表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネザーランド戦記  作者: 草薙健一
3/3

再会

夏祭りにわく広場はリザードの襲撃によって殺戮の場と化した。

絶体絶命の危機に陥った少年クロム!

しかし、そこに一人の魔法使いが現れた。

クロムの運命やいかに?

 血なまぐさい様相を呈した村の広場を,四体のリザードが獲物を探してうろついている。

 その様子をクロム・カレンバッハとノエル・ビルトは村長の屋敷の陰から恐々としつつもうかがっていた。

 ノエルは身体の震えを必死にこらえている。

 無理も無い。

 ふたりは従軍経験も無い,ただの十五歳の少年たちなのだから。

 幸いなことにリザードは赤外線を『見る』ことによって獲物の体温を感知することができるという恐ろしい能力と人間以上の嗅覚は持っているものの,聴覚はほとんど存在しない。

 このため,血の匂いが充満しているこの広場では嗅覚は封じられるので,現況は物陰に隠れてさえいれば赤外線感知にも引っかかることなく、しばらくの間は安全であるといえた。


「どうするクロム?このまま軍の応援を待つしかねえかな」

 ノエルが小声でささやいた。声が震えている。

「う~ん,広場から周りの家に向かって動き出されたらどうしようもないよ。さっきの見たろ?みんな紙くずみたいにやられちまった。あの馬鹿力じゃ玄関のドアなんかあっさりぶっ壊されるぞ。そうしたらみな殺しだよ」

 クロムは唇をかみ締めた。

 その時、リザードたちが一斉に頭の向きを一方に変えた。

 広場の森側に面した方向である。

 そこには、クロムの妹、クリスティンが茫然と立ちすくんでいた。

「な、何これ。いや、いやぁっ!」

 森で逢引を楽しんでいた帰りに、いきなり血みどろの広場を目の当たりにしたクリスティンは恐怖のあまり絶叫した。

「クリス、あのバカ!」

 さすがのクロムも顔色が真っ青になった。

 村長の屋敷の陰からクリスティンに向かって走る。

 なんとしてでも妹を逃がさなければ。

 走りながら、腰に装着してあるスキャバードからナイフを引き抜く。

 リザード相手にこんなナイフはおもちゃでしかないが、無いよりましだ。

 4体のリザードのうち1体がクリスティンに向かって歩き出した。

たかだか人間のメス一匹処分するのにそれ以上は必要ないと判断したのだろう。


 リザードがクリスティンの目前に迫る手前でなんとかクロムは両者の間に走りこんだ。

 リザードに振り向き、右手前でナイフを構える。

「お兄ちゃん!」

 クリスティンの表情が一瞬、希望に輝いた。

「早く逃げろ、森の中に駆け込むんだ!」

「うん!」

踵を返して走るクリスティン。

「SHRRRR」

息をしゅうしゅうと立ててリザードが向かおうとするのを、左腕を広げながら阻止する。

「お前の相手はおれだ、このトカゲ野郎」

 右手のナイフを正中線上に構え、ナイフを頂点に三角錐を作り、その中に自分の身体をできるだけ納めるようにする。

 軍事教練で教わった武器術の基礎だ。

 かろうじてここまではなんとかなったものの、先ほど紙屑のように村人たちを虐殺してのけたリザードとの対峙はクロムの神経を恐ろしい勢いで消耗させた。

心臓の鼓動は早く、呼吸は浅くなる。

恐怖のあまり腰がだるくなる。

「SHAAAAAAA!」

 襲い掛かってきたリザードの腕の下をくぐりながらナイフを振るった。

 棒切れにでも切りつけたような手応え。

 リザードの表皮は鮫皮のように硬かった。

 思わぬ抵抗に激昂したのかリザードの眼が深紅の攻撃色に染まった。

 旋転したリザードの尻尾が風音を立てて迫る。

 とっさに両腕でガードしたが、リザードの尻尾はクロムの両腕をあっさりとへし折った。

「があっ!」

 クロムの胴体にめり込んだ尻尾はその勢いのままクロムを弾き飛ばした。

 身長175㎝を超える身体が鞠のように転がった。

「か、か、かっ」

 真っ赤な血を吐いた。

 折れた肋骨が内臓を傷つけているのだろう。

 両腕には全く力が入らない。

 ナイフはとうに取り落としている。

 死ぬのか、俺はここで死ぬのか?

 魔法使いになる夢も果たせないまま?

 否!否!否!否!

 そのとき、クロムの口から自然に呪文が紡ぎだされた。

「大地と大気の精霊たちよ、我に力を与えたまえ、わが剣となりて、わが敵を滅ぼせ!」

しかし、何も起こらなかった。

クロムは魔導書を読み込んではいたものの、魔力を行使するための魔導回路がまだ体内に形成されていない。

魔法が発動しないのは当然であった。

「ははははは」

ゆっくりと歩み寄ってくるリザードを前にして、口から乾いた笑いが漏れた。

魔法使いさん、おれ、あなたが言ってた「鉄のような男」になれましたか?

