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ネザーランド戦記  作者: 草薙健一
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出会い

プロローグ


 聖歴1935年。エウロペア大陸で永きにわたって続いた大戦は終わりを告げた。神聖ゲルマニア帝国が起こしたこの戦いでは、機関銃、戦車、毒ガスなどの新兵器が用いられ、戦いは悲惨を極めた。そして、古来から戦場で用いられてきた力・・・魔法である。

 神聖ゲルマニア帝国に侵攻されたネザーランド王国は一時ゲルマニアに膝を屈するかと思われたのだが、そのとき二人の英雄が現れた。

 豊かな金髪を獅子のごとくなびかせ大剣を振るい、単身ゲルマニア軍敵将を討ち取った、銃弾をもはじき返す不死身の肉体を誇る巨漢の魔法剣士、「獅子王」リオン・ラバルト。 

そして、深紅のマントを身にまとい、気象すら操る大魔法をもって数十万の兵を向こうに回して戦った女魔法使い「深紅の魔女」アルテア・ブロッテ。

 彼らの参戦により勢いを盛り返したネザーランド王国軍はゲルマニア軍を国境線の向こうまで叩き返し、休戦を迎えたのである。

 彼らはネザーランド救国の英雄と呼ばれ、その活躍はネザーランド中に知れ渡り、人々は彼らの物語に夢中になった。

 そして年月がたった。


 第1章 出会い


 クロム・カレンバッハ少年は空を飛んでいた。

 蒼穹高く舞い上がり、風を切りながら、美しい空間を縦横無尽に駆け巡る気分は何ともいえない心地よさだ。

 数m離れて付き添ってくれているのは、大魔法使い「深紅の魔女」 アルテア・ブロッテだ!

 深紅のマントをなびかせ、長い金髪の間から色白の細面がうかがえる。

 アルテア・ブロッテといっしょに空を飛べるなんて、ネザーランドに生まれた少年少女なら誰もが夢見る、すばらしいことだ。こんな光栄な経験なんてない。

「あまり調子に乗らないで。落っこちるわよ」

「大丈夫ですよブロッテさん!ほら!インメルマンターン!」

お調子にのったクロムは報道映画で見た空戦技法を真似してみようとしたが・・・頂点に達したところでとたんに自分を支えていた浮力が失われたのがわかった。

「はれ?うわああああああああああ~~~~~~~っ!」

クロムは地面めがけて石ころのように落下した。

「あら、たいへん」

「深紅の魔女」は掌で口を覆っている。

「たすけてええええええええええ~~~!わあっ!」

どてごちん。

 鈍い音がした。

「いってええええええ・・・あれ?」

 ずきずきと痛む頭を抱えながら辺りを見回すと、窓の隙間から朝日がさす見慣れた寝室の風景がそこにあった。どうやら寝ぼけてベッドから落ちたらしい。

「夢かあ・・・」

 栗毛のぼさぼさ頭をぽりぽりかきながら、夢というにはあまりにも甘美で爽快だった思い出にしばしひたる。

 すると、こつこつと階段を上がってくる足音がした。

「お兄ちゃん、起きたね。おはよう」

 ドアの間から太陽のような笑顔を浮かべて声をかけてきたのは十一歳の妹、クリスティンである。

 長い金髪を器用に結い上げている。クリスティンは早起きなので、今日も母親に結ってもらったのだろう。

「朝ごはんのしたく、できてるよ。早く食べて、今日はお兄ちゃんのお誕生日でしょ?」

今日、聖歴一九四〇年三月九日はクロム・カレンバッハ十三歳の誕生日であった。

「お、そうそう!そうだよ!ありがとうクリスティン!」

おおいそぎでパジャマからシャツとズボン、セーターに靴下を身につけて階段を降り、食卓に着いた。

「父さん母さんおはよう!」

「おはよう」

新聞を手にしながら珈琲を飲んでいる父、ヤン。身長一九五㎝の長身をのんびりと椅子に納めている。

「おはようクロム」

お皿にたっぷりのサラダとスクランブルドエッグ、ハムを盛りつけてくれる母、エルサ。彼女の身長は一七〇㎝である。優美ではあるが、肩幅が広く胸板が厚いところはいかにもネザーランド女らしい。

