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歴女作家 坂本龍馬子の奇妙な犯科録  作者: 横造正史
第四章
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警察の説明  壱

 一時間程、その場で待っていると、木下警部と中村刑事が階段を降り、私達のいる広間に入ってきた。女中達が気を利かせて、上座になる辺りに座布団を用意する。二人はその座布団に腰を下ろした。


「皆さん大変お待たせ致しました。ご主人様の亡くなられた状態がある程度把握出来てきたので、それを報告させて頂きます」


 皆は緊張気味に頷いて応えた。


「まず、ご主人様の死因は、胸に矢を受けた事による物になります。矢は心臓に刺さったもの、肺に穴を開けたもの、胃の上部に刺さったものがありました」


 それを聞いた妻の初、娘の飛鳥は強張った顔をした。


「更に、ご丁寧な事に鏃には毒物らしきものが塗られていました。なので仮に掠り傷だったとしても毒により絶命していた可能性もあります。因みに、その毒は、壁に突き刺さっていた矢にも塗られていました……」


 木下警部は、皆の反応を確認するかのように視線を走らせた。


「それでですね、ご主人様の死亡推定時間は昨夜の午前三時頃、部屋の装飾品として飾られていた鎧兜の中に矢を放つからくりが仕組まれており、その機能により放たれた矢で射殺されたと思われます」


「あ、あの鎧兜は本当に矢を放つことが出来るのですか?」


 源次郎が躊躇いがちに質問した。


「ええ、鎧兜が載っている葛篭の下にゼンマイを巻き上げる為の取っ手が付いていました。それを巻き上げ矢を矢筒に差しておくと、矢を抜き矢を番え、結構な威力で矢が放つ事が出来ましたよ」


 そこまで説明した後で木下警部は表情を曇らせる。


「……ただ、良くわからないことが何点か…… 御用聞きの塙源次郎さんのお話では、ご主人様の部屋には鍵が掛かっていたと聞きました。確かに我々が確認した所、部屋の鍵は外に鍵穴の無い、部屋の中の人間だけが鍵を掛けられる引っ掛ける形式の鍵でした。そして更に引っ掛けた後、引っ掛けた部分を横から縦にしてより開かなくする形式の物でした。その鍵は縦になって引っ掛かった状態で、鍵全体の根本から破壊されていました。状況から鑑みるに恐らく中にいたご主人様が閉められたのだと思われます。つまり部屋は密室状態だったという事です」


 確かに私達がその戸の状態を確認した際にも、細工した後は見つけることが出来なかったし、細工をしにくい鍵の形状をしていたと感じていた事も確かだった……。


「もしかしたら別の弓で射殺し、部屋に外から鍵を掛けたという可能性もありますが、今のところその痕跡は見当りません。となりますとやはりあの鎧武者がご主人様を射殺したと見るべきなのでしょう。しかしながら、あの鎧武者のからくりには時限装置のようなものはありませんでした。なので、どうやって午前三時頃動き出すようにしたのか、またどうやって矢の軌道上にご主人様を動かしたのかが良く解らないのですよ……」


 木下警部が大きく息を吐いた。


「まあ、いずれにしても、皆さんの昨日の夕方頃から、今朝遺体が発見されるまでの行動を確認しなければなりません。宜しいですかな?」


「は、はい」


 視線を向けられた妻の初は、頷いて答えた。


 そうして、木下警部と中村警部が妻の初、呉羽、飛鳥、源次郎、私、女中達に対し行動確認を行っていく。


 ただ、その内容に関しては中岡編集が素人探偵気取りで聞いた内容と左程変らず、特に新しい情報が付け加えられた気配はなかった……。


 そこへ船長の事情聴取を行っていた堀尾刑事が戻ってきた。


 女中の幾島はすぐに座布団を木下警部の席の横に用意する。堀尾警部は軽く礼をした後、座布団に腰を下ろし、横の木下警部に耳打ちして何かを説明をし始める。漁船の船長の詳細を報告しているのかもしれない。


 堀尾刑事の報告を聞き終えた木下警部は、再び我々に視線を向ける。


「……えーと、それでは最後になりましたが料理番さん。お名前と昨日の夕方頃から、今朝にかけての行動をお教えいただけますかな?」


「は、はい、私はこの城の料理番で、越中三郎と申します。昨日の夕方頃は調理場に篭りご家族の方々の料理を作っていました。それが終わると後片付けをして、今度は使用人達の夕飯を作り、それの後片付けをして、明日の料理の仕込みをしてから、自分の部屋に帰って寝ました。基本的に調理場と自分の部屋からは出ていません。朝は七時頃から調理場に入っていましたけど……」


 料理番の越中は、相手が刑事になったせいなのか、随分素直そうな顔をして説明を行う。


「……あの、刑事さん、私は思うんですけど、外部犯の可能性が無いわけではないという話だったじゃないですか、実はここにいる中岡さんという客人と、坂本さんという客人が漁船の船長と連携してやったんじゃないですかね?」


