次なる任務 (2)
「……は?」
手にした資料に目を落とせば、確かに同様の内容の命令書が存在した。ケイは言葉の意味を全く理解できずに眉をひそめる。そんな彼の反応を予め予期していたかのようにグレイゴがさも当たり前のように言葉を繰り返した。
「次の任務はアクトベリアという世界に君臨する魔王、バルディオの始末だ」
「いや、それは聞こえた。だがその言葉の意味が理解出来ない」
国家の敵となる存在を裏で対処する機密組織、STO部隊。隊員は作戦内容や機密性の性質上どうしても非日常な生活を送ることとなる。そんな日々を送っていれば嫌でも慣れというものが訪れ、自然と非日常に違和感を感じなくなってきてしまう。そしてケイも長いことSTO部隊に身を置いてきた者として、ある程度の非日常には耐性が付いていると自負していた……のだが、グレイゴのセリフは彼の耐性力を遥かに凌ぐ破壊力を有していた。
ケイはこの機械のように冷徹な堅物大男がこれまで冗談を言ったことを聞いたことはないし、この先も恐らくそんな事をいう人間ではないことは火を見るよりも明らかである。しかし、そう分かっていても聞き返さなければいられなかった。それほどインパクトのある言葉だったのである。
「異世界とか魔王とかって何なんだ?」
グレイゴは一息入れてから、淡々と説明を始めた。
「まず大前提として、我々が住むこの世界の他に、全く別の文明を築いている他の世界が存在する」
「そんな馬鹿な……」
相変わらずの仏頂面で真面目に話始めたグレイゴ。彼の表情は真剣そのもので嘘や冗談を言っているようには見えない。
「信じがたいとは思うが、まぁ最後まで聞け」
デスクの上に置かれた、ブラックコーヒー入りのカップを一口すすり、口内を潤わせた大男は更に話を続ける。
「いまから二年前、当国のとある場所で見たこともない生物の死骸が発見された。学者達は新種の生命体の発見だと大いに喜んでいたが、そいつを調べると不可解な部分が多いことが分かった。外見、内部器官ともに地球上に存在するどの生物とも類似しなかった。更に、地球上のどの生物にも存在しない内蔵……エネルギーのようなものを溜めておく器官と推測されるものがそいつにはあった。細かいことは分からないが、他にもいくつか気になる点があったらしい。そして一ヶ月以上にも及ぶ調査の結果、十数人の生物学者が満場一致で出した結論は、この死骸が地球外生命体である可能性が高いということだ」
グレイゴがデスクの一番上の引き出しに備えられた電子ロックを解除し、中から引き伸ばし、拡大された数枚の写真を取り出して渋い表情を浮かべているケイへと手渡した。
一枚目の写真に撮されていたのは、薄暗い林の中で横たわる一体の亡骸。撮影のためか、死骸の横にはメジャーが置かれており、それを基準としてみると体長はおおよそ二メートル。逆関節に曲がった三本の足に手長エビのように細く長い爪とそこから更に伸びる腕のような触手。それらを繋ぐ胴体は電柱程の太さでまっすぐと伸びている。輪郭は人類とは全く異なり、鳥類のように尖った嘴からははみ出すほど巨大な牙が覗き、大きく見開かれた瞳と相まって禍々しい形相である。確かに地球上にはこんな醜い生物に類似するものなど素人目から見てもいないであろう。
残りの写真をめくってみると、他は解剖や実験など、ありとあらゆる研究の様子が撮されていた。
「こいつが異世界から来たってことか?」
「察しがいいな。結論から言えばそういうことになる」
「こいつが地球外生命体だってことは分かった。だが、それがどうして異世界なんていう結論に行き着いたんだ? 普通は宇宙人とか地底人とかっていう発想が先に浮かぶんじゃないのか?」
「現れたんだ」
「現れた? 一体何が?」
「アクトベリアと呼ばれる世界から来た人物が、だ」
グレイゴはいつもの仏頂面を一切崩すことなく、非現実を淡々と口にする。この堅物男から夢見話のような言葉が次々と並べられることに違和感を覚えてしょうがないケイであるが、それは口にせず大男の話に耳を傾け続ける。
「謎の死骸発見から二ヶ月後のことだ。その少女はどこからともなく突如現れ、自分は瀕死のダメージを負いながら逃げたモンスターを追って異世界から来た姫だと名乗った。服装こそ見慣れない装束という異様な風体だったが、それ以外の見た目はまるっきり人類のそれと変わらなかったから。初めは誰もが冗談だと思っていた。しかし、その女は魔法と称して様々な超常現象を起こしてみせた。何もないところから炎を出してみたり、数メートル先にある物体を自在に操ったり、時には光の塊を放出して壁を破壊したりなんてこともした。現代科学では到底説明のつかない事を次々と見せられては彼女の言うことを信じないわけにはいかなかった」