 ネザーランドは二〇〇年以上前から貿易国家として西のブリタニア帝国と覇権を競っていたが、実際は農業国でもあり、ミネラルに富んだ大地は栄養豊富で味の濃い農作物を生み出し、身体健康で頑健なネザーランド人の力の源となっている。ちなみに、男性の平均身長が一八五㎝というのはエウロペア大陸広しといってもネザーランド以外にない。そんな中、十三歳になるクロムの身長は一五五㎝だ。年齢の割にけして小さくはないのだが、両親に比べて小さなその身体つきはコンプレックスであった。そのコンプレックスを解消するためにも、クロムは母の作ってくれたおいしい朝食をもりもりと平らげた。パンは茶色をしている。全粒粉のパンだ。「白いパンなど男の食べるものじゃない」というのが、腕のいい時計職人である父の口癖だ。


クロムが朝食を食べ終えると、父のヤンがこっちに来るようにと促した。その言葉に従うと、母のエルサもやってきた。

「十三歳の誕生日おめでとう、クロム」

「はい、父さん、母さん!」

「昔だったら十三歳は大人として認められた歳だ。お前は自分の人生をどう生きるか選択しなくてはならない。幸いお前は学校の成績は優秀だ。どんな道にだって進めるだろう。さあ、お前はどんな道を選ぶ?」

「はい、ぼくは・・・」

 クロムは少しためらったが、こう言った。

「魔法使いになりたいです!アルテア・ブロッテのような大魔法使いになってこのネザーランドの人々を、世界を守りたいんです!」

両親の表情が曇った。

 しばらくして父が言葉を絞り出した。

「魔法使いか・・・。残念だがそれだけは賛成できないな」

「なぜなの父さん?アルテア・ブロッテは前の戦争でこのネザーランドをゲルマニアの魔の手から守った英雄でしょう?」

「『人をひとり殺せばただの人殺しだが、一〇〇万人殺せば英雄となる』ある独裁者の言葉だ。ブロッテは確かに英雄だが、あまりにも多くの人を殺しすぎた。お前には彼女と同じ道は歩んでほしくないんだよ」

「・・・」

「まあいい。いつか父さんのいうこともわかるだろう。さあ、これはお祝いだ。好きなことに使いなさい」

そしてヤンは財布から取り出したぴかぴかの金貨を一枚、クロムに手渡した。

「き、金貨?こんな大金もらえないよ!」

「いいからとっておきなさい。自分の好きなことのために使うんだよ」

「うん・・・」

「クロム、春休みのお誕生日の一日を思いっきり楽しんでらっしゃい!でも、早く帰るのよ。今晩は腕によりをかけてごちそうを作るからね!」

「はい、母さん!行ってきます!」

 二階の食堂から階段を降りて一階の時計店の通用口を出、クロムは街に駆け出した。

ここはネザーランド王国、王都アムステルの城下町、商店街の一角であった。


 アムステルは水の街である。

 街の中心部近くまで運河が整備されており,船着場には数十人乗りの船が何艘も停泊して新たな乗客たちを待っている。

 夜になると酒に酔って運河に落ちる者もたまにいるため,着衣での水泳訓練は小学生から必須科目となっている。街並みの建物はほとんどがレンガ造りの三階建てで縦に細長くできており,屋根の下には重い家具を運び込むための滑車が据え付けてあるのが特徴だ。

 時計店を営んでいる家から駆け出したクロム・カレンバッハ少年は,まず書店へと足を向けた。さっき父のヤンから誕生日祝いにもらった金貨で魔法使いに関する本を買おうと思ったからだ。

 この金貨なら,本を買っても,ものすごいおつりが来ることだろう。

 そのおつりで普段はできない買い食いをすることを考えると,さっき母エルサが作ってくれた心づくしの朝食をたらふく詰め込んだはずなのに,もう頭の中が食べ物でいっぱいになった。

 いかんいかん。魔法使いの本のことを考えねば。

 クロムは自分を叱った。


「ごめんねぼうや,うちには魔法使いに関する本はこのくらいしか置いてないの」

 昏い色の金髪をお団子に結った,いかにも人がよさそうな二十代の女性の店員がすまなそうにわびた。

 この書店は書店が多い王都アムステルでも屈指の品揃えと在庫を誇っているのだが,魔法使いに関する本は,『深紅の魔女』アルテア・ブロッテたちの英雄物語がほとんどで,それらの内容はすでにクロムが何回も読み返して暗記しているほどだった。