リザードが右手を振り上げた。

確実な死を目の前にしてクロムは両目を閉じた。

突然、あたりに炸裂音が響いた。

覚悟していた激痛も訪れない。

恐る恐る両目を開いてみると、眼前のリザードの右腕が消失していた。

肩からは白煙が上がっている。

「GYUREEEEEEE!」

リザードが振り向いた方向に目をやると、上空に人影が浮かんでいるのが見えた。

まちがいない。魔法使いだ。

しかし、その魔法使いがリザードの腕を吹っ飛ばしたのであればこれは普通ではないとクロムは気づいた。

この魔法使いは空中浮遊の魔法を使いながら攻撃魔法を行使できたことになる。

いかなる魔法使いも、同時に二つ以上の魔法を使うことはできないはずなのだ。

しかし、その魔法使いは空中に浮かんだまま、再び攻撃魔法を発動させた。

「焔矢連弾奏!」

魔法使いの周囲に無数のプラズマ火球が生成され、リザードに向かって放たれた。

クロムの眼前のリザードは尻尾、腕、頭、胴体を次々と爆散させられて消し飛んだ。

「あちちちち」

 ばらばらと消し炭のようになったリザードの破片の一つがクロムのシャツの襟に入ったのである。

 熱いのだけど両腕が折れているので払い落とせないし,身もだえするたびに折れた肋骨が痛む。

「また会ったな、少年! ナイフ一本でリザードに立ち向かうとは、その意気やよし! 」

つむじ風とともにクロムのすぐそばに降り立った魔法使いが凄みを帯びた笑顔で話しかけてきた。

身長190cmを超える長身。

長い黒髪。

象牙のような輝きを帯びた艶やかな肌。

切れ長の目に深い藍色の瞳。

形よく盛り上がった胸。

すべてが目を引くオレンジ色の、先がとんがったつば広の帽子、風にたなびくマント、ひざまでのロングブーツ。

「はい,ありがとうございます。まさか、あなた・・・ディッケスさん? 」

「話はあとだ。トカゲ3体、一気に片づけるぞ! 」

リザードたちが迫る。

「爆轟!」

リザード全体が、その中心に突如発生した爆発に巻き込まれた。

 爆風と小石とバラバラに吹っ飛んだリザードの身体の一部がクロムと魔法使いの周りに張り巡らされた障壁に叩きつけられる。

「戦いの基本、その1。まずは一撃で倒せる雑魚を全部倒す」

爆風が収まったあと、一体のリザードだけが立ち上がった。

  粉々の部品となって散らばっている他のリザードたちよりもやや大きい。

「戦いの基本その2。最後に残ったいちばん強そうな敵とは時間をかけてゆっくり戦う」

魔法使いは帽子とマントを脱いで無造作にクロムに向けて放った。

白いシャツと革ジャケットと革手袋、手甲をまとってはいるが、それらの上からでも広い肩幅、分厚い胸板など、鍛え上げられていることが見て取れた。

 とても魔法使いには見えない、むしろ闘士のそれといっていい肉体である。

両者は3mほどの距離を開けて対峙した。

この距離では魔法を唱えるよりも早くリザードの攻撃が届くだろう。

いかに強大でも魔法使いがリザード相手に接近戦でどう戦おうというのか?

『GYURAHHHHHH!』

リザードが吼えた。

爪、蹴りが雨あられと魔法使いに襲いかかった。

しかし魔法使いはそれらの攻撃全てを受け流してみせた。

 リザードが尻尾を振り回した。まともにくらえば骨折は免れないが、魔法使いは飛び退りもせずに逆に前に出た。リザードの尻尾を巻き込むように旋転する。

 なんと、体重100㎏はあるだろうリザードの巨体が宙を舞った!

 そのまま何回も旋転を繰り返す魔法使い。大きく平円を描いて振り回されるリザード!

 そして広場中央の舞台の裏に設置されている石壁に,岩をも砕けよとばかりにリザードを叩きつけた。

 轟音と共に壁が崩れ,瓦礫がリザードを下敷きにした。

 ぱんぱんと手の埃を払う魔法使いだが、その目は瓦礫の山から決して離さなかった。

『GYUEEEEEEE!』

瓦礫の中からリザードが立ち上がった。少なくとも内臓が破裂するくらいになっててもおかしくないのだが。すさまじいばかりの生命力である。

 リザードが魔法使いめがけて突進する。右腕を大きく振りかぶった瞬間、魔法使いの身体が再び独楽のように旋転。

リザードの右腕の下の死角に入りながら左掌がリザードの腹部にあてがわれた。

 そして右肩、下顎への撃ち上げ、延髄、頭頂部への打撃を一呼吸の瞬転と共に終わらせるのと同時にリザードの背後に歩み去る。

次の瞬間、リザードの背骨が、胸が、頭部が、片端から轟音を挙げて爆発し、跡形残さず吹き飛んだ。

クロムは戦慄した。

こんな桁外れな魔法使いは英雄物語にだって見たことない。

「あの、助けてくださってありがとうございます。ディッケスさん」

 息も絶え絶えではあったが絞り出すようにして礼を言ったクロム。

 ぽんぽんと埃をはたきながら,クロムに歩み寄ってきた魔法使いは答えた。

「それは世をしのぶ仮の名だ」

「は?」

「お前、以前は魔法使いになりたいと言っていたな?いまでもその気持ちに変わりはないか?」

「はい!いててててて!いてえ!」

 あまりに勢いよく応えたので折れた肋骨がきしんだのである。

 くくくくく。

 魔法使いは笑っていた。

 クロムの顔をのぞき込む。

「我が名はアルテア・ブロッテ」

「え?」

「喜べ、お前を世界最強の魔法使いにしてやるぞ!はっはっはっはっは! 」

 ネザーランド救国の英雄、『深紅の魔女』と呼ばれる伝説の魔法使いがそこにいた。

 そこでクロムは意識を失った。


 その4に続く

さて,ヒロイン(?)登場!

次回はいよいよ主人公のクロム君とヒロインのラブラブちゅっちゅ生活が始まります!(ウソ)

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