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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第五章
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捜査協力  壱

 そうして私と中岡編集は木下警部と中村刑事と共に再び階段を使い村上氏の寝室へと登っていった。


 村上氏の寝室は上層二層目に位置しており高欄のない作りをしている。二層目ということもあり面積はある程度広く、階段を登り切った踊り場からは、片開きの戸二枚を経て二つの部屋を利用する事が出来るようになっていた。


 私と中岡編集は木下警部と中村刑事に引き連れられ階段に近い場所に位置する村上氏の亡くなっていた部屋へと入り込む。


 遺体は未だ部屋中央の布団の上に置かれていた。そして床の間には体を正面に向け腰に手を添えた格好の甲冑が飾られていた。弓は正面右手前、矢は体の真横の筒に入っている。


「あれ? からくり甲冑が正面を向いているぞ!」


 それを見た中岡編集が思わず声を上げた。


 傍にいた中村刑事が説明する。


「それが基本姿勢です。そこから解除すると、上体を横にして、弓を取り、矢を番え放つ事が出来るのです」


「ほうほう…… 解除というと葛篭の底にあった木の取っ手か何かですか?」


 中岡編集が顎に手を添えながら質問する。中岡編集がまた少し探偵気分になりつつある。


「良くご存知ですね」


「ええ、村上氏の遺体発見時に下のほうを覗き見たものですから」


 中岡編集はぽりぽり頭を掻きながら答えた。


「そうです、その取っ手を動かして解除するんです」


「では、ゼンマイを巻く為の取っ手はどこに?」


 中岡編集は身を屈めながら質問した。


「それは裏側にありました」


 私はそんな中岡編集と中村刑事の会話を聞きながら、静かに思考を巡らす。


「……あの~、もし出来ましたら甲冑が矢を放つ所をお見せ頂いても?」


 中岡編集が中村刑事と傍の鑑識の男を交互に見ながら声を上げた。


 鑑識の男は確認するかのように木下警部を見る。


「構いません、動かして矢を放って見せてあげてください」


 木下警部は頷きながら声を上げた。


「は、はい」


 どうやら見物させてくれるらしい。


  鑑識の男は葛篭の背後に回りこみ何かを廻し始めた。葛篭の中からキリキリと何かを巻き上げる音が聞こえてくる。


 巻き上げ終わったのか今度は、葛篭の下側に手を入れて取っ手をある位置からある位置へと動かしてから手を抜いた。


 鑑識の男はその作業が終わると壁側に身を寄せる。警部も一歩後ろに下がった。それを見た中岡編集もちょっと心配になったのか一歩後方へ下がった。私は更に中岡編集の影に入り中岡編集を盾にする。


 見ると、和紙が結び付けられていた矢は壁から抜かれ、すぐ真下の畳の上に置かれていた。矢が刺さっていた辺りの壁には穴が開いている。


 遺体の傍にも、遺体から引き抜かれたのか、二本の矢が揃えて置かれていた。からくり甲冑の横にある矢筒には検証に使用したのか一本だけ矢が突き刺さっていた。


 微かな機動音がなっているが、意識しなければ聞こえない程度の音だ。からくり甲冑の上体が正面から横にゆっくりと捻られ始めた。葛篭台の上に載っている腰から上の部分が独楽のように回る仕掛けがあるようだ。


「本物の弓曳き童子には腰が廻る機構は存在しないが、これだけ大きなからくりならでは、体を捻る機構が組み込まれているようだな」


 中岡編集が独り言のように説明してくれる。


 上体が完全に横を向くと、左手が動き弓を手に取った。そして右手が矢筒に向かい矢を手に取る。そしてゆっくりと弓に矢を番えた。


「すごいな、ほとんど音がしない…… そしてなんて滑らかな動きなんだ……」


 中岡編集が感激したように呟いた。


 弦が引かれ、キリキリという矢を引き絞る音が微かに聞こえてくる。これ以上引けないといった所で、突然、ビンという音と共に矢がピシュと放たれた。矢は壁に開いた穴に折り重なり突き刺さる。


 結構な威力だった……。あれを胸に喰らったら確かに致命傷となりうるだろう。


 からくり甲冑は動きを止めることなく、次の矢に手を伸ばす。次の矢は矢筒に納まっていないので、ない矢を摘みとる仕草をして再び弦を引き絞り、その緊張を解き放つ。弓は楽器のようにビイインと音を発した。


 そこで鑑識の男が葛篭台の下に手を差し込み、取っ手を動かし機構を止めた。


「こんな感じです」


「あ、有難うございました」


 中岡編集がお礼を言った。私も横で小さく頭を下げる。


「何か参考になりましたか?」


 鑑識の男が聞いてくる。


「ええ、参考になりました……」


 中岡編集が驚き顔で答えた。


 そう答えたものの、驚きの為なのか中々次の言葉が出てこない。


「ど、どうだ? 君は参考になったのか? 何か意見は?」


 徐に中岡編集が私に訊いてきた。仕方が無いので私は小さく手を上げ質問する。


「恐れ入りますが、ゼンマイ部分と下の取っ手部分を見せて頂いても?」


 鑑識は私ではなく警部をみる。警部が軽く頷いたのを見た鑑識は、私に軍手を差し出してきた。


「では、この軍手を付けて頂けますか?」


「ええ」


 私はおずおずと軍手を嵌める。


「ではこちらへ」


 鑑識の男が床の間の上に私を誘った。私はからくり甲冑の左から回り込む。中岡編集は私の更に外側へ回り込み覗き込んだ。


 床の間には甲冑以外に床柱の反対側の隅に花器に花が添えられていた。それ以外には物はなく、特に邪魔になる物は無かった。


「まずこちらがゼンマイを巻く為の取っ手です」


 床の間の奥側面をみると木で出来た取っ手があった。回し易いように持ち手の部分が回転するように作られていた。


「では、続いて裏側の解除用の取っ手をお見せします。私が葛篭を少し手前側に傾けますから、反対側の床板面に顔を近づけて見てください」


「はい」


 私は鑑識の男の反対側に回りこみ身を低くして構えた。


「いきますよ」


 鑑識の男は甲冑と葛篭を抱え込むような姿勢で、僅かに自分の方へ引き倒した。裏面が顕になり、裏の取っ手が見えてくる。取っ手は床の間の前側から後ろ側に動かせるようになっていた。


「動かしても宜しいですか」


「はいどうぞ」


 恐らく警部が許可するだろうと思ったのか鑑識はそう返事をした。


 私はその取っ手を触ってみた。樫の木か何かで作られた頑丈そうな取っ手だった。それが手前側に位置していたので私は奥側へと動かしてみた。取っ手は左程硬くなく、指の力程度で動かせる感じだった。奥側まで動かすと中の機構が動き出したのか内部から微かな機動音が聞こえてくる。


 私は取っ手を手前側に戻した。


「有難うございました。もう大丈夫です。因みにこのからくり内部に時限装置のような物は組み込まれていませんでしたでしょうか?」


 私は気になる部分を質問する。


「調べてみましたが、そのような機巧はありませんでしたよ……」


 鑑識の男はそう答えながら、からくり甲冑をゆっくり丁寧に元の状態に戻した。


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