「魔法使いになる方法ねえ,魔法使いは軍隊か警察か自警団で働くことがほとんどだから軍事関係の専門書を扱っているお店なら在庫があるかもしれないわよ?」

 店員は軍事図書専門書店の住所と,簡単な地図をメモに書いてクロムに渡してくれた。

「ありがとうお姉さん!」

 クロム少年は帽子を脱いでていねいにお礼を述べ,書店をあとにした。

 店員さんが描いてくれた地図を眺めながら,石畳の歩道をてくてくと歩く。

 三月になったとはいえ,アムステルの風はまだ頬を突き刺しそうに冷たい。

 人に道を尋ねながら三十分ほど歩いてようやく目的地に到着した。


「ごめんください」

 北側の通りに面したガラス扉をくぐり抜けると,暖房の空気があたってクロムはようやく人心地がついた。

 さほど明るくはない店内は狭い通路を除いて見渡す限り,さまざまな本で埋め尽くされていた。

「何の用かねぼうや?」

 五十がらみの気難しそうな表情をした白髪の男性がいぶかしげに声をかけてきた。

「本を探しているんです。魔法使いについてくわしく書かれた本を」

「何のために?」

「ぼく,魔法使いになりたいんです!」

「ほう,まだ小さいのにたいしたものだ。そこいらの本屋で売っている本ではだめだったのかな?」

 店主は気難しげだった相貌をゆるめた。どうやらこの会話を楽しんでいるらしい。

「はい,売っているのはアルテア・ブロッテたちの英雄物語ばかりで,どうやったら魔法使いになれるかは書いてなかったものですから」

 その時,店内に低く通る女性の声が響いた。

「魔法使いになりたいのなら,方法はふたつだ。十八歳になってから軍に入って適性検査を受け,訓練コースに入るか,十六歳で学園都市ライデンにある王立魔法学院に入学し,修練するかだ」

「はい?」

 クロムはあわてて声の響いてきた方向に眼を向けた。店の奥,カウンターの横に置いてある丸テーブルを前に,長身の女性が脚を高く組んで椅子に座っていた。

 背中の中ほどまで届く黒髪,象牙のような柔らか味を帯びたつややかな白い肌,藍色の切れ長な目はネザーランドには珍しい。おそらく東洋の血が入っているのだろう。

 形のよい長い脚を黒革のパンツに包み,ひざ丈のブーツはつやつやと輝く目に鮮やかなオレンジ色。

 白いニットのセーターは,たわわに実った豊かな双丘に押し上げられて形よく盛り上がっており,クロムはあわてて目をそらした。

 その女性は立ち上がってクロムのもとに歩んできた。

 立ち上がると,身長が一九〇㎝はあることが見て取れた。

 これだけの長身はエウロペア大陸随一の体格を誇るネザーランド女性の中でもそうはいない。

「ディッケスさん」

 店主が言った。

 それがこの女性の名前らしい。

「少年,名を聞こう」

 静かでありながらも有無を言わせぬ響きがこもった声。

「クロム。クロム・カレンバッハです」

 気圧されながらも必死で答えた。

「クロムか・・・いい名だ。歳はいくつだ?」

 まるで男性のような口の利き方をする。

「きょう,一三歳になりました」

「なるほど,一六になるまであと三年あるな。十分な時間だ」

「・・・?」

「お前は『クロム』という名前が何を意味しているか知っているか?」

「?」

「『クロム』とは古語で『鉄』を意味する」

「『鉄』ですか?」

「おまえの両親は,おまえに『鉄』のような男に育ってほしいと願って名付けたに違いない」

「あ・・・」

 クロムの正面に立った女はその長身をかがめて顔をクロムのそれに近づけた。

 まっすぐに,射抜くような視線がクロムを釘付けにした。

「いいか,よく聞け。両親に感謝しろ。そして鉄のような男になれ。そうすれば魔法使いになる道も開けるだろう」

「わ,わかりました・・・」

 ただただうなずいた。

 女は手にしていた分厚い本をクロムの胸に押し付けた。

「おまえにはこれをやる。私からの誕生日プレゼントだ。受け取れ」

「は,はい。ありがとうございます!」

「では,さらばだ少年。お前が道を進むのであれば,また会うこともあるだろう。その日を楽しみにしているぞ」

 彼女が身にまとった,壁にかけてあったオレンジ色のマントと,やはりオレンジ色した先のとんがったつば広の帽子は・・・。

 彼女がまぎれもない、本物の魔法使いであることを,クロムは理解した。

「じゃあな,店主。その本の勘定はツケにしておいてくれ」

 ガラス扉をくぐり抜けて女魔法使いは去った。

 とたんにクロムの両ひざがへなへなと折れた。

「よかったな,ぼうや。あの人があんなに機嫌がいいことはめずらしい。きっと,よっぽどおまえさんのことが気に入ったんだろうよ」

 店主の掌がやさしくクロムの肩をたたいた。

「そうなんですか?」

「そうとも,その本の題名と著者を見てごらん」

 両手に持った分厚い本の表紙にはこうあった。


『魔法学大全 著者:アルテア・ブロッテ』


 伝説の魔法使いの名が,そこにあった。


その2につづく。

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