ケイが手元の資料に目を落とすと、確かにそのような内容の報告書が添付れさていた。
「彼女の齎す情報は有益なものばかりであった。こちらの世界にはない技術や力に関することばかりだから当然である。我々は、発見した死骸や来訪した少女の事など、アクトベリアに関するすべての情報を第一級国家機密に認定し、国民はおろか、諸外国へも一切公表しないという事に決めた。表向きは不要な混乱や不安を避けるためではあるが、要するに異世界の調査を独占して行いたいという政府の意向からだ。つまり、異世界の件を知っているのはごく一部の人間だけとなる。たったいまその人間が一人増えたのだがな」
「つまり機密を取り扱うならSTO部隊ってわけでうちに仕事が回ってきたわけか。それで魔王っていうのは何なんだ?」
「来訪した姫様からの情報なのだが、アクトベリアを制服しようと勢力を伸ばしている者……つまり魔王バルディオが手下であるモンスター、こちらの世界で死骸で見つかった奴のことなのだが、が異世界へ逃げたことによりこちらの世界の存在を認識した。そして魔王バルディオはアクトベリアだけでは留まらず、こちらの世界をも蹂躙しようと目論んでいるらしいのだ」
「国家に仇なすであろう事柄を事前に排除するのもSTO部隊の仕事ってわけか」
「そういうことだ。はっきりいって魔法という異世界兵器のポテンシャルは未知数だ。異世界の姫様が見せた魔法だけでもあの威力ならば、まだまだ強力な可能性があると見てまず間違いないだろう。そんな力を有した魔王軍がこちらの世界に侵入した場合の被害はとてつもなくなる。そこでお前への仕事というわけだ」
「なるほど、にわかに信じ難いがとりあえず状況は理解した」
異世界だの魔王だの魔法などと、どれも突拍子もない単語ではあるが、グレイゴが嘘をつく理由がないしジョークを言うような男でもないことは明白である。さらに言えば、国家規模の機密組織に冗談の情報が流れてくることなどまずありえない。それに何より、正式にSTO部隊の仕事として下された任務ならばもともと拒否権など存在しない。そのことをきっちりと理解しているケイは"異世界は存在する"という新たな概念を自らに植え付け、小さく頷いた。現場には常に想定外の出来事が次々と起こる。そんな中で臨機応変に順応していく能力もSTO部隊員には必須である。
「それで、そのアクトベリアとやらにはいつどうやって行けばいいんだ?」
「出発は明朝0800。移動方法は魔力を利用して造った簡易転送装置を使用する。場所は当基地の地下4Fだ。該当場所は入階権限保有者以外の立ち入りが禁止されているエリアだが、明朝に限っては私の権限でお前に一時許可を与える」
「了解」
STO部隊は軍隊と違って敬礼などといった堅苦しい半ば儀式めいた行動は一切行わない。また、最高司令官のグレイゴを除いては階級制度や上司部下、先輩後輩といった煩わしい柵も存在しない。もっとも、他の隊員に会うこと自体あまり多くはないのだが。
次なる任務への通達を受けたケイは、短く、そしてどこか素っ気なく返事をした。
「長期間の任務が予想される。物資の補給は行うが、アクトベリアへの転送装置が試験運用ということもあってすぐには運ぶことができない。よって当面の間、対処が出来るように武器とある程度の弾薬は手荷物として忘れずに持っていくように。それと渡した資料にもきっちり目を通しておけ」
「あぁ、分かった」
先程受けとった資料を茶封筒へと戻し、やや雑にハトメ紐をくるくると巻いたケイは部屋の出口へと向き直り、進み始める。だが、四、五歩ばかり歩いたケイはふとその脚を止め、グレイゴの方を再び向くと、何かを思い出したかのようにひとつの質問をした。
「ところで素朴な疑問なんだが……その魔王とやらに銃は効くのか?」
「それは分からん。なにせ誰も試したことがないからな」
「随分と無責任なんだな」
「成果に期待している」
「簡単に言ってくれるぜ……」
相変わらず、表情一つ変わらない仏頂面で答えるグレイゴ。それを見て諦めたかのようにケイは小さなため息を残してそのまま部屋を後にした。
こんばんわ、作者の村崎 芹夏です。今回は”次なる任務”の二話目です。
いやぁーストックがあるとずいぶんと気持ちに余裕がありますね!(笑) 実はこれを書いているのは12月6日・・・予約更新をしているわけです。
代行神の更新がおろそかになってテンヤワンヤですが・・・
一応、しばらくの間は毎週日曜日の夜8時に定期更新予定です。
それでは今回も読んでくださった方々、ありがとうございました。また来週もよろしくお願いします。




