっている。そして戸から戸までの距離は四間程離れていた。
私は隣の部屋に入り込んだ。
隣の部屋はやや小ぶりながら村上氏の部屋と良く似た書院作りの部屋になっていた。床の間のある位置も同じで、入って右側の壁側にあった。私は床の間の反対側を見た。そこは一面上品な砂壁で何もなかった。
私は壁まで近づき境目に視線を走らす。隙間のような部分は特にない、だが違和感が襲ってくる。入口の戸の部分から壁まで一間程の距離しかなかったのだ。
再び村上氏の部屋へ戻る。そして部屋の入口付近から床の間を見る。床の間の奥まで一間半程であった。
――おかしい。
私は廊下部に出た。
一見解りにくいが、村上氏の部屋と隣の部屋の内装を考えると、一間半程距離が合わないのだ。
手を広げ、戸の端から寸法を図ってみる。やはり四回分大凡四間程の距離がある。
「お、おい、君は何をしているんだ?」
そんな私に中岡編集が奇異な目を向けてくる。
私は村上氏の部屋に戻った。
そしてじっと床の間とその隣の部分に視線を送る。床の間の横は、下に地袋棚が設けられ、その上側には違棚が設けられていた。境となる部分は手前側に床柱が配され、その後ろ側は竹を編んだ衝立で塞がれていた。気になる点は胸の高さに設けられていた違棚の壁に接する角の部分が丸くなっている事だ。
私は近づき、隙間をジッと見る。特に変なとことはない。
続いて私はしゃがみ、地袋棚を開けてみた。何の変哲もない地袋棚だった。私はその地袋棚の戸を掴み、そのまま地袋棚ごと引いてみた。ゴトっという音と共に地袋棚そのものが前に抜けた。
「ぬ、抜けたぞ……」
私の後ろで中岡編集と鑑識の男、木下警部が驚きの声を上げる。
私は地袋棚を抜いた壁側に近づく、そして壁の右端に手を添えてみた。すると、右手側の壁そのものが奥に押され、左手側の壁が手前に押し開かれてくる。
「で、田楽返し……」
中岡編集が唖然とした顔で呟いた。
「おい、何だ、これは、隠し部屋じゃないか!」
木下警部が驚いた顔で近づき、隙間から中を覗く。
「さ、中岡さん、その田楽なんとかって言うのは何ですかな?」
「……田楽豆腐という串に刺した豆腐を回しながら焼く物があるでしょう、そんな感じに壁の真ん中に軸を通して、歌舞伎などで背景を瞬間的に入れ替える。舞台からくりの一つです……」
中岡編集は緊張気味に答えた。
「舞台からくりだって!」
「え、ええ、そうです」
中岡編集は頷いた。木下警部も中村刑事も、鑑識の男性も一様に驚いた顔で傾いた壁を見ている。
「ま、まあいい、それより中は一体どうなっているんだ? 早速中を見てみようじゃないか!」
木下警部が急かすように私に声を掛けてきた。
「え、ええ」
私は急かされるまま壁の右側を押し開き隙間をどんどん広げていく。そうして人が通れそうな広さまで押し広げると、その隙間から、体をその空間の中に滑り込ませた。
その空間には、窓があるのか、外からの採光で多少内部の様子が伺えた。私は体を奥側へ向けてみる。
「なっ!」
私はその空間の奥側にとんでもないものを見た。私の心に瞬時に不快で且つ、不健全な感慨が襲い掛かってくる。
みてはならないものを見てしまった感覚だ。
横幅一間半、奥行き三間程の空間の手前には、固そうな木で作られた格子が設けられていた。その格子は視界を遮る為の物ではなく、檻の役割を担う為の物だった。
「ざ、座敷牢だ……」
私は思わず呟いた。
後ろから入ってきた木下警部が声を上げた。
「な、なんじゃこらあ!」
その後ろの中村刑事はあまりの光景に声を失っている。
格子の奥の部屋の真ん中には、木で出来た重そうな産婦人科などで使う分娩台、いや分娩椅子のような物が忽然と置かれてあった。そしてその脚部には拘束する為の機材が取り付けられている。また肩や手首に当たる部分にも同様の機材が……。
「いやいや、これはマズイ、これはマズイぞ!」
後ろから部屋に入ってきた中岡編集は興奮気味に叫んだ。
私はその分娩台のような物を目の当たりにして、想像するのも恐ろしい不健全な光景と、更にあってはならないことがあった可能性が頭を過ぎってしまった。
「な、なんと破廉恥な……」
木下警部が搾り出すように声を発する。
木で出来た牢には同じく格子状の戸が付けられていて、その戸には更に鉄製の古そうな鍵が掛かっていた。
上下左右は板張りのままで、天井側には梁などが丸見えになっていた。その分娩台の奥、窓側近くには嵌めこまれた形ではなく置かれた形で畳が三枚並べてあった。
とにかく秘密の部屋であった。