 いきなり料理番が持論を警察に説明し始めた。


「いやいや、お客人さん達が犯人だという可能性は当然ありますが、漁船の船長さんが何かしたというのは無理がありますな」


「それはどうしてですか?」


「船長さんは、昨日ここにお二方を迎えに来た後は、尾道港に真っ直ぐ戻り、その後尾道港付近の居酒屋に寄った後、自宅に帰宅したとの事でした。自宅ではご家族の方と一緒に過ごされたようです。一応、尾道署の方に連絡を取り、船長さんの奥さんに確認した所、間違いは無いとのことだったようです」


「そ、そうなのですか……」


「まあ、船長さんが犯人では無いとはいえ、外部犯の可能性は少しは残ってはいますけれどもね。只あのからくり人形を使った事や矢で殺されていた事を考えると、やはりここにいる誰かが、村上氏を殺害したと見るのが一番自然なのかと思いますがね」


 疑われ、皆は再び暗い表情になり押し黙ってしまった。


「なので、今度は村上氏との関係性とそこから派生する動機的な部分を探っていきたいと思いますので、その点を意識してお答え頂ければと思います」


 木下警部が中岡編集に視線を向けてきた。


「それでは、突然の訪問客である中岡さんとお連れの坂本さんにお話をお伺いしていきたいと思いますが宜しいですかな?」


「は、はい、解りました」


 中岡編集は緊張気味に答えた。


「さてと、ところで、なぜお二方はわざわざこんな場所まで訪問してきたのでしょうか?」


「そ、それは、こちらのお城の噂を聞いて、是非この目で見てみたいと思い、やってきたのです」


「なぜお城を見たいと思ったのですか?」


「そ、それは、この坂本が書く小説の題材として見ておきたかったからです」


 中岡編集は私を見ながら云った。


 木下警部は興味深げな表情をした。


「ほう、小説ですか? こちらの坂本さんが、この城を題材にして小説を書かれる為に此処へ来たと…… ということは坂本さんの職業は?」


「一応、さ、作家です」


 私は躊躇いがちに答える。


「なるほどなるほど作家さんでらっしゃいましたか」


 木下警部は舐めるように私の顔を見てから納得顔で頷く。


「では中岡さんの職業は?」


「えっ、ええ、出版社の編集をやっております」


「そうですか。作家と編集者での取材旅行という訳だったと……」


 中岡編集は頷く。


「因みに本は本名で書かれているのですか? それともペンネームなどを使われているのでしょうか?」


 木下警部が私の顔を見ながら訊いてきた。


「い、一応、ペンネームを使っています」


「何というペンネームで?」


 また云いにくい事を訊いてきやがる。


「そ、それは……」


 正直云いたくない。


「えーと、ペンネームは坂本龍馬子という名前を使っています」


 中岡編集が声を上げた。


 すると木下警部の目が一瞬大きく開かれる。


「なるほど、あの武田家埋蔵金伝説殺人事件を書いた坂本龍馬子が坂本さんだったという訳ですか、これは、これは奇遇というか何と言うか……」


 木下警部は大袈裟な言いまわしをしながら私を見た。


「確か、坂本龍馬に似ているから坂本龍馬子と名乗られたと表紙裏に書かれてありましたが……」


 細かい所まで良く見てやがる。


「著者欄の写真を見た時、なるほど坂本龍馬に似ていると思いましたが、実際見ると本当に坂本龍馬に良く似ている。これはすごい。あははははは」


 あはははは。って何だよ。失礼じゃないか。


「あんた、そんな小説を書いていたのか……」


 料理番の越中は、驚きながらも少し面白くない、といった表情で私を見た。


「しかしながら、貴方が推理小説を書いている小説家さんであろうとなかろうと、いや、推理小説を書いている作家さんであるからこそ、今回のような奇妙な事件の犯人として疑わしいとも云えます。質問を続けますよ」


 木下警部が不敵な顔で私を見た。


「は、はい、解りました」


 私は小さい声で答えた。


「それで今回こちらに訪問する事になった際、どのように連絡を?」


 木下警部は私と中岡編集の顔を交互に見る。


「雑誌でこちらの城が紹介されていたのを見て、郵便局でこちらへ出す住所の書き方を聞いた上で、訪問したいという旨を記した手紙を送ったんです。それで返信が参りまして、昨日の日時を指定されたのでやってきたんですよ」


 中岡編集が小さく手を挙げて答えた。


「郵便局から手紙なんて来るのですか?」


 木下警部が源次郎に顔を向け質問する。


「え、ええ、二週間に一度ですけれど、近くの島に郵便物を届けるついでに寄って頂く事になっております」


「なるほど……」


 木下敬意部は頷きながら答える。


「それでは、今回以前に、どこかでこちらのご主人様であった村上道正さんと会われた事などは?」


「ありません。今回初めてお会いしました」


 中岡編集が答え、私は横でそれに頷いた。


 木下警部は少し考えた上で再度口を開く。


「まあ、とりあえずは以上で結構でしょう。またお話をお聞かせ頂くとは思いますが、その時は宜しくお願いしますね」


 木下警部はにやりと笑いながら私と中岡編集を見た。


「は、はい解りました」


 中岡編集は緊張気味に答えた。私もまた頷く。

